間接キス。
繁忙期の為、更新が滞ると思われます。
宜しくお願いします。
コツコツとパンプスのヒールが鳴る。
青色のフロントスリットが入ったデニムスカートから、歩くたびに白い膝とふくらはぎが見え隠れする。
黒のインナーキャミソールに透け感のある七分袖のスキッパーシャツを揺らしながら下田陽詩が軽く会釈をして病室に入って来た。
「失礼します。」
軽く会釈をしながら、忍を見つけると右手を軽く上げて笑顔を浮かべる。
この間の事なんか無かったかのように振る舞う姿を見て、忍は渋い顔をした。
「具合はどう?」
「ああ、足は取れたよ・・・これからリハビリが始まる。」
忍は天井を見つめながら答えた、少し気まずかったが陽詩にそんな素振りは一切見えない。
忍の横に立ち、前屈みになりながら忍の顔を見つめていた陽詩の手がゆっくりと動く。
その手が、忍の右目の傷に触れる。
忍は急に触られたその手を掴もうとした、またキスでもされたら溜まった物じゃない。
忍の手が空を切る、やはり距離感がおかしいみたいだ、忍は溜息をつくと陽詩を睨む。
「陽詩、皆が見てる。」
一言だけ告げた。
陽詩はハッと我に返り、触れていた手を引っ込め前屈みの体を真っ直ぐに直す。
周りに視線を向けると、そっぽを向いた他の入院患者が、不自然な感じでベットに横になっていた。
陽詩は少し顔を赤らめる。
そして何かを思い出したように、足元に置いていた紙袋を持ち上げて忍に見せる。
「これ、美味しそうだったから買ってきたの。」
有名チェーン店のケーキ屋の屋号の入った箱を取り出して、バツが悪そうにしていた。
「はい。」
忍はこの状況をどうしたものかと考えていた。
パイプ椅子に腰かけた陽詩が満面の笑みを浮かべ、フォークに刺さった苺を忍の目の前に突き出している。
他の入院患者が見ないようにしながら、確実に見ている。
手が不自由なので仕方がないと言えば、仕方がない。
このままフォークを突き出したままの陽詩と自分を観察されるぐらいなら。
忍は口を開いて苺にパクついた。
何となく恥ずかしくて顔が赤くなる。
「はい。」
満面の笑みを浮かべながら、スポンジ部分と生クリームの乗ったそれを突き出してくる。
「・・・・・」
陽詩はこの状況を楽しんでいるんじゃないか、そんな感情が湧き上がる。
しかし、早く食べないとこの状況を終わらせることは出来ない。
覚悟を決めてケーキに噛り付く。
「おいしい?」
笑顔の陽詩。
「あぁ・・」
すると陽詩は何を思ったのか、自分の手前にケーキの乗った皿とフォークを引き寄せ、じーっと、ケーキを眺めていた。
徐にフォークでケーキを切り分け、忍に使ったフォークで自分口に運ぶ。
忍は思わず周りを見た・・・・病室の全員がニヤニヤと笑い、二人の関係を理解したようにうんうんと頷いている。
陽詩に視線を戻すと、また目の前にケーキが突き出されていた。
「このケーキ美味しいね、買って正解。」
満面の笑顔を浮かべていた。
まるでそれが当たり前のように、忍が食べ、そして同じフォークで陽詩が食べる。
桜の舞う季節から新緑へと移り変わる。
制服姿の陽詩、制服姿の忍。
二人で入った喫茶店、陽詩が紅茶とケーキのセット、忍はアイスコーヒー。
二人で交わす何気ない会話、学校の事、友達の事、好きなTV番組の話。
陽詩がケーキを食べて両手で頬を抑える「これ凄く美味しい!」
目を丸くしながら、さらにケーキを口に運ぶ陽詩を見ていた。
口いっぱいにケーキを頬張る陽詩を見て、家で飼っているハムスターを思い出す。
そして、何気なく突き出されたケーキ。
フォークに乗ったケーキのスポンジの間にクリームが見える。
「食べて、本当に美味しいんだから。」
忍もそのケーキを見つめ、突き出されたケーキにパクついた。
口の中に甘いクリームの味が広がる。
「うん、これ美味しい。」
アイスコーヒーを飲みながら陽詩を見た。
忍に差し出したフォークを見つめたまま固まっていた、その顔は真っ赤。
忍もそれを見て気が付いた、自分も顔が赤くなるのが分かった。
その後、暫くはお互いの顔を見ることが出来なかった。
心臓だけがドキドキと高鳴っていた。
「ふっ・・」
忍は苦笑いをした。
その姿を見ていた陽詩が不思議そうな顔をする。
食べ終えたケーキの皿を小机の上に置き、太ももの上に手を置き小首を傾げている。
「なにかおかしい?」
「いや・・・」
「なによ、一人で笑って。」
ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせている陽詩。
忍は笑いながら、所詮は昔の事と思い直す。
「むかし、君と付き合い始めた頃の事を思い出してた。」
「なにそれ。」
「今みたいに、喫茶店で君にケーキを食べさせられた事をさ・・」
「喫茶店?」
「ああ。」
陽詩は人差し指を唇に当てながら、天井を見つめる様に思案する。
そして何かを思い出したかのように忍を見た。
そして、みるみる顔が赤くなる。
「そんな、む、昔の事。」
俯いてしまう陽詩を見て、忍は笑い出した。
「子供だったよな、俺達。」
陽詩が上目使いに忍を見つめる、その顔は耳まで赤い。
「いまじゃ、何でもない事なんだろうけど・・・」
忍はそう言うと優しく陽詩に微笑んだ。
「俺も今じゃ良い年こいたオジサンだしな。」
忍はそう言いながら笑った。
「む、昔の事なんかじゃない。」
いきなり陽詩が真剣な声を上げた。
「いまだって、恥ずかしかった。」
「えっ?」
キッと忍を睨む陽詩。
「いまだって、恥ずかしかったけど・・勇気がいったんだから、その同じフォークを・・」
「はぁ?」
忍は何を小娘のような事を陽詩は言っているのだろうかと笑いだす。
「!!!!!忍!」
陽詩は急に立ち上がった。
「い、いくらオバサンになったって、恥ずかしいの!勇気がいるの!凄くドキドキするの!貴方の、貴方の事を愛しているから、好きだから、少しでも触れたいから、お、同じフォークで同じケーキを食べるだけでも幸せなの、それだけでも、それだけでも女は耐えられるし、我慢できるの!どうして、どうして、わかってくれないの!・・・ほんとならキスして抱きしめて私のものにしたいのに・・・」
病室内に響いた陽詩の言葉、最後の方は聞き取れないほど小さくなる。
唖然とした他の患者さんの中には腕を組みうんうんと頷く人もいる。
「あの・・下田、ひ、陽詩さん。」
忍は少し引きつった笑いを浮かべながら、陽詩の握り締めている手を掴んだ。
「なによ!」
半泣き状態の陽詩が忍を睨んでいる。
「ここ・・・大部屋の病室。」
陽詩が錆びたロボットの様に首をまわし、病室を見る。
この病室の入院患者全員が陽詩を温かい目で見守っていた、全員が陽詩の味方だと言う様に。
「パパ、ここに移ったんだ。」
病室の入り口から声が聞こえた。
忍と陽詩、他の入院患者の視線が出入り口に注がれる。
そこには制服姿の月菜が、キョトンとした顔をして佇んでいた。




