私とパパ(忍)の事
お久しぶりです。
約2年ぶりになりますか、実は仕事の関係で海外に単身赴任していました。
初海外勤務、しかも単身赴任、とても小説の更新に手が回らず放置していました。
やっと、今年の初めに帰国して国内勤務となり遅々としておりますが更新して行きたいと思います。
※過去を読み返して設定のおかしい所も見つけましたが、このまま進ませて頂きます。
学校生活に集中して忘れようとしたの・・・でも駄目だった。
食堂の中は夕方の時間を向かえており閑散としていた。
入院患者とその家族と思われる数組が、広い食堂の中でポツリポツリと見受けられる。
その一角、窓側の四人掛けのテーブルに、神居月菜と高橋楓が向かい合って座っていた。
窓の外に広がる街並みや山々がオレンジ色に染まり始めている。
「高橋先生。」
月菜がゆっくりと、楓を見つめながら口を開いた。
まるで自分と楓の関係をもう一度はっきりさせるように「先生」と呼んだ。
月菜の目に映る楓は、ゆっくりと伏せていた顔を上げ、正面から優しく月菜を見つめている。
肩口で切りそろえられたストレートの髪がゆっくりと揺れ、頬に残った後れ毛を白く細い指が耳の後ろに導く、その指の中指に光る小さな石の入った指輪と爪の薄いピンクのマニキュアが目に入る。
そして、背筋をゆっくりと伸ばすと首筋に光るネックレスと白い肌が夕日のオレンジに染まる。
先生の豊かな双丘が白い七分袖のシャツを押し上げ、その白いシャツから透けるように淡くお洒落な刺繍が入った下着が薄く見えた。
月菜はその女性らしい体を見せつけるような動きに圧倒された。
「月菜さん・・・」
高橋先生は、月菜を諭すように声を掛けた。
「月菜さん、本当はもっと早くお父様との交際の件を話すつもりだったの。お父様・・忍さんがあんな事になってしまって話すのが遅くなってごめんなさい。」
そう言うと高橋先生は頭を下げた。
両手をスカートの上で重ね、頭を下げている先生を見て月菜は慌てた。
「先生、そんなのは・・そんなことはいいです。頭を上げて下さい。」
月菜はちょっと垂れ目がちの目を困ったようにしながら、手を前に出し慌てる。
高橋先生は月菜のその言葉に顔を上げ、優しく微笑み首を傾げた。
「・・・・・うっ。」
その態度を見た月菜は内心穏やかではなかった。
「なんだろ・・・態度・仕草・ファッション・・・色気・・一つも勝てる気がしない。」
月菜は気を取り直して高橋先生に向き直る。
そしてすり合わせをするように、月菜と忍の関係について高橋先生に問いかける。
「先生は、私とパパ・・忍君の事、全部知っているんですね。」
「えぇ、知っています。」
「そう・・私と忍くんが本当の親子じゃないことも?」
「はい。知っています。」
高橋先生は真直ぐに月菜を見つめたまま答えてくれる。
高橋楓は神居月菜を前にしてどう接するべきか考えていた。
月菜を前に少し気圧されている自分がいる。
「高橋先生。」
意外にも月菜さんは、私を先生と呼んでくれた。
想像していたのは、もっと先鋭な言葉使いで攻められるかと思っていた。
どうやら尊重はしてくれているらしい。
その後も穏やかに会話が進む。
「先生は・・・忍といつから・・」
聞きづらそうに視線を下げ両手を膝の間に挟みながら小声で聞いてきた。
「・・・・もう、半年近く、・・でも正式にお付き合いを始めたのはここ数か月よ。」
その答えに顔の表情を曇らせる。
「やっぱり・・・」
小さく呟く。
暫く沈黙が続く・・・・
楓は沈黙を破り、一番聞きたかった事を尋ねた。
「月菜さんは、私とお父様が付き合うことに反対ですか?」
真直ぐ月菜さんを見つめた。
その質問に月菜さんは顔を上げ、私の顔を睨むように見つめてきた。
