混迷
超繁忙期を乗り越えました。
ゆっくりとですが、更新して行きます。
目の前のアイスコーヒーの氷が崩れる。
「兄は他界しています。」
セミの鳴き声が気になる・・・この人は何を言っているんだろう。
今朝は何時もより早く目が覚めてしまった、あの人に会える、そう思っただけで心が高鳴った。
もうあれから20年近く時が経っている、でも、それでも会いたかった、抱きしめたかった、抱きしめて欲しい、例え啓二先輩にご家族が居たとしても。
何時も出勤時には着ないワンピースを選んだ、下着も新しいものを買った、それは何もかも啓二先輩に会うため、連絡先を教えてもらったらその足で会いに行く、そう心に決めていた。
信じられなかった、手が震える。
アイスコーヒーの氷が崩れる。
目の前に居る神居忍を見ることが出来なかった、ただぼんやりと神居忍のテーブルの上で握られた手を見つめた・・啓二さんと同じ手。
その後の会話は覚えていない、涙が溢れた、浮かれてワンピースを着て、新しい下着を着けて、自分の浅ましさが、啓二先輩に触れることが出来ない寂しさが。
「ごめんなさい。」
その言葉を口にする事しか出来なかった。
どうやって自分の住むアパートに帰ったのか分からない、ただ窓から射す光が月明かりに代わっていた。
ベッドに倒れ込み泣いた、そのまま寝てしまったのだろう、上半身を起こし視線を本棚に向ける。
そこには、啓二先輩と腕を組み手を握り合い、笑顔で笑う高校生の自分が居た。
「先輩・・・・」
涙を拭う。
皺くちゃになったワンピースを見て笑う。
先輩と愛し合ったあの日を思い出す、ずっと一緒だと思っていた日々。
啓二先輩を抱きしめたかった、啓二先輩に愛されたかった。
啓二先輩に触れられた感覚を忘れない、薫の指がワンピースの裾にゆっくりと滑り込む。
「あっ・・はぁ・・けぃじ・・さん。」
思い出だけが・・・寂しさを忘れさせてくれた・・・。
午前中に会社の同僚たちが、見舞いに来てくれた。
迷惑を掛けたことを謝り、今月末には退院できる事を報告した。
吉田部長には目の事も報告し、今後の事は退院後に会社で話し合うことになった。
皆が帰った後、リハビリを受けた忍は松葉杖をつきながら、ゆっくりと病室に戻る。
病室に入ると自分のベッドの横の椅子に誰かが座っている。
窓からの光が逆行となり、誰だか分からない。
忍が近づいたのを気配で感じ取ったのか、逆光の人物が立ち上がる。
あっ!
逆光なのと片目だけの視力、誤って隣のベッドにぶつかりバランスを崩した。
「しのぶっ!」
倒れる寸前、柔らかい体に支えられた。
胸に抱きかかえられているのが分かる。
忍は視線を上に向けながら、何とか体勢を整えた。
その人物が微笑む。
「歓迎会の時の逆ね。」
「下田・・・さん・・」