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【現実世界・和風】短編~長編

行き場をなくして上司の家に転がり込んだら、至れり尽くせりの愛され生活でした。

 帰宅したら美紗緒(みさお)の部屋からくぐもった声が聞こえて、まさか、と耳を疑った。


(私のいない間に、誰か家に呼んでる? それはルームシェアのルール違反……)


 玄関に見慣れぬ靴があったときから、嫌な感覚はあったのだ。少しへたっている黒の革靴。明らかに、男物。

 それでも、何かやむにやまれぬ事情で知り合いを一時的に部屋に通したのか、と。

 かなり無理筋の展開を考えつつ、二人共用のリビングに来たところで。


「……やだぁ、もう」


 左右に二つある扉の左側。美紗緒の部屋から、途切れ途切れの艶っぽい声と、ベッドの軋む音が聞こえてきた。

 さすがに、そういった方面に経験のない葉月(はづき)にも、それが何を意味しているかはわかった。

 血の気が引いて、頭の中が真っ白になる。


(ど……、どうする? 部屋にこもってふとんかぶっていれば、終わる? だけど、いつ?)


 水を飲みにキッチンに立ったり、トイレに行った時に鉢合わせしないだろうか。

 そもそも、クタクタの仕事帰り、バスルームを使いたかったのだが、使えば葉月が帰宅していることがバレる。

 相手が気を使って家から出て行ってくれればいいが、居直られたら? 

 誰だか知らない男が家の中にいる状態で、シャワーなんかできる?


(自分の、家なのに。なんでこんなことに)


 同期の笹原(ささはら)美沙緒とルームシェアを決めたのは、会社が社員寮を閉める方針を打ち出したとき。当時お互い彼氏はいなかったものの「知り合いと会うのは基本、外で。どうしてもひとを家に呼ぶときは、事前に相手に断ること」と取り決めた。

 いざ共同生活を開始して三ヶ月、平和にやってきたはずなのに。


 状況から見ても、美沙緒はあきらかに「男を連れ込んで」いる。

 事前の断りもなく。

 同じ会社で部署が違うとはいえ、葉月が帰ってくる時間帯もわかっていただろうに、堂々としたものだ。

 結果的に、ルール上では非がないはずの葉月がいたたまれない気持ちになり、立ち尽くしている。

 悪いのは美沙緒だとわかるものの、部屋に踏み込む気にはなれない。


(どうしよう。もう二十一時過ぎ……。駅前のファーストフードで時間を潰す? どうして? 疲れて帰ってきた自分の家なのに、私が出て行かなくちゃいけないの?)


 理不尽すぎる。

 被害感の中でも極めつけなのは、もうこのルームシェアは続けられないだろうということだ。

 引っ越し費用をざっと計算したが、痛すぎる。もはや小銭も惜しみたいのに、これから外に出て飲みたくもないコーヒーでも飲んでこないといけない。

 それでも、話し合いは後回しで今はさっさと出て行こう。そう心に決めていたというのに。


 ぎぃっとドアが開く音が聞こえて、足が凍りついてしまい、その場から動けなくなった。


「あれ……。大滝(おおたき)さん、帰っていたんだ。お邪魔してまーす」


 上半身は裸。かろうじて下着だけ身につけた男がリビングに顔を出して、にへらっと笑った。


冴島(さえじま)さん……!?」


 同じ会社だけに、名前と顔を知っている。美沙緒の上司。

 美沙緒がいつも褒めていた。


 ――カッコいいんだよね、冴島さん。普段意地悪っぽいのに、ここぞというときに優しくて。あーあ、既婚じゃなかったら絶対にアタックしていたのに。


「シャワー使わせてもらう。今まで会わなかったけど、そうだ、大滝さんもここに住んでいるんだもんね」


 情報量。

 多すぎて、言葉も出なくなり、ひとまず葉月は逃げ出すことにする。

 くるっと廊下に引き返し、玄関でバタバタとスニーカーを履いて、一目散に外へと飛び出した。


 * * *


 スマホは着信することなく、メッセージも受信しない。

 美沙緒からの言い訳や謝罪、説明は無し。

 なぜ「会社の上司で既婚者である冴島」があの場所にいて、「まるで何回も来ているかの口ぶりで挨拶してきて、普通にシャワーを使おうとしていた」のか。


(私が気づいていなかっただけで、冴島さんは今までうちに何回も来ていて、バスルームも使っていたってこと?)


