あの日と・・同じだ
遅くなりましたが更新しました。
宜しくお願いします。
「あの日と・・同じだ・・・・」
「忍君、ご苦労様。」
「先生ありがとうございます。」
リハビリ室で汗を拭きながら忍は笑顔を返す。
兄の死を話した後、暫くして石塚先生から名前で呼ばれるようになった。
最初は違和感があったが、先輩(兄)の弟・・だからだろうか、今では慣れてしまった。
「体の方、もうだいぶ回復したわね・・でも暫くは杖を使ってね。」
クリップボードの書類に何かを記入しながら石塚先生は口だけ動かす。
「よし・・っと。」
先生はクリップボードを抱きしめるようにして、視線を忍に戻す。
「あと少しで退院ね。」
「はい、ありがとうございます。」
「そうは言っても、視力の方はまだまだですからね。」
笑顔から少し真剣な表情を浮かべながら指を立てて注意される。
また、何時ものように目のリハビリに移る。
だいぶ距離感が掴めるようになっては来ているが、まだ物に手を伸ばしても、掠ったり倒したりを繰り返している、物の大きさ、高さ、幅、微妙な差が距離感を狂わす。
失敗する度に石塚先生が忍の後ろから手を伸ばし、手を重ねて対象物へと導いてくれる。
石塚先生の柔らかな体が背中に触れ、その度にドキリとする忍・・・
「失礼な奴だな・・」
自分自身を罰する言葉を小さく呟く。
「忍君?何か言った?」
忍はハッとして、振り返る。
石塚先生はキョトンとした顔をして、小首を傾げている。
「・・・かわいらしい人だ・・」
そう思って・・自然と口に出してしまった。
「なっ!」
石塚先生の顔が見る間に真っ赤になる。
「あっ!いやぁ、その、すいません!」
忍は慌てて立ち上がり、石塚先生に頭を下げようとしてバランスを崩す。
忍がぶつかった為、簡易テーブルとイスも倒れ、けたたましい音が響く。
忍は倒れた瞬間の衝撃と痛みを覚悟したが、いつまでも訪れない。
逆に柔らかいものに包まれている。
「忍君・・・大丈夫?」
倒れた忍の上の方から声が聞こえる。
忍は瞑っていた目を開く。
忍は石塚先生の上に倒れ、抱きしめられていた。
「先生!すいません、大丈夫ですか!」
立ち上がろうとするが、石塚先生が抱きしめる手に力がこもる。
「あの日と・・同じだ・・・・」
先生が呟く。
「先生?・・・」
忍は案外に力強い石塚先生を見つめた。
「けいじ・・せんぱい。」
その目には涙が溢れていた。
「もうすこし・・このままで・・お願い・・忍君・・」
ブルージーンズに白のTシャツ、白のスニーカー、街灯が現れては消え、また現れる。
その度にオレンジ色の灯りが石塚薫に影を作り通り過ぎていく。
体の線を浮かび上がらせる影と灯りが止まる。
赤信号、薫はハンドルに体を預けると溜息を零す。
「なんで・・あんなことしちゃったんだろ。」
倒れた神居忍をかばって一緒に倒れた、これは仕方がない。
そして感情の赴くまま忍君を抱きしめてしまった、これは言い訳が出来ない。
初めて神居啓二先輩と話す切っ掛けとなった、あの日の出来事を重ねてしまった自分。
余りにも神居忍が、啓二先輩と似ているせいか・・兄弟なのは分かっている・・でも。
リハビリ中に彼の手に自分の手を重ねる度に思い出す感覚、余りにも先輩の手に似ていた、ごつごつとした長くて太い指。
彼の体に後ろから触れてしまった時の体の温度、彼の匂い。
そして、彼を抱きしめた時の体、細身でがっしりした胸板。
余りにも啓二先輩と似ていた、いや、啓二先輩と思ってしまった・・涙が溢れてしまった。
彼を離したくなかった。
「もうすこし・・このままで・・お願い・・忍君・・」
思わず口走っていた。
忍君は無言で私の言うとおりにしてくれた。
ようやく立ち上がった私たちを、他のスタッフや患者は何も言わずに見ていた。
私が泣いている事情が分からなかったからだろう。
忍君はそっとタオルを差し出してくれた。
「これ・・僕が使ったタオルですが・・ありがとうございます・・守っていただき・」
私は彼からタオルを受け取り、その場で周りの人たちに頭を下げた。
「お騒がせしてすみません。」
そう大きく謝罪すると、リハビリ室を後にした。
ふと、助手席に目を移す、自分のトートバック、その中に入っている彼のタオル。
信号が青に変わる。
「彼は、啓二さんじゃない。」
アクセルを踏み込む、なんなのだろ、この気持ちは。
オレンジ色の灯りと影が動き出した。