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父と母とヤキモチと・・

「ただいまー。」

玄関を開け、靴を脱ぎながら奥に向かって声を掛ける。

玄関から真っ直ぐ突き当りにある、リビングダイニングから「しのぶ、おかえり~!」

月菜つくなが顔をチョコっと覗かせる。

目を月のように細くして、口をニカッとひらき白い歯と八重歯を覗かせる。

月菜は大きく笑うと八重歯が出てくる。そんなところも母親似だ。

「いま、夕飯の準備してるから~」

顔を引っこめると、声だけが聞こえて来た。

忍は自分の部屋に行き、ネクタイを緩めベッドにカバンをほうり投げた。

ジャケットをハンガーに掛け、ベットの横の小さな仏壇を見つめ、両手を合わせる。

ひとしきり手を合わせてから両手を下ろし、仏壇に飾られている二つの位牌と写真を見た。

月葉つくはさん、兄さん、陽詩ひなたは相変わらずだったよ。」

月葉さんと実兄の位牌に微笑を浮かべながら報告する。

写真には月菜の母、月葉さん・忍・実兄の啓二けいじ・それに幼い月菜がいる。特に月菜は忍の足にしがみ付き泣きそうな顔をして写っている。 


リビングダイニングに行くと、二人掛けの小さなテーブルに、料理が並べられていた。

「忍くん、今日はサラダにトマト入ってるけど、よけちゃ駄目だからね。」

忍の嫌いな物を入れて、食べる様に釘を刺す娘に、嫌な顔をしながら仕方なく自分の席に座る。

「はい!ごはん。」

「おぉ・・ありがとう。」

突き出されるご飯茶碗を受け取るが、月菜の座った目が忍を射るように睨んでいる。

「いただきます。」

「残しちゃ絶対駄目だからね。」

月菜は料理に箸を伸ばす姿を監視するように見ている。

「・・・・・・あの・・そんなに見られていると食べづらいのですが・・」

「と・ま・と。」

月菜は腕を組んで、顎を突き出すように食べろと態度で即す。

そんな娘を恨めしそうに見つめながら、トマトを口にほおり込む。

「うっ・・・・・・・」

「ふん。」

月菜は首をそっぽに向けながら鼻を鳴らし、当然といった態度をとる。

口の中の広がるトマトの味に、忍は涙目になりながら飲み込んだ。


リビングダイニングのソファーに座りながらTVのニュースを観る。

テーブルの上のコーヒーを飲みながら、正面に座る月菜の様子を伺う。

中学時代のジャージの上下を着た月菜は、ソファーに座りながら、竹刀をバラし、ささくれを削っている。

下に置いたゴミ箱に削った竹がパラパラと落ちる。

一通り手入れを終えると、先革や柄革、弦や中結の緩みなどを締め直し、竹刀を真っ直ぐに立て下から見つめている。

それを二振り行ったあと竹刀袋に納める。

「月菜、剣道部に入部するのか。」

「・・・うん、考えたんだけど、トップレベルの高校だからね。チャレンジって感じかな。」

「そうか・・知り合いとか、いたか。」

「ううん。知り合いはいなかったけど、私の事を知っている人がいた。」

「そうか・・・頑張れよ。」

「うん。」

月菜は真剣な表情を浮かべ、少しの沈黙の後に口を開いた。

「ねぇ、しのぶくん。お母さんてさぁ、どんな剣道してたの。」

忍の目を覗き込むように、忍に顔を近づける。

忍はうすちゃけた竹刀袋の横に、これも、うすちゃけた防具袋が置いてあるのに視線を向ける。

竹刀袋や防具入、また防具その物にも月葉さんの旧姓が刺繍されている。

この防具は、月葉さんの形見だった。

月菜が物心付くころには月葉さんは、この世を去っていた。

忍は月葉さんの形見となったソレを、月1回は陰干しする事が常となっていた。

そんな姿を見ていた娘の月菜は、体の成長と共にそれが何なのかを理解するようになった。