 考えたくはないが。

 葉月は残業が多く、帰りが遅いこともままある。

 さらには美沙緒の部署は外回りがあり、冴島と二人一緒の行動もよくしていたはず。たとえば、葉月の帰らぬ日、或いは外回りからの直帰のときなどに、家に……。

 問題は、その家は美沙緒だけのものではなく、葉月も家賃を払っている二人共用の場ということだ。

 美沙緒にとって冴島は恋人かもしれないが、葉月にとっては赤の他人でなおかつ会社の知り合いという時点で甚だしく迷惑。

 しかも。

 既婚者。


(不倫……)


 気が重いまま、あてもなくうろうろと歩いていた。

 金曜日。駅前はまだまだ賑わっていて、人通りも多い。ファーストフード店は意外なほどに混んでいて、二の足を踏んで入れなかった。

 かといって、ひとりで飲み屋に入ったこともないのに、こんな精神状態のときはなおさらやめた方が良い。

 どうしよう、どうしよう。

 上の空だったせいか、どん、とすれ違いざまに肩がぶつかった。


「すみません」


 おっかなびっくり、伏し目がちに相手の足元を見る。黒の革靴。サラリーマンかな、と思ったところで聞き覚えのある声が耳に届く。


「大滝さん。さっきから挙動不審だけど、何してるの?」


 名前を呼ばれて、慌てて視線を上向けて、相手の顔を確認した。


立原(たちはら)さん!?」


 眼鏡をかけた、地味な風貌の男性。半袖のワイシャツ姿で、いかにも会社帰りと行った雰囲気。

 葉月はよく見知った相手で、直属の上司でもある。


「そんなに驚かれてもどうしたものか。駅から出てきて、大滝さんを見かけたんですけど、同じ場所をウロウロしているから、探しものかなと。どういうものか教えて頂ければ、俺も探しますが」

「違います。落とし物を探していたわけでは……」


 たしかに、裏道に入らないように明るいところを歩こうと、同じ場所を行ったり来たりしていた。


(いつから見られていたんだろう……。というか立原さんはここで何をしているんですか)


 曖昧に笑った葉月を、立原はじいっと見下ろしてきた。

 それから、「晩ごはん食べてます?」と藪から棒に聞いてきた。


「食べてないです。家に帰り着いたらどうにかしようと思っていて。ちょっと……帰れなくなっちゃった」

「わかりました。近くによく行く店があるので行きませんか。とはいっても、これは業務命令ではないので断って全然大丈夫です。もしくは、セクハラを疑う場合は他に知り合いを呼んでも構いません。べつに、俺には大滝さんと二人きりの食事の席をもうけたい意図はなく、ただ食事がまだなら美味しいお店を知っていますが、という情報提供が主たる目的です。ご理解ください」


 立て板に水の如く、社内コンプライアンス遵守的な話をされて、葉月はなんとか頷いてみせた。


「わかります。立原さんに個人的に誘われたなんて勘違いしたりしません。私が立原さんに媚びたところで、何一つ便宜を図って頂けないであろうことも存じ上げております。でも……、あの……、少し時間を潰したかったので、ごはん、行ってもいいでしょうか」

「もちろん。こんなところで立ち話もないですし、行きましょう」


 そっけなく感じるほどのさっぱりした態度で、立原はさっと歩き出した。


 * * *


「辛い」


 まさかの、エスニック料理。

 立原の地味な印象から、しっとりした飲み屋かと思っていたら、連れて来られたのは派手なオレンジ色の店構えのタイ料理店。

 何を頼んでもだいたい辛いですよ、と言われて試しにいくつかオーダーしてみたら、たしかに何を食べても辛かった。

 普段はちびちび飲む甘めのカクテルを、ぐいぐい飲んでしまう。


「お酒はほどほどに。コーラでも飲んでいてくださいよ。年下の女性を潰すつもりはありません」


 あくまで紳士的に距離を置いた立原に、控えめながらもしっかり注意された。

 葉月は少しばつの悪い思いで、豚肉の炒めものをつつく。


「辛いです」

「パットキーマオ。唐辛子炒めです。ドリンクどうします。コーラ? オレンジジュース?」

「カシスオレンジで」


 メニューを手にしていた立原が、眼鏡の奥から視線をくれる。


「それで最後にしてくださいね。飲みたい気分なのかもしれませんけど、相手は選びましょう。上司として悩みがあるなら聞くのもやぶさかではないですし、家がこの近くなら送っていくのも構いませんけど、会社の人間と個人的に付き合うのは苦痛ではないですか」