その瞳には決意のこもった力強さが感じられる。
月菜さんはテーブルの上のコーヒーに手を伸ばし一口すすり、カップをソーサーに戻した。
カチャ・・・食器が重なる音が響く。
「先生・・・先生は、忍と私の事をどれだけ知っています。」
そう口にすると目をつぶり、ゆっくりと口を開いた。
「私はパパと・・忍とずっと二人で生きてきた、物心がついた時にはもうパパと二人きりの生活、幼稚園も小学校も中学校も高校も全てパパと一緒に居て、楽しいことや悲しい事、全てパパと一緒に過ごしてきて、私の大変な時も、パパの大変な時も、全部一緒に全部全部全部パパと一緒に乗り越えて来たの・・・。」
堰を切ったように話す月菜の言葉を何一つ逃さまいと楓は月菜を見つめる。
「そんな、そんな生活の中・・・気が付いたの・・自分がおかしくなったんじゃないかって・・・考え方が変なんじゃないかって・・・お母さんの話をしてくれるパパを見ていて、おかしくなっている自分に気が付いたの・・・中学2年くらいだったかな。」
「月菜・・・さん?」
いきなり話が切り替わり、何を話しているのか着いていけていない。
楓はだまって聞くしかなかった。
「剣道で負けて悔しくて、お母さんの剣道の話を聞くと勇気が出てきて・・・同級生のお母さんを見て寂しくなって、パパにお母さんの話を聞いてお母さんの優しさに触れて、・・」
月菜さんは机の上に手を乗せると、両手を祈るようにして重ねた。
「何かにぶつかる度にパパにお母さんの話をせがんだ・・・でもそのうちね、パパがお母さんの事を話す姿が・・態度が、表情が・・・ゆるせなくなって・・・苦しくなって。」
楓はゆっくりと自身のコーヒーに手を伸ばした。
いったい月菜さんは何の話をしているのか、コーヒーが楓の頭をはっきりさせる。
月菜さんの話、決して聞き逃してはならない、この先どんな話が待っていようとも・・そう思えた。
「そこからは忘れよう・・・こんな気持ちは持っちゃいけないんだ。そう思って部活、勉強、学校生活に集中して忘れようとしたの・・・でも駄目だった。」
月菜さんが祈るようにした指に力が入り白くなっている。
「こっちに越してきて暫くしたある日、パパが遅く帰って来たの、確か会社の歓迎会って言ってた・・・その日、パパから香水の香りがして・・私、パパに女の人が出来たんじゃないかって、それで私一人になっちゃうんじゃないか、パパがどこかに行っちゃうんじゃないかと思って・・・気が動転してパパに泣きついて・・その時もまた忘れようと思っていた感情が顔を出して・・でもまた、何とか自分をごまかせたの。」
俯く月菜のテーブルの上に涙がポツっと落ちる。
楓はポケットからハンカチを出し月菜に差し出した。
「パパはお付き合いしている女性は居ない、私が一人前になるまで守ってくれるって、そう言ってくれた・・・私、パパの言葉がうれしかった・・・パパに守られてるんだって。・・でもね、そんな日は続かなかった。それから暫くして・・今度は覚えのある香水の香りがパパのシャツからしたの・・・その香水の香り・・・まさかと思った、でもなんとなく確信が持てた・・・女って自分以外の香りに敏感なんだって・・・ちょっと笑えたかも・・・」
楓は自分の顔が青ざめるのを感じた、冷汗が背中を伝う。
月菜がゆっくりと顔を上げ、うっすらと濡れた瞳を歪ませながら笑った。
「そう・・・先生、高橋先生だって確信した。職員室で先生から漂う香水の香りが同じだったから・・」
楓は月菜さんと職員室で話をした時の事を思い出していた、いきなり感情の昂った月菜さんが、「私と・・・私とパパの間に入ってこないで!パパはパパを一番知っているのは私なんだから!」
声を荒げ職員室から月菜は飛び出して行った・・・楓にとっても苦い思い出だった。




