第6話
2日後。俺はその日、小宮山と劇場の出番が一緒であることを事前に調べて知っていたので、劇場に着くや否や、鞄も置かずに劇場内の楽屋を歩き回って小宮山を探した。小宮山はすぐに見つかり、珍しく「おはよう」などと挨拶した俺に困惑を表情をしていた。
「お前、張り切りすぎやろ」
「そんなんええねん。はよ、例のもの」
「はいはい」
小宮山は呆れたように、鞄の中から直方体の箱を4つ取り出した。
「これがファーストライブから4thライブまでで、5thは今年の初めの方にやってんけど、ブルーレイはまだ出てないねん。確か9月発売とかやったかな」
「おお、ほんまか」
俺は4つの箱を受け取りながら答えた。4つも重なるとなかなかの重さがあった。
「あ、でもな、今アニメの1期観てる途中なんやったら、観るのは2ndまでにしといた方がええぞ」
「え、何でや?」
「3rdと5thはな、アニメの中の曲中心に歌ってて、ストーリーを追いながら曲が披露されていくから、アニメちゃんと観てからライブも観た方が、感動の度合いが全然違って来るから」
「なるほど。お前、プレゼン上手いな」
「素晴らしい作品を広く布教していくのが我々オタクの使命やからな」
「ああ、そうなん」
俺は気の無い返事をしてから、小宮山に礼を言った。去り際にまた小宮山がネタバレをしそうになるというノリを仕掛けてきたので、さっさと無視してその場をさった。
自分の出番よりもだいぶ早くに劇場に来てしまい、西口もまだ来ていなかったので、俺はロビーにあるモニターで、今舞台で行われているネタの様子を眺めていた。今はちょうど谷本さんのネタ中だった。谷本さんはピン芸人で、フリップに書いたあるあるネタに対してツッコんでいくという芸を、かれこれ20年弱も続けていた。
そんな谷本さんのネタを、俺と同じくモニターで見ていた芸歴2年目ほどの若手漫才師の会話が、ふと耳に入ってきた。
「谷本さんって、いつもでこんな感じのネタやってんねんやろな」
「いやマジで、アップデートしてないにも程があるやろ」
「まあ20年近くやってて今の位置におって、それでもまだこんなネタやってんねんから、本人ももう売れる気ないんやろ。確か奥さんの実家が金持ちやから、別に谷本さんが売れんくても生活には困らんらしいで」
「そうなんや。羨ましいなあ」
そこまで聞いて、俺はその若手漫才師に「おい」と声をかけていた。あまりに自然に体が動いたので、自分でも自分の行動に驚いていた。
「あ、小泉さん。おはようございます」
2人は少し驚きながら会釈をした。俺が相方以外の芸人に話しかけることなど珍しい故の反応だろう。
「どうされたんですか? 出番まだだいぶ先ですよね?」
「ああ……。まあ、ちょっと用事があってな。いや、それはええねんけど……。お前ら、あの……」
「はい?」
「……お前ら、この前のネタ、おもろかったよ。もうちょいツッコミのタイミング早くしたらもっと爆発するんちゃうか」
「あ、ありがとうございます! 参考にさせてもらいます!」
意外な人物からのアドバイスに、2人は素直に喜んでいるように見えた。俺にお辞儀をした2人は、出番が近づいてきたということで、その場を去って行った。
俺は、急に自分のことが恥ずかしくなり、その場から消えたくなった。ただ、少し不思議な感覚もあった。俺も、少し前まではあの2人と同じように、谷本さんを馬鹿にしていたはずだったが、さっきあの2人の会話を聞いて、どうしても許せなくなり、一言言ってやろうと思ったのだ。
俺は、自分の中で何かが変化し始めていることに気が付いた。俺はその日の劇場終わり、初めて自分から谷本さんを飯に誘った。