 葉月はすでに若干酔っていた。

 普段なら自制がきくところだったが、いまだに受け止め兼ねている先程の事件のせいで、ついこぼしてしまう。


「本当にそうです。会社の人が帰ったら家にいるなんて、かなり最悪の部類だと思います」


 のんびりとジンジャーエールに口をつけていた立原は、グラスをテーブルに戻しながら言った。


「笹原さんとルームシェアしていませんでしたっけ。入社一年で社員寮廃止になって、この春から」

「あー……、ご存知でしたか。べつに会社のひとでも美沙緒、ええと笹原さんが家にいることは良いんですけど」


(危ない)


 口がすべりかけた。家に美沙緒の上司である冴島がいた、と。

 現場を押さえてしまった以上「不倫」であるのは動かしがたい事実だと思うのだが、さすがに他人には言えない。特に、立原は社内の人間だ。


(私にバレても構わない、っていうあの二人の態度はいただけないけど、美沙緒とは友達だし……。本人の言い分も聞いていないのにべらべらと吹聴するわけには)


 なぜ自分の方が圧倒的に気を使わせられているのかは、腑に落ちていないのだが。ひとまず。

 それを見透かしたかのように、立原にさらりと言われてしまった。


「冴島?」


 手持ち無沙汰で空のグラスを手にしていたが、取り落とすところであった。立原は通りすがりの店員に、追加のカシスオレンジとジンジャーエールを注文する。

 それから、深く椅子に座り直して言った。


「ここ、もともと社員寮があったくらいで、会社まで電車で一本だから便利なんですよね。それで、入社三年くらいして社員寮を出た社員もそのままこの駅近くに部屋借りて結構住んでて。俺はもとから家がここにあるんですが。コンビニとかスーパーで会社の人間に会うこと結構あるし、注意していないとどこで見られているかわかったものじゃないです。冴島は結婚して、いまは家は全然べつのはずなのに、最近この路線や駅で何回か見かけていて……。笹原さんとのことは、状況証拠からの推測。あと、今日の大滝さんの不審な行動。会社にいたときと靴が違うから、一度家に帰ったんだと思いますが。いつまでもウロウロしているし『時間を潰す』って。家にいられない事情でもあるのかなと。それで、少々お節介を」


 一切の淀みなく言われて、葉月は弱々しく笑った。


(びっくりしたけど、社内的には結構前から知られていた話なのかな、不倫。私、鈍いから……)


 入店してから、さりげなくずっとテーブルの隅にスマホを置いているのだが、やはり連絡はない。言い訳するつもりはないのか、必要がないと考えているのか、引き続き二人の時間を過ごしているのか。

 滅入る。帰って良いのかどうかもわからない。自分の家なのに。


「笹原さん、冴島さんをうちに何度か連れ込んでいたみたいで……。今日も。もう信頼関係もないですし、一緒に暮らせないと思うんですけど、引越し費用どうしたらいいのか、悩み中です」

「ルームメイトの約束反故、有責ということで、慰謝料を請求してみては?」

「できたら良いですけど、同じ会社の二年目社員同士、給料事情はわかります。しかも不倫がバレたら、奥さんからの慰謝料もあるんじゃないでしょうか。本当に、なんで不倫なんか……」

