理不尽
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土曜日の午前中、車イスに座る忍を看護師が後ろから押している。
足のけん引も終わり、これから少しずつリハビリが始まる。
右腕や肩はまだ動かせないが、それでも回復へ向けての一歩を踏み出す感じだ。
車イスを押す看護士が病室へ忍を連れて行く、個室とは違う大きな部屋、窓も大きく取られ忍の他に5名の入院患者が忍に視線を送った。
忍はその全員に向けて軽く会釈を繰り返す、忍に割り当てられたベットには既に母美佐子が荷物を運びこんでいた。
忍を見つけた美佐子は笑顔を浮かべ、周りの入院患者全員に頭を下げる。
「息子の忍です、暫く入院することになりましたのでよろしくお願い致します。」
グリーンのマキシ丈のワンピースをフワフワさせながら笑顔を振りまく。
病院のそこかしこから「よろしく。」と幾つかの声があがる。
外科の男だけの病棟、母とは言え女性一人がいるだけで華やぐのだろうか。
忍はそんな事を考えながら母を見ていた。
ゆっくりと、看護師さんの肩を借りながらベットに腰を掛ける。
「看護師さん、ありがとうございます。」
忍は看護師さんに対して頭を下げる。
「後で先生が来ますので宜しくお願いします。」
そう答えると、車イスを折り畳み忍のベットサイドに置き病室を後にした。
その後ろ姿を追う。
「皆さんちょっと失礼しますね。」
母は声に出すと、コントラクトカーテンを閉めた。
そして、ベット脇のパイプ椅子を取り出し腰を掛ける。
「しのぶ・・・」
母は忍の顔を見つめながら、ハンカチをバックから取り出した。
母は少し汗ばむのかハンカチで額を抑えると忍に向き合う。
「この間、月菜に話したわ・・」
「そう・・・」
忍はベットの枕に背を預けるようにして半身を起こしている。
「あの子・・・本当に貴方を愛しているみたい・・・」
「・・・・・・・そう。でもこれまでと同じだよ・・・気持ちは娘だよ。」
美佐子は渋い顔をした。
「貴方、本当にそれで済むと思って?」
忍は何を言っているのか理解に苦しむ様に母に問う。
「母さん、今迄親子として過ごして来たんだ、そりゃ少し月菜の感情に理解できない事もあったけど、その内分かってくれるだろうし、一過性の気持ちだったって後で笑い話になるとおもうよ。」
美佐子は顔を曇らせた。
「貴方・・・月菜とキスしたんだって。」
忍は驚くと共に苦悶の表情を浮かべた。
「それは、月菜から?」
「ええ、月菜から聞いたわ・・・自分から貴方に告白したし、キスをしたって。」
忍は何とも言えない顔をする。
「言えない貴方の気持ちもわかる、でもね、あの子、あの子は私の話を聞く前から本気よ。」
外からセミの声が聞こえて来る。
「貴女を好きになって、苦しんだはず。でも今回話した事であの子も変わるわ。いい忍、貴方の周りに居る女性、貴方がお付き合いしている高橋楓さん、そして貴方を忘れないでいる下田陽詩ちゃん、そして今は親子じゃないと知った月菜、それぞれにキチンと答えを出してあげなさい・・・それが貴方の責任よ。」
忍は答えに窮した。
「母さん、答えもなにも僕は楓さんと付き合っているし、それ以外の女性は。」
「忍。」
母は少し怖い顔をした。
「忍、どの子を泣かしても母さん許さないから。」
「はぁ?そんな・・」
「いい、どの子を泣かしても母さんは許さないから。」
同じ事を繰り返し、ジッと睨む母。
なんと理不尽な事を言ってるのか、そんな誰も泣かせずに上手く立ち回れとでも言うのだろうか。
「母さん・・・・」
困った表情を浮かべる忍。
美佐子は溜息をつくと、立ち上がりコントラクトカーテンを開ける。
そして夏用の麻のバックと白い日傘を手にすると、忍に笑顔を向ける。
「じゃあ、母さんこれで帰るから。」
「え、ちょっと母さん。」
引き留めようとする忍を無視して、踵を返して病室に背を向ける母。
数歩して母が立ち止まり振り返る、ニヤリと口角を吊り上げ忍に向かって今思い出したように声を発した。
「そうそう・・・この後は陽詩ちゃんに任せてあるから、それと部活が終わったら月菜も来るわよ。」
忍は慌てて母親に手を伸ばす。
「かっ、母さん!!」
美佐子は忍に背を向けると、右手で口を押える様に微笑む。
「どの子がお嫁さんになるのかな。個人的には月菜がお嫁さんだと楽なんだけどね。うふ♡」
大きな爆弾を投下して立ち去る母だった。




