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グッド・キラーズ  作者: 実茂 譲
Episode 2. コンビーフ・ハッシュド・ポテト
15/27

ノースカロライナ日和

 ここにきて、二か月が経つ。

 ジャンはこの山奥で、エリスを教育係に二人きり、殺し屋としての訓練を受けていた。


 素手で音をさせずに人を殺す方法やナイフによる近接戦闘を座学と実践で学び、綱渡り芸人の真似事をしてバランス感覚を養い、銃の使い方を体に叩き込む。それに腕立て伏せと腹筋、懸垂、鉄の塊みたいに重いライフルと弾丸百発を身につけての山登りなど、基礎体力をつける訓練をへとへとになるまでやって、体をいじめ倒すのも忘れてはならない。


 ここで訓練を開始した直後、エリスは世界七不思議の八番目だった。あの華奢な体のどこにこれだけの訓練をこなすスタミナがあるのかはピラミッドやマヤ文明の遺跡と同じで人類が挑むに足る大いなる謎だ。ジャンは疲労でぶっ倒れて起き上がれないあいだ、それを考えていた。

 だが、一か月経つと急に体が出来上がっていった。体のかさは増えていない。それどころか細くさえなっていったのに、腕と脚が針金で編まれたみたいに強靭になり、エリスの猛特訓にもついていけるようになった。


 また、〈守り手〉のころの自分が知っていたのは喧嘩のやり方であって、戦い方ではないと思い知らされた。腕に自信があるつもりだったが、エリスの左のショートアッパーをもろにくらって、ノックダウンされると自分が今までどれくらい物を知らない馬鹿だったのかを身をもって知った。

 それまでのジャンは人間の急所といえば、目玉と股間の二つだけだと思っていたが、本当は体に六十七カ所の急所があることをここで学び、人間というのがかなりもろいつくりの生き物であることを知った。


 そして、銃の訓練だが、誰かを筋金入りの人殺しにするのに、ノースカロライナ州の山奥ほどうってつけの場所はない。人は立ち入ってこないので、銃はいくらでも撃てる。もちろんクリスマスが近くなると、特大ツリーを欲しがる連中がトラックでやってくるが、銃声をきかれたところで、鹿狩りをしているくらいにしか思われない。


 ジャンは毛布を蹴ってベッドから出ると、歯磨きと石鹸を入れた洗面器を取り上げ、寝間着のまま、部屋を出た。

 いきなり食堂に出る。この山小屋には玄関と食堂と厨房が一つにまとまった部屋があり、その左右にジャンの部屋とエリスの部屋があった。廊下、というものはこの小屋にとって贅沢品なのだ。


 外の井戸から水を汲んで、顔を洗い、歯を磨く。

 この二か月住んだ山小屋は小さなポーチのある白い木造で石造りの煉瓦が寄りかかるように立っている。一見、何の変哲もない小屋。

 だが、殺し屋を育てるための秘密施設として、地下に秘密の武器庫がある。食堂の擦り切れた絨毯をめくり、板床に目をこらすと、マンホールオープナーが引っ掛かりそうな穴があり、それを引き上げると、真っ暗な地下への階段が現れる。


 電気のスイッチを押した。


 コンクリートで補強した地下室にはあらゆる武器が保管されていた。

 ドイツ製のルガー、32口径ブローニング・ピストルと45口径のコルト・オートマティック、ストッピング・パワーというあいまいな概念を信仰する大口径至上主義者たちの考案した六インチ銃身の45口径リヴォルヴァー、手のひらにおさまるデリンジャー・ピストル。二連式からセミオートまで様々な種類のショットガン。

 ライフルは世界大戦で使われた全てのライフルがそこにある。モーゼルからアリサカ。イギリス製の狙撃銃やドイツ軍が戦車を撃つために開発した巨大なライフル。

 機関銃はトンプソン機関銃の他にベルグマン機関銃、ルイス機関銃、デンマークのマドセン機関銃、チェコ製の軽機関銃、ブローニング自動小銃。架台に固定する重機関銃は、ブローニング社、ビッカーズ社、マキシム社のものがある。

 他にも手榴弾や様々な形のナイフ、自動車に仕掛ける爆弾、ライフルの銃口につけることで手榴弾が発射できるカップ状の特殊な装置。


 エリスのスパルタ教育では、これだけの銃の使い方はもちろん、分解して細かい部品一つ一つにグリースを塗り、また組み直すのまでマスターしなければならず、ジャンはその途上にいる。機関銃についてはまだ完全に使いこなせるとは言えない。だが、他の銃ならだいたい何とかなった。


 今の時点で一番使い勝手がいいのはスミス・アンド・ウェッソンの38口径リヴォルヴァーだ。

 エリスに言わせれば、これはこの世界で最もありふれた銃で、これの使い方を覚え、これを基準にして銃についての五感を養うことが大切らしい。


 自分の部屋に戻る途中、エリスの部屋のドアを見る。人の気配はない。エリスなら、部屋にいても気配を殺せるだろうが、おそらくは先に起きて、どこかでランニングでもしているに違いない。エリスがジャンより先に寝たことはないし、ジャンより遅く起きたこともない。


 部屋に戻ると、訓練服――襟なしの白いシャツ、セーム革の手袋、軍用の靴にボタンで留める革のゲートル、脚にぴったり張りつくズボンをサスペンダーで吊り下げ、ショルダーホルスターに38口径を入れて、外に出た。


 このあたりの森はどれも古い。若い森にはシダや小さな花といった下生えがあるが、この森にはモミや杉の赤い幹の他に植物がない。

 射撃場はその森を抜けた先にある。フロントカバーとタイヤのなくなった1918年型ダッジ・クーペがあって、その改造されたエンジンのベルトがレールにつながっている。それが金属製の的をお祭りの射的場のように横へ動かすのだ。


 射撃場にエリスはいなかった。

 ジャンはガソリンが入っているのを確認すると、クランクをまわして、ダッジのエンジンを始動した。

 的――人間の形に切った鉄板が左右の木立を行ったり来たりする。木立のなかでレールはUターンして戻っていくようになっていた。

 ジャンは38口径を抜くと、五秒で弾倉を空にした。弾はみな体の真ん中をとらえている。

 エリスは頭に命中させる。それも装弾数八発のルガーで四秒でだ。

 回転弾倉シリンダーを開けて、空薬莢を抜き出すと、新しい実包を装填する。

 動く頭を狙って、引き金を絞る。

 四発命中、二発は外れた。


「チッ。どうしても二発が当たらない」


 空っぽになった銃をホルスターに戻し、そこから二秒で二枚のトランプを指に挟み、放つ。

 カードは二枚の的の頭部に命中した。


「上達したわね」


 声をかけられ、振り返るとエリスがいた。


「朝からランニングか?」


「ええ。今日のプログラムは狙撃に重点を置くわ。準備をして」

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