教師と生徒・楓と月菜
コントラクトカーテンで区切られたベットで、月菜がお湯の入った桶に浸したタオルを絞る。
「パパ。」
そう言うとベットで上半身を起こしている忍を睨む。
忍は仕方が無いかという顔をしながらパジャマのボタンに手を掛けた。
ボタンが外れていく様を月菜は見つめていた。細いが引き締まった胸板や腹筋が開いたパジャマの隙間から見える始める。
その姿をぼーっと見つめていた月菜はハッと我に返り俯く。
顔が熱くなる。なんで、今迄だって呂上がりに上半身裸で出て来る忍を見ても、何とも思わなかったのに。
急に何で、そんな事を思っていたら心臓までバクバクと主張し始めた。やはり忍と血の繋がりの無い事を知ったからか。
忍はパジャマから肩と左手を抜くと、右手のボルトの出ている腕の所でパジャマをまとめていた。いちいち右手から貫くのが面倒なのだ。
「月菜頼む。」
忍は真っ赤になっている娘を不思議そうに見つめた。
「・・・・うん。」
もじもじしながら忍に近づき、忍の背中を見つめた。月菜の手が忍の背中に触れる。
その広い背中の温もりを暫く感じていた月菜は、右手に持ったタオルでゆっくりと拭う。
背中、首筋、月菜は何回かタオルを絞り、ゆっくりとタオルで拭うようにする。
時々自分の体が忍に素肌に触れ、その度にドキリとする。
「パパ、気持ちいい。」
「あぁ、ありがとう。」
カーテン越しの喧騒とは離れた、静かな時間が流れていた。
高橋楓は病院の化粧室の鏡の前で化粧を直していた。学校帰りにふっと思い立ち、忍の病院に見舞いに寄ったのだ。
忍の娘さん、つまりは自分の生徒である月菜とのアレコレはあるが、気にしても仕方がない、もし偶然顔を合わせたとしても忍から「自分たちはお付き合いしている。」事をハッキリと話してもらい、月菜とも良い関係を結びたいと思っていた。
忍が先に話すか、後から説明するかの差でしかない。
楓はルージュを引き終わると、自分の服装を見回す。夏休みと言えども教師には関係が無く仕事はある。黒のローファーに肌色のストッキング、紺のひざ丈のタイトスカートに七分袖の白い胸元の空いた白いシャツ。
普段の仕事着みたいだが、一応気にする。
「うん。」
楓は納得すると鏡の前を後にした。
「こんにちは。」
大部屋の入院患者に軽く会釈しながら病室に入る。
忍のベットがコントラクトカーテンで遮られているのが目に入った。
「診察かしら?」
そんな事を考えながら、忍のベットに近づくと忍の横のベットの患者さんと目が合った、慌てて逸らされる視線。
不思議に思いながら、閉まっているカーテンに向かって声を掛けた。
「しのぶ・・・楓です。診察中ですか?」
気配はあるが返事が返ってこない。
「しのぶ。」
再度声を掛けた。
「楓・・・いま、体を拭いてもらってるけど・・どうぞ。」
忍の声が帰って来たので、カーテンを開かない様に中に滑り込んだ。
一人の女性が、忍のベットにひざで乗り、忍の背中を左手で支えるようにしながら右手に持ったタオルで忍の胸板をゆっくりと拭っていた。
「えっ・・・・しのぶ!」
楓は一瞬、上半身裸の忍に女が抱きついているのかと思い声を出してしまった。
両手で口を覆い、目を見開いている楓をその女が見つめた。
「高橋先生・・・・・」
「月菜さん・・・・」
ようやく、気を取り戻した楓は忍を睨む。その顔には何か文句がありそうな表情をしている。
「楓・・・今、娘に体を拭いてもらっていた所。」
そう何事も無いように答える。
月菜もタオルで拭う手を止め、ベットから降りて楓を見つめた。視線を楓に向けたまま月菜は父親に話し掛けた。
「パパが付き合っている人って、高橋先生だったんだ。」
忍はちょうどいい機会だとばかりに頷いた、忍はパジャマを着直す。
「話すのが遅くなったが、高橋先生とお付き合いさせてもらっている。」
「ふ~ん。やっぱりね。」
月菜は楓を見つめたままだ、楓は月菜を見つめて忍の言葉を肯定する。
「月菜さん、お話しするのが遅くなってごめんなさい。お父様の言うとおり、お付き合いさせて頂いています。」
頭を下げる楓。
月菜は溜息をつくと、忍と楓をジト目で見ながら腰に手を当てた。
「パパ・・・どこまで話したの。」
月菜は忍を見つめた。
「真剣に交際するのに嘘はつけないからな、全部知っている。・・・月菜の事も。」
忍は月菜に向き合い答えた。
「そう・・・じゃあ話が早いよね。」
月菜が八重歯を見せながら忍に笑顔を見せ、そして楓に視線を向けた。
「高橋先生、二人で話がしたいんですけど良いですか。」
楓にも八重歯を見せながら微笑む、楓は困って忍を見たが、忍も左手の掌と肩を上げながら首を振っている、諦めているようだ。
ふぅ、息を吐いた楓は月菜を見つめ。
「わかった、確か上に食堂があったわよね、そこに行きましょ。」
そして忍に笑顔を向けるとチラリと月菜にも視線を投げる。
「忍、私が後できれいに拭いてあげるね。」
月菜の顔の表情が強張る。
「パパ、行ってくる。」
音を立ててカーテンを乱暴に開く、他の入院患者が一斉に寝た振りをした。
二人が出て行く後ろ姿を見つめながら溜息をつく。もうここに至っては、教師と生徒ではなく、一個人として話をするのだろう。
月菜と楓の後ろ姿は、怒ってしっぽの毛を逆立てているネコのようにしか見えない。
「女同士、仲良くやってくれると助かるんだが。」
月菜と楓が去った後、入院患者の全員の視線が忍に集まっていた。