タバコ・・
※「離婚した旦那に貰ってよかったものは、娘。悪かったのはタバコかな・・」
都心と違い、地方の都市には大きな建物が少ないせいか、月が良く見える。
会社を後に最寄りの駅に向かう、昼休みの後、部長に呼び出された。
「神居君、個人的な事には余り口出しはしたくはないが・・」
そこから始まり、事情聴取が始まった・・嘘ではない程度に誤魔化し、その場を凌いだのだが流石に疲れた。
多分、陽詩、いや、下田さんも同じような状況になったはずだ。
車道を走る車のヘッドライトが、忍の体を浮き上がらせ消していく。
今後も陽詩と同じ職場だと思うと気が重くなる、どのように接するべきか頭を巡らせる。
何処かでクラクションを鳴らす音が聞こえる、車社会のG県は、忍のように徒歩と電車で通勤する者の方が珍しい。
また、何処かでクラクションが鳴る、どこの馬鹿だか知らないが鳴らし過ぎだろうと思う。パッパーとクラクションの音が響く・だめだ・・考え事を中断する。
さっきからクラクションが数回立て続けに鳴らされる。顔を上げクラクションを鳴らしている馬鹿な車はどれか車道に視線を送る。
パッパー!またクラクションの音・・・・、1台の軽車両の窓から手が降られている。
パッパー!「しーのーぶー!」パッパー!「しーのーぶー!そこの嘘つき!」
悩みの種である彼女が、クラクションを鳴らしている馬鹿な運転手だった。
頼むから俺の名前を連呼するのは止めてくれ、仲間と思われるだろ。
忍が気付くと車は歩道ギリギリに止まり、助手席の窓が開いた。
停車した車に近づき腰を曲げて中を覗き込む。
「ちっ!」
陽詩が車の運転席で舌打ちをする。
また舌打ちしやがったこいつ。
「なに、ボーっと幽霊みたいに歩いてんのよ!クラクション鳴らしてんだから直ぐに気付きなさいよ!」
なんとも理不尽で自分勝手な事を言いながら、運転席から睨みつけている。
「なんだよ、お前は・・」
「いいから、ボーッと歩いてないで乗りなさい。話があるの。」
「いや・・」
「いやもいいも無いの!今日の事で話があるからさっさと乗りなさいよ!」
なんと言う生意気な女なんだ・・12年でこうも変わるか?
忍は諦めて、車の助手席に乗り込んだ。
助手席に座り陽詩を見ると、ウィンカーを出し、バックミラー、サイドミラーそして目視と続き車を走らせる。
忍は仕方なしにシートベルトを締め、運転しいている陽詩に視線を向ける。
運転に慣れているのか、ゆったりとシートに座り、ハンドルを片手で軽く握り運転している。
街灯や対向車のヘッドライトが陽詩に陰影を付けて通りすぎて行く、横からでも分かる胸のふくらみや体のラインが暗い車中で浮かびあがる。小柄な割には良いスタイルをしている。
シートに座る腰のライン、太ももの上の方まで引っ張られたタイトスカートから伸びる足が扇情的に通り過ぎる影に見え隠れしている。
「忍、K駅近くのマンションで良いのよね。」
「え・・・あぁ。駅の近くのマンション。」
運転している陽詩がチラッと横目でこちら見ながら聞いて来た。
「・・・その。・・ごめん。」
目線は前を見ながら陽詩が謝る。
「ちょっと感情的になり過ぎたわ・・・・ごめんなさい。」
「・・・いや・・俺こそ、ごめん。」
陽詩は昼の事を反省し、忍は過去について謝罪する。
「あの後、部長に呼ばれて注意されたわ・・会社にプライベートを持ちこむなって。」
「俺もアノ後呼び出されて、吉田部長に怒られた・・でも、事情については誤魔化したけどね・・」
前を見ながら話す陽詩に、吉田部長にした言い訳について話をした。
概ね二人とも、お互いの上長を同じように誤魔化したようだった。
今後会社でお互いにうまくやっていく事を確認したが、過去の出来事については・・お互い、年月も経っているし、余り触れたくない、触れられたくない事でもあるので、暗黙の了解で話しは終わった。
赤信号で車が止まった。フロントガラスの向こう側に月が見える。
自動でアイドリングストップし、車内が急に静かになり二人の間に沈黙が流れる。
まだ、信号は変わらない。
「そっ・・そう言えば娘さん幾つになった。」
沈黙に耐え切れなくなったのか陽詩が顔をこちらに向け質問してきた。
「あぁ・・17歳、高校2年になったよ。」
「・・・もうそんなになる。・・・早いわね。」
青信号に変わり、車を走らせながら呟く。
「ひな・・あっ・・下田さんは・・お子さんは。」
「小学校2年生の女の子が一人。」
「そうなんだ・・・あっ、旦那さんは?」
「・・・それ・・聞く?」
陽詩は苦笑しながら呟く。
「・・・何かまずかったか。」
「いえ、別に隠す事でもないし、そのうちバレるからね・・」
「・・・・・・・・」
「2年くらい前に離婚して、で、こっちに戻ってきたの。仕事もしなければならないし、陽奈乃も小さいしね・・・それに両親に頼れるし。」
お子さんの名前は「陽奈乃ちゃん」と言うらしい。
陽詩は視線だけ一瞬こちらに向け、自嘲したように笑う。
「そ・・・そうか。」
忍は小さく呟く。
暫く走っていると、左折のウィンカーを出す。
「ちょっとコンビニ寄るね。」
独り言のように言うと、そのままコンビニの駐車場に車を入れて停車した。
「ちょっとまってて。」
車のドアを後ろ手に締め、コンビニの建物に向かう。
忍は車の中で、溜息をつきながら視線で陽詩を追った。
陽詩はコンビニには入らず、その軒先にある灰皿の前で止まると、車を出るときに持った小さなカバンからタバコを取り出し、安物のライターで火を付けた。
うまそうにタバコを吸いながら、煙をくゆらせている。
陽詩と付き合っていた頃はタバコなんて吸っていなかったが、吸っている姿が様になっているのを見て苦笑い。
「変わるもんだな・・」
若いころ喫茶店では分煙などと言う概念は無かった、喫茶店でタバコを吸う客が居ようもなら露骨に嫌な顔をしていた陽詩を思い出していた。
「おまたせ。」
車のドアを開けて、陽詩がタバコの匂いと共にシートに体を滑らせて入って来た。
右手に持った缶コーヒーを忍に突き出す。
「はい。相変わらずミルク入りでしょ。」
「あぉぉ・・ありがとう。」
突き出されたコーヒーを受け取りながらお礼を言う。
エンジンの音が響く。
「タバコ・・・吸うんだ。」
忍が呟くように聞いた。
車をバックさせながら、切り返す。
後ろをミラーや目視で確認しながら片手でハンドルを切る。
「離婚した旦那に貰ってよかったものは、娘。悪かったのはタバコかな・・」
視線をあちらこちらに向けながら陽詩は答えた。