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グッド・キラーズ  作者: 実茂 譲
Episode 1. ポーク・アンド・ビーンズ
10/27

ミセス・ジェファーソン、二番目の期待

 ウォーリーヴィルはちょっとした都会と言ってもよかった。クライスラーの工場があり、インディアナポリスに直通する電気鉄道もある。

 インディアナポリスの子分と言うと、住人は怒るかもしれないが、事実、そうだった。州都の自動車産業の恩恵はあらゆる人間を潤している。


 肌の色による住み分けは厳重で黒人が黒人街ダーキー・タウンを出て、アップタウンのカフェで白人専用のトイレを使えば、KKKが間違いなく、その黒人を滅多打ちにして吊るす。


 1919年には九歳の白人の少女がレイプされて殺された事件でミッキー・ジェファーソンという黒人の少年が逮捕されたが、まだ判決が下る前にKKKを筆頭にした暴徒によって、拘置所から引きずり出され、焼き殺された。

 その後、少年に鉄壁のアリバイがあったことが分かった。犯人は少女の父親だった(結局、重度のアル中だったこの男はショットガンで自分の頭を吹き飛ばした)。


 無実の少年を殺した犯人のうち一人でも起訴されることはなかった。


 そして、どういうわけだか、このリンチの先頭に立ち、少年にガソリンをかけたライナー・ポーターは押しも押されぬKKKの大物になっていた。


「禁酒法の悪い点はカタギに法を破る楽しさを教えたことかなあ」


 ファウストはウォーリーヴィルの黒人街にある倉庫に車を入れ、そこのガレージの主と話していた。ロビンソンという名の黒人で、フリーの殺し屋に足のつかない車や〈楽器〉を売っていた。普段、商売をするのは同じ肌の色の連中だけだったが、ファウスト・ヴァレンティは数少ない例外だった。


「違いねえや。サツも袖の下の取り方が大っぴらになった。何せ受け取るカネは麻薬や売春じゃなくて、酒の販売でつくったカネだ。見逃してほしいことも殺人やレイプじゃなくて、カナディアン・ウイスキーを積んだトラックが町を通り過ぎることだからなあ」


 ロビンソンはファウストのためにコーヒーのおかわりを注いだ。

 二人がいるのはガラスで仕切られた事務室で、書類のはみ出たキャビネットをカレンダーのなかの水着の美女が見下ろしている。テーブルには三文小説ダイムノベルとハズレ馬券が束になっていた。


「ライナー・ポーターはこの町の主な供給源だってきいたけど」


「自分でつくってるわけじゃない。シカゴやカンザスシティのギャングからビールとウイスキーを買ってる。まあ、ここはクランのくそったれが多いからな。連中の資金源にはなってる。ちょっとしたギャングだよ」


「規模はどのくらい?」


「筋金入りのワルが八人。それにクランに買われたサツが六人」


「合計十四人、ねえ」


「どいつも死んで当然のクソ野郎だよ。白人どもは覚えてねえが、おれたちニガーは1919年7月23日にミッキー・ジェファーソンに起きたことを忘れねえ。やつらに焼き殺されたとき、あのガキはまだ十七歳だった」


「貴重な情報をありがとう。おかげで罪悪感なく警官殺しができそうだ」


「あんたに罪悪感? ここ半年で一番スマートなジョークだぜ」


「言うじゃないか、黒んぼ」


「まあな、イタ公。でも、ライナー・ポーターを殺るなら気をつけろよ。やつにはスタッドソンってバックがいる。普段よりも護衛を増やしている。何でもブリックスって小さな町で派手なジプシー殺しをしたんだが、それに関わった地元の男が消えたって」


 ロビンソンはそれが目の前のファウストの仕業だと気づいている。

 でも、それがなんだ? ファウストは世にも珍しい、いい白人で、自分のルールをもって仕事する。


「不思議に思ってたんだけどな」


「ん、なに?」


 ロビンソンは事務室の外を顎で差した。

 リフトで持ち上げられたキャデラックの向こうにそれぞれ逆の方向を向いて、ジャンとエリスが座っていた。


「お前さん、女泣かせするだけで、結婚してないのに、どうして連れてるガキが増えてるんだ? 何だか悲劇だぜ」


「僕の子どもじゃない。あれでも依頼主さまでね」


「お前を使えるほどのカネを持ってるようには見えないな」


「後払いってことになってる」


「払えなかったら?」


「殺す」


「おお、こわ」


「それより欲しい〈楽器〉があるんだ」


「なんだ?」


「ちょっといいのが欲しい。ストラディバリウスとか」


 ロビンソンはかけていた眼鏡を外して、手持ちのハンカチで一番きれいなやつで――それでもかなりの油がついていたのだが――レンズを拭いた。


「難しいな。ストラディバリウスは値段が上がってる」


「いくら?」


「千ドル積んでも難しい」


「前なら二百ドルで買えた。何があった?」


「またまたシカゴだよ。ヴィニー・スタントンとジェンネーラ兄弟の戦争だ」


「これで何度目?」


「さあな。十二か、十三。おれが知るもんか。とにかく、やつらはカネにモノ言わせて、使える〈楽器〉と〈演奏者〉を買い集めてる」


「一丁もないのか?」


「どっちかがくたばるまでな」


「ねえ、ロビンソン。きみはインディアナ州切っての〈楽器〉バイヤーだ。どこかに一丁くらいあるんじゃないかい?」


「手元にあることはある」


「ほら」


「でも、あれは売約済みだ」


「買ったのは?」


「レフティ・ドーンビー」


「カールソン・シティでフィッツロイ・モーガンを殺したやつだ」


「スタントンにつくそうだ」


「電話を貸してくれないかな? レフティは僕に借りがある」


 五分ほどの電話で〈ストラディバリウス〉はファウストが買うことになり、レフティはブローニングのセミオート・ショットガンで我慢することになった。


「おれはしがないニガーだがよ、ファウスト。気になってしょうがねえや。あんた、いったいどんだけ知り合いがいるんだ?」


 ファウストはヴァイオリン・ケースを受け取ると、無邪気な子どものように人差し指を唇に当てて、微笑んだ。


「企業秘密」


「あそこのガキんちょも知り合い候補ってわけか」


 ファウストはジャンを見て、そして、クスリと笑った。


「んー、どうだろうねえ。コーヒー、ごちそうさま」


 立ち上がって去ろうとするファウストにロビンソンは声をかけた。

 何か渡したいものがあるのだが、それを本当に渡していいものかどうか、悩んでいる様子だ。


 ファウストはヒヤリとした。

 以前、こんなふうにもじもじしている中年男がいて、何をしようとしていたのかと思ったら、ラブレターを渡してきたのだ。


 いや、ロビンソンは女好きで有名だ。車はもっと好きだが。同性が好きだという話はきいたことがない……。


 ロビンソンはついに決心した。

 ファウストが払った千ドルのうち、五百ドルを返したのだ。


「これはどういうこと?」


「このガレージを出て、右に行く。床屋の角を左に曲がって、三ブロック行ったところに古い家がある。そこでミセス・ジェファーソンがポーチに座ってる。待ってるんだ」


「何を?」


「息子のミッキーが帰ってくるのを」


「叶わないことを期待するのは体に悪い」


「それは彼女も分かってる。だから、二番目の期待に賭けてる」


「二番目の期待?」


「誰かがライナー・ポーターのクソ野郎を縛り上げて、彼女のポーチの前に放り出すことさ」

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