「冴島のところ、たしかいま奥さん妊娠中です。だからじゃないですか」


 さらりと言われて、葉月はテーブルに届いたカシスオレンジを一息に飲み干した。


「最低ですね」

「俺に言われても」

「男は最低です」

「大きな声で言わない」

「男は!! 最低です!! 完全にもうそれはただの性欲処理じゃないですか!!」

「大滝さん……」


 困りきった顔の立原相手に、さんざん管を巻いた覚えはある。

 店を出るときにはもともと酒に弱かったせいもあり、すっかり酔いがまわっていた。

 家に送ります、と立原が言っているのは気づいていたが「家などありません」と突っぱねて、帰らないとごねまくった。


 帰れない事情は立原もよくわかっているだけに、結局折れた。「うち、部屋余しているので、ひとまず今晩だけどうぞ」と。


 * * *


 一晩だけのつもりが、思いがけず長引いた。

 葉月と立原の間で情熱の炎が燃え上がったのではなく、美沙緒が完全に居直り、冴島と一緒に暮らし始めてしまったのだ。


「使うのは私の部屋だし、光熱費も家賃も今まで通りに払うわ。冴島さん、いま奥さんと不仲で家に帰れないんですって。追い出すわけにも行かないでしょう?」


(因果関係が違う。不仲の理由は二人の不倫だろうし、大の大人なのだから追い出して一向に構わない)


 葉月はなんとか主張したが、美沙緒は一切聞き入れることなく、冴島も出ていかない。

 結果的に家に暮らせなくなった葉月が頼る相手は、すでに事情を知っている上に、近所に住んでいて、「部屋を余している」立原である。

 幸か不幸か立原は、もともと祖父母の家だったという古びた一軒家に住んでいて、葉月が転がり込んできても受け入れる余裕はあったのだ。


「美沙緒、自分でおかしいこと言っているの、わかっていないのかな……。話が全然通じないんです。『冴島さんが家にいたら私が困る』という話をしているのに、『ここに住めなかったら、冴島さんが困る』と話をすり替えられてしまう……。もう私が出ていくしかないんですけど、敷金礼金引っ越し費用……、無理。契約者が美沙緒だったのは幸いでしたけどね。私が出て行ったあと好きにしてくれればいい」


 葉月と立原は、会社を出るときは、別。

 ただし、帰る場所は同じ。

 立原が「やむを得ない」と合鍵を渡してくれたので、先に帰り着いた方が夕食の支度をして、一緒に食卓を囲む仲になっている。

 すでに家があるので家賃が浮いていること、先輩社員として給料に差があること、何より「大滝さんは引っ越しに向けてお金を貯めないといけないはずなので」と生活費は要求されていない。そればかりか、さりげなく冷蔵庫の中身も充実しており「あるものは好きに使って料理して良いですし、食べても良いです」と言われている。


(立原さん、良いひとすぎるのでは)


 会社で働いている分には「普通に親切」「地味なひと」という印象であったが、一緒に暮らしはじめてわかったのは、家も本人も清潔、気遣いが細やかということ。

 さらには、眼鏡を外すと、想像以上に端正な顔立ちをしているということ。

 最初のタイ料理のおかげで「辛いものが好き」と思い込んでいたが、料理は何を作っても美味しい。家事も過不足なくこなしている。

 葉月自身、同僚とルームシェアをしていたくらいなので、共同生活はできるつもりであったが、美沙緒と暮らしていたときより快適なくらいだった。


 本日の晩ごはんは、ほうれん草ときのこのキッシュ、ミネストローネ、サーモンステーキ(オリーブとレモンのソース)。


「立原さん、料理好きですよね。すごく美味しい」


 綺麗に皿に盛り付けられた、まるでコース料理のようなそれを、向かい合ってワインを飲みつつ食べる。

 葉月が言うと、眼鏡を外していた立原が、爽やかに微笑んだ。


「はい。大学時代からこの家に居候していて、その後祖父母が相次いで亡くなりまして。しばらく独りだったんですけど。食べてくれるひとがいる生活って、良いですね。毎日の料理が楽しいです」


 眼鏡は外しているのに、Tシャツを着てブルーのチェックのエプロンはつけたまま。

 普段の会社での姿とは違いすぎる。

 気負った様子もなく素直に答えるところも好感度が高く、葉月はスプーンを持ったまま固まってしまった。

 それから、はっきりしておかねばと思っていたことを、ようやく口にした。


「立原さん。すごくお世話になってしまっているんですけど、彼女さんとか、大丈夫ですか。その、つまり私がこの家に転がり込んできて、何か不都合なことになっていませんか」


