石塚薫(いしづかかおる)16歳
宜しお願いします。
最後の段に足を引っかけた。
その日、石塚薫は朝番のスタッフと朝礼を兼ねたミーティングに出ていた。配られた資料をクリップファィルに留め、資料の内容について説明を行っている室長の声に耳を傾ける。
「次に今日から、作業療法、物理療法、精神科作業療法に入る患者さんについて・・・」
薫は耳で説明を聞きながらリストをボールペンで追う、流れるように確認事項に印をつけながら行うルーティーンになっている作業。
そして入院患者の個人情報を目にし、ボールペンが止まる。
患者の名前の下に斜線を引きながら、年齢や症状などの詳細を真剣な顔をして見つめる。
「この患者さんの・・・」
室長のその声が聞こえた瞬間、薫はすぐに手を上げた。
「私がやります。」
クリップファイルを胸で抱え、ボールペンと一緒に右手を軽く上げた石塚薫がそこに居た。
薫は、リハビリ科の治療室に併設されている受付を兼ねた事務室のデスクに座り、先程の入院患者のカルテをPCで確認していた。
「神居忍・・・34歳・・」
その画面を見つめながら、薫は入院した経緯や治療履歴等を確認していた。
「ねぇねぇ、薫、その患者さん・・・知り合い?」
いきなり隣の席に座る同僚に声を掛けられて慌てる薫。
「えっ?ううん、そんな事ないよ、ただちょっと・・私、担当したことなかったから・・眼球欠損の患者さん。」
「そう?初めてだっけ・・・薫が自分から担当を願い出るなんて無かったから、勝手に知り合いかと思って。ごめんね。」
同僚は手合わせるようにして笑いながら謝ると、椅子のタイヤを滑らせ自分のデスクの前に戻った。
薫はその同僚を見ながら微笑み、視線をPCに戻した。
さっきの同僚の言葉が頭から離れない。
「知り合い・・か・・」
石塚薫、高校1年生。
薫は入学して初めての文化祭の準備に追われていた。
薫が入部したのは演劇部、元々超有名な歌劇団が好きなのもあり、自分でも観る方から演じる方への興味が湧いていた。
演目は演劇部のオリジナルの脚本、いかにも高校生が喜びそうな恋愛物語。
1年生の薫達にも通行人A等の端役はあるが、基本は大道具小道具係。
その日、衣装用の小道具の入った段ボール箱を抱えて走っていた。
演劇の会場となる体育館に辿り着くと、舞台の上で待つ先輩の下に急ぐ。
舞台袖の階段を登り切ったその時、最後の段に足を引っかけた。
「キャッ!」
思わず目を瞑る薫、荷物が自分の手を離れて行くのがわかる。
ドタン!!!!
そんな音が大きく響き渡る予定だった。
でも、その音はしなくて・・・・薫は何か柔らかく包まれる感じがした。
何が起こったのか・・・まだ倒れた時に来るはずの痛みも無い。
でも自分は確かに倒れている。
固く瞑った目をゆっくりと開けた。
開けた目の先にあったのは白いワイシャツと、自分を固く抱きしめていてくれる腕。
薫の頭の方から、声が聞こえた。
「大丈夫?石塚さん。」
声のした方に顔を向ける。
薫はうつ伏せに倒れていたが、薫の下に人がいた、そして腕が薫の体と頭を抱きかかえている。
「かみい・・せんぱい??」
そこには、演劇部の部長、神居啓二先輩が薫の下敷きになっていた。
「・・・・・・・!」
状況が判断できた薫は、一瞬頭が真っ白になり。
「〇▽◇×!!!!!キャァ~!は、離して!離してくださいぃぃぃ!」
その声に啓二は、はっとして手を弛める。
薫は起き上がろうとしたが腰が抜け立ち上がれない、啓二先輩の上に馬乗りになった状態でジタバタ足掻いている。
顔を真っ赤に染め、両手でその顔を隠し悲鳴と意味不明の言葉を並べ立ている石塚薫を部員全員がポカンと見つめていた。