話してくれてありがとう・・
今回で大体の人物が動き始めました。
うまく表現が出来なくて、悩んでいます。
それでも、よろしくお願いいたします。
※次のリハビリをやりましょう。
「いっ・・・・・たたぁ。」
右足と右手のリハビリを終えたところだ。
「はい、神居さんこれで終わりですよ。次のリハビリをやりましょう。」
石塚薫先生は明るく忍に声を掛けた。
あの日、石塚先生に兄の話をしてから、そんなに日は経っていなかった。
次に会う時はどんな顔をすればいいのか考えていた忍だったが、石塚先生の明るい態度にそれが杞憂に終わってほっとしていた。
松葉杖をつきながら、次のリハビリの為のテーブルに向かう。
あの日、石塚先生に兄の高校卒業後の生き方と、亡くなった時の状況を話した。
涙を浮かべ俯く先生に掛ける言葉など見つからなかった。
暫く肩を震わせる先生を見つめることしか、忍には出来なかった。
次は目のリハビリである。
忍はテーブルに置かれたペットボトルに手を伸ばす。
未だに奥行きが掴めず、ペットボトルに掠るだけでテーブルの下に落とす。
廊下を歩けば、ちょっとした手すりの出っ張りに腕をぶつけたりもする。
担当医に言わせれば「時間はかかるが、健常者と同じことが出来ますよ。」との事だが何時になることやら・・
テーブルの上でそんなリハビリを繰り返す。
コロンと倒したペットボトルを石塚先生が直してくれる。
その度に、石塚先生のポニーテールに結った髪が揺れる。
忍はその姿を左目で追う。
忍の前で暫く泣いた石塚先生は、真っ赤に泣き腫らした顔を上げた。
「先輩は、私の初恋の人だったんです。」
「・・・・・」
忍は何も口にすることが出来なかった。
「先輩、優しくて、色々助けてくれて・・・・」
「ごめんなさい。」
石塚先生はその言葉を口にすると、顔をクシャクシャに歪ませ立ち上がり、そのまま何も言わずに食堂を早足に出て行ってしまった。
その後姿を目で追うだけで声を掛けることが忍には出来なかった。
後に残ったのは赤い口紅のついたストローと、アイスコーヒーのグラスだけだった。
コロンと倒したペットボトルを、石塚先生が直してくれる。
何度も倒したペットボトルを直してくれる先生を見ながら、何か石塚先生にしてあげられる事はないかと思案する。
「先輩は、私の初恋の人だったんです。」
あの言葉が何度も頭の中で繰り返される。
正直嬉しかった、故人となった兄を思い続けてくれた人が居たことに。
先生には兄の事で話せることがあれば、全て話してあげようと考えていた。
ペットボトルに集中している忍の後ろから、そっと伸びてきた手が忍の左手に重ねられた。
「思っているより、もう少し先ですよ。」
耳元で聞こえる石塚先生の声に体がビクッと反応する。
右肩に石塚先生の、手の平の体温を感じる。
石塚先生の左手が忍の左手を誘導する。
「そう、もう少し奥ですね・・・」
「・・・・啓二先輩の事、話してくれてありがとう。」
囁くように耳に届く、重ねられていた石塚先生の手が、忍の手を甲の上から握りしめる。
「いいえ、話せて兄も喜んでいると思います。」
「・・・・・」
「ほんとうに・・・ありがとう、あの時、飛び出してしまってごめんなさい。」
石塚先生の声が震えていた・・・
「・・・・・・・」
忍は肩に熱いものが零れているのを感じた。
少し鼻をすする音が背中越しに聞こえる。
「またこんどゆっくり聞かせてね。啓二先輩の事。」
明るい声が肩越しから聞こえる。
「はい。石塚先生。」
ゆっくりと忍の左手から、石塚先生の重ねらていた左手が離れていく。
椅子に座ったままゆっくりと後ろを振り向くと、指で目元をすくいながら笑顔を作っている先生がいた。
病室に向かう廊下を、一歩づつ慎重に松葉杖を突きながら歩く。
忍は立ち止まり、着ている患者衣のポケットに手を入れ一枚の紙きれを取り出す。
「今度はゆっくりお兄さんの事教えてね。」
リハビリ室を出た忍を追いかけて来た石塚先生に紙切れを渡された。
某有名キャラクターが印刷された四角いメモ帳には、携帯電話番と一言が書かれていた。
「退院して落ち着いてからでよければ。」
そう忍も答えて、自分の連絡先を石塚先生に教えた。
先生は微笑みながら、「ありがとう。」答えると踵をかえす。
「あっ、そうだ。」
石塚先生が振り返り、ポニーテールが揺れる。
「お兄さんが亡くなって寂しい時は、私も忍君の知らないお兄さんの話、沢山してあげるから。」
そう言って手を上げ笑った。
石塚先生にもらったメモには・・・
「寂しかったら、お姉さんが相談に乗るね。♡ 石塚薫 ♡」
「・・・・・・・・・」
少しその場で頭を抱え込む忍だった。