 ワインを口にしていた立原は、面白そうに微笑んで見返してきた。


「俺、料理も家事も好きだし、古い家ですけどこの家賃の高いエリアで持ち家もあります。彼女がいたらさっさと一緒に暮らしていると思いませんか」

「なるほど」

「一緒に暮らすと言っても、同棲のような中途半端な感じは好きじゃないです。同居するなら結婚が視野に入っている段階です。ところで、いまこの家に暮らしているのは誰ですか?」


 にこ、という笑みに妙に力を感じつつ、葉月は今一度「なるほど」と呟いた。


「一緒に暮らしているのは、ただの会社の後輩で迷惑な食客ですね。つまり、いま現在立原さんには彼女がいないと。よくわかりました。でも、彼女ができて私が邪魔になったら遠慮せず言ってくださいね。出ていく方法色々いま探しているんです。シェアハウスなら費用はそんなに。ただ、シェアハウスにはトラウマが」

「うん。わかってない」


 ごちゃごちゃ言い募っているうちに、さっくりと否定されてしまった。何かを。


「わかっていないですか?」

「まずは冷めないうちに食べましょう。ワインももう少し飲みますか?」

「いただきます」


 その後は今日の会社での出来事に話は移り変わり、食後はリビングで並んで映画を見た。

 大変血なまぐさいホラー映画で、わーわー騒いでいるうちに、はずみでキスをしてしまった。

 立原さんと。


 * * *


「主人がお世話になっています」


 ルームシェアの部屋に、荷物を取りにいった休日の午後。

 ドアの前で、葉月は綺麗な女性に捕まった。綺麗だけど、顔が般若の面のように壮絶な怒りを湛えていて、冴島の妻であろうということはすぐにわかった。


「……お世話になっているのは、私じゃなくてですね」

「あなた、ここに住んでいるんですよね? いま鍵を取り出したところ、見ました。主人がずっと帰ってこないものですから色々調べてここにたどり着きました。若い女の子と住んでいるって」


(大体あっているんですけど、だいぶ違うんです)


 人違いですと言おうとしたところで、いきなり肩に掴みかかられてしまった。

 とっさに、抵抗せずにされるがままになったのは、相手が妊娠中であるという情報が頭にあったせいであり、実際に腹部のふくらみからそうだと確信したせいだ。

 突き飛ばされて、床にしたたかに腰を打ち付ける。

 そのとき、ドアが薄く開いたのが見えたが、すぐに閉ざされた。

 ガチャン、と鍵をかける音が聞こえて、見て見ぬ振りをされたことを知った。


(美沙緒……!)


 そこまでの人間だったのか、と唖然としたが、マンションの階段を駆け上がってきた足音が耳に届いて我に返る。 

 走り込んできた立原が、葉月に手を差し伸べて助け起こしてくれた。


「お久しぶりです、冴島さん」

「立原くん……!?」

 立原は「冴島の奥さん、もともと会社の先輩なんですよ」と葉月に説明をした。

 助け起こした流れで、手をしっかりと握りしめたまま。


「こちらの彼女は、冴島がこの部屋に転がり込んだせいで、追い出されたルームメイトです。冴島とは無関係。彼女、葉月さんとは一緒に暮らしているので、冴島と付き合う暇がないのは俺がよくわかっています。冴島とその相手に関しては……、葉月さんも迷惑を被っているので、このまま現場をおさえましょう。奥さんが、きちんと戦えるように協力させていただきますし、証拠も提供します。復縁するにしても、そうでなくとも」


 じっと耳を傾けるように佇んでいた女性は、立原を見つめたままお腹に手を置き、力なく頷いた。




 その後、冴島夫婦は離婚が成立したとのこと。関係者は会社を去った。


 葉月は、いまだに立原の家で暮らしている。

 最近、「このままずっと一緒に暮らすこと」を、立原によくわかるまで説明された。

 賛成する理由しかなく、二人の間でそれが決定事項となった次第だ。



★お読みいただきありがとうございます! 

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★加筆版はムーンライトノベルズにあります。18歳以上の方のみです。

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