リハビリ
「先生・・それ以上は・・・あっ。」
「神居さ・・ん、まだ・・もう少し・・我慢・・して・・。」
「せん・・せい、もう・・我慢・・できませ・・んん。」
「あと・・あと少しで・・はぁ・・あと少しだ・・けぇ。」
「先生・・・そんな、こと・・・されたら・・もう、我慢・・・で・・あっく・・」
白い天井に、白い蛍光灯・・・もう動けない。右足のリハビリの痛みに耐えた忍は放心状態で天井を見つめていた。
「神居さん、お疲れ様です。今日は頑張りましたね。」
天井を見つめる視界の中に石塚先生の笑顔が入り込んできた。
忍は起き上がり、溜息をついた。
「来週には、右手のボルトを取る予定なんですね。」
手元のカルテにでも書かれているのか、見ながら話し掛けて来る。そして上目遣いに忍を見つめていた。
「あの・・神居さん。」
「なんですか?」
手元のカルテを胸に抱くように持ち替えながら、何か聞きづらそうにしている。
「あの、神居さんて、お兄さんがいらっしゃいませんか。」
忍は急な質問に戸惑う。
「え?兄ですか。」
「ええ、お兄さんかな。」
忍は少し逡巡したが正直に答えた。
「はい。兄がいます。」
すると石塚先生は人差し指を唇に当て、瞳を天井に向け何か思い出そうとしていた。そして思い出したのか笑顔を浮かべた。
「もしかして、神居啓二さんと言うお名前じゃないですか。」
忍は何で先生が兄の事を知っているのかと驚いた表情を浮かべた。
「ええ、そうです。私の兄の名前です。」
「やっぱり、お名前を聞いた時からもしかしてと思ってたんです。啓二先輩はお元気ですか。」
石塚先生は笑顔を浮かべながら、忍に兄の近況を矢継ぎ早に聞いてくる。
「今、先輩はどちらにお住まいなんですか。」
「先輩の今のお仕事は・・・」
忍は左手を向けて、困惑しながらも石塚先生を落ち着かせようとする。
「先生、ちょっと落ち着いてください。」
その言葉に、我に返った石塚先生は恥ずかしそうに、カルテで顔半分を隠して真っ赤になっていた。
「私、ご、ごめんなさい。つい先輩の事を知りたかったものですから、本当にごめんなさい。」
「いや、いいですよ。でも兄とはどのような知り合いなんですか。」
石塚先生は、謝罪の為深々と下げていた頭をあげ微笑んだ。
「そうですよね、自己紹介してませんでしたよね、私、神居先輩と部活で一緒だった、石塚薫って言います。先輩が3年生の時、私は1年生で先輩には大変お世話になりました。」
忍はその自己紹介を黙って聞いていた。そのまま兄が亡くなっている事を伝えた方が良いものか考えた忍は、「石塚先生、後日お時間いただいても良いですか。」そう答えると石塚先生は笑顔を浮かべ「それでしたら、土曜の午後でしたらお休みですから。」病院の最上階にある、一般にも開放されている食堂で会う事を約束して、リハビリ室を後にした。
病室に戻ると月菜がパイプ椅子に座り、隣のベットに居る入院患者と笑顔を浮かべながら話をしていた。
その人にも同じぐらいの娘さんがいるのだが、見舞いに来てくれないと、毎日のように来る月菜を見て羨ましがっていた。
忍を見つけた月菜が、パイプ椅子から立ち上がり忍の側迄駆け寄る。
「看護師さん、後は私がやります。」
そう言って看護師さんに頭を下げ、忍の後ろに回り込む。看護師さんも月菜に笑顔を向ける。
「月菜ちゃん、じゃあお父さんの事、宜しくね。」
月菜も慣れた手付きで忍を介護し、ベットに座らせる。
「うっ、パパ汗くさい。」
「そうか、リハビリを終えた後、看護師さんに拭いてもらったんだけどな。」
月菜はいきなりムッとた顔をした。
「清拭なら私がやってあげたのに・・」
何かブツブツ言っていた月菜だが、何かを思いついたように八重歯を見せる。
「まっててパパ、私が拭いてあげる。」
「はぁ?良いよ、夜にはシャワーを使えるから。」
「ダメ!臭い。」
「月菜、清拭って言ったて・・おい月菜!」
月菜は何も聞かずに病室を出ていく。
病室内の視線が忍に集まっていた。
「うらやましいですな、娘さんが体を拭いてくれるなんて。」
隣の入院患者が、ボソリと呟いた。