そして小学校の2年生の頃に、日曜日に小学校の体育館で行われている剣道教室の練習を始めて目にした。

今でも覚えている。

日曜日の夕方、友達の家に遊びに行くと言って出かけ、帰って来るなり「あたし。けんどーやりたい!」その日見た剣道について大きな声で話す月菜を。


娘の熱意に絆され、剣道教室に通い始めた月菜は、2年生の中頃から6年生迄の約5年間、雨の日も雪の日も休まず通った。

中学生になり剣道部に入部すると言った時に、母の形見の剣道具一式を月菜に渡した。

昔は少し大きかった防具も、今では月菜の為に揃えたように見える。

忍はゆっくりと防具から視線を外すと、月菜を見つめた。

「お母さんの剣道か・・・あれはお母さんが・・・・・」

忍は、目に焼き付いている月葉さんの姿を思い出すように月菜にポツリポツリ語り始めた。


これで何回目になるだろう。

剣道の事で悩んだり考えたり、モヤモヤした気持ちになると、忍に母の剣道について話しをせがむ。

忍は嫌な顔一つせず、ぐずる子供に絵本を読み聞かせるような優しい口調で母の剣道について話してくれる。

父親である忍を見つめていると、本当に母の事を好きだったんだなと・・分かるような優しい顔をしていた。

まるで、その傍らに母が座っていて、その母を愛おしそうに見つめるような・・そんな優しさを含んだ顔。

「私にはそんな顔をしてくれないのに・・なんかズルイ。」

忍の話す顔を見つめながら、何となく母に対して嫉妬のような感情が沸き起こる。

そんな自分にハッとなり慌てる。

「なっ・・なに考えてるの!私・・えっ・・なに?」

忍の話声が耳に入らなくなり、自分の中で浮かんだ感情に戸惑う。

母の事を話す忍から視線を逸らし、俯き自分の膝に両手を置く。

顔が熱くなったような気がする。

「やだ、私・・顔、もしかしてもしかして・・赤くなってる?え?え?」

膝にあった両手で頬っぺたを挟み、顔が赤いのを隠そうとする。

「やだ・・・」

自分の気持ちが分からず、頬っぺたを押さえながら感情を振り払うようにブンブンと顔を振る。

「なに・・してるんだ月菜・・・」

おかしな行動をしている月菜を忍が訝し気な顔をして見ていた。

「あ!なっ・・なんでも・・なんでもない!なんでもないんだから!!」

顔を真っ赤にしながら、両手を前に出し手の平をこちらに向けながら叫ぶ。

「わた・・わたし・お風呂はいって寝る!!」

「お・・おやすみ・・忍!!」

そう叫ぶと、剣道具一式を抱えて自室に駆け込んでいった。

「なんだ・・・あいつ。」

その場に残された忍は、突然出て行った娘が座っていた場所を見つめている。

「・はぁ・・わからん・・・」

思わず独り言を呟いていた。


娘を育てるにあたり、今までも男ではどうにもならない事に直面してきた。

最初は、母に頼っていたのだが、転勤が多くなり、娘の近くにいる相談できる女性は学校の先生だけだった。

担任であったり、保険の先生だったり、とにかく女性の先生にしか相談できないような事もあった・・中学生位まではよく相談したものだが、高校生になってからは相談事も少なくなりホット胸を撫でおろしていたところだった。

それが、最近の月菜を見ていると良くわからない行動が多くなって来ている。

親子で話はするように心掛けているが、如何せん女の子、どうにも聞いて良い事と、悪い事があるような無いようなで、困っているのもある。

女の子から女性へと成長しつつある娘、些細な事から大きな事迄、父親としてもどうしていいか分からない事がまた多くなっていた。

「学校に行ったら、相談してみるか・・・」

忍は頭を掻きながら呟いた。


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