Try hard ~思い切って~
パパは誰にも・わ・た・さ・な・い 更新しました。
宜しくお願い致します。
「あの、神居さんに、お兄さんがいらっしゃいませんか。」
「石塚先生、ちょっと痛いです。」
施術用のベッドに横たわる忍の可動域が狭くなっている右足に負荷をかける。
「少し我慢してくださいね。」
石塚先生は、遠慮なく忍の体を伸ばすようにする。
その額には軽く汗が滲んでいる。
思わず声を上げそうになる忍は、グッと奥歯を噛み締める。
「もう少しリラックスして力を抜いてください」
グイグイと伸ばされ曲げられ、その度に痛みが走る。
右足の次は右腕、ボルトがまだ入ったままなので肩の関節を動かす。
これも同じだ、暫く拷問のようなリハビリが続く。
「はい、終わりです。」
石塚先生の声が優しく響く。
「やっぱり似ている。」
薫は神居忍のリハビリを行いながら神居忍を観察する。
啓二先輩と、仕草や、しゃべり方が何処となく似ている、体つきなどには多少の違いがあるが、顔も啓二先輩の面影があり、兄弟に違いないと今は思っている。
そして一番似ていると感じたのは、神居忍の手、手の形と長い指が啓二とそっくりだと思った。
「神居さん、お疲れ様です。今日は頑張りましたね。」
一通り今日のリハビリメニューが終わった忍に、石塚先生が労いの言葉を掛けてくれた。
天井を見つめる視界に石塚先生の笑顔が入り込む。
忍は起き上がり一息つく。
「来週には、右手のボルトを取る予定なんですね。」
薫は手元のカルテを見ながら話し掛けた。
今なら自然に啓二さんの事を聞ける。
「あの、神居さん。」
手元のカルテを胸に抱くようにして、何か言いづらそうにしている。
何時もと様子の違う石塚先生を不思議そうに見る忍。
薫は意を決して、神居さんに聞いてみた。
「あの、神居さんに、お兄さんがいらっしゃいませんか。」
忍はまったく予想もしていなかった質問に目を丸くする。
「え?兄・・・ですか。」
「ええ、お兄さんかな。」
忍は質問の意図が分からず、どう答えたものか逡巡したが正直に答えた。
「はい。・・・兄がいます。」
石塚先生は忍の言葉に表情を硬くしてゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「もしかしてお兄様のお名前は、啓二さんというお名前じゃないですか。」
忍は石塚先生から兄の名前が出たのに驚き、なんで石塚先生が兄の事を知っているのかと驚いた表情を浮かべた。
「なんで、先生が兄の事を?」
薫は啓二先輩の事がわかるかもしれない喜びに笑顔が浮かぶ。
「やっぱり、お名前を聞いた時からもしかしてと思ったんです。お顔もお兄さんと似てますし。」
忍は石塚先生の勢いに戸惑う。
「あの、今、啓二先輩はどちらにお住まいなんですか、先輩はお元気なんですか。」
忍は左手を石塚先生に向けて、石塚先生を制止する。
「先生、ちょっと落ち着いてください。」
薫はその言葉にハッとなり自分のテンションの高さに、カルテで半分顔を隠しながら真っ赤になっていた。
「私・・つい、ごめんなさい、先輩の事を知りたかったものですから、本当にごめんなさい。」
石塚先生は深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
薫は頭を下げながら、大きく息をする。
「慌てちゃダメ、もう少し落ち着いて話をしなきゃ、危ないやつと思われちゃう。」
その様子を見て忍が疑問を口にする。
「いや、いいですよ、頭を上げて下さい。・・でも兄とはどのような知り合いなんですか。」
薫は頭を上げると微笑んだ。
胸に抱えるようにしていたカルテを、施術用のベッドに置き自己紹介を始めた。
「そうですね、自己紹介をしていませんでしたね、私、神居啓二先輩と部活で一緒だった石塚薫って言います。先輩が3年生の時に私は1年生で、先輩には大変お世話になりました。」
薫は啓二先輩と交際していたことは言わなかった。
自分の中では啓二先輩との交際はとても大切な思い出でもあり、あまり人に話したくなかった。今も啓二先輩に対する思いが燻り続けている自分を自覚している薫。
忍は顔を曇らせる。
今この場で兄、啓二の死を石塚先生に伝えるべきか考えたが、場所や時間を考えて後日時間をもらうことにした。
リハビリ室を後にする。
石塚先生から忍を担当する看護師さんに変わり、車いすを押してくれている。
こちらを笑顔で見ている石塚先生に、どの様に兄の死を話すか考え深く溜息をついた。




