聞き耳・・・
お願いします。
花瓶に花を生け病室に向かう陽詩は、忍が快方に向かっているように見えて心が軽くなったのを感じていた。
「失礼します。」
そう小声で声を掛け病室に入った。
病室に入った途端、仕切り用のカーテンが引かれているのに気が付いた。
カーテンが動き、白い制服の看護師さんが笑顔を浮かべながら出て来た。
「ご親族の方ですか、今先生が午後の診察をしていますので少しお待ちください。」
「あっ・・の、親族では無いのですが・・・いいですか。」
「その女性なら大丈夫です、友人・・・ですから。」
カーテンの向こうから忍の声が聞こえた。
「そうですか、では少しお待ちください。」
看護師は軽く頭を下げると、カーテンの中に入っていった。
「忍にとって・・・・・友人・・・ともだちなんだ。」
陽詩は花瓶を小机に置き、一つ置かれた丸椅子に腰を掛けた。
カーテンの中からカチャカチャと音が聞こえ、先生の問診に答える忍の声が聞こえる。
聞いてはいけないと頭を振り、考えを切り替えようと天井を見上げる。
「どうですか、右目は・・・」
そんな先生の声が聞こえた。
「何となく、人が居るのは・・・・」
「そうですか、それではこれを見て下さい。」
陽詩は天井を見ていた視線をカーテンに向ける。
何の話をしているの、陽詩はいけないと思いつつ聞き耳を立てていた。
「先生・・・わかりません。」
「そうですか・・・」
「左目を閉じて、もう一度見てください。」
「神居さん、どうですか・・・・」
「光は分かります・・・動いているのも分かるかな・・」
陽詩の顔色がどんどん悪くなっていく、聞こえ漏れる会話から素人でも分かる内容。
「しの・・ぶ。」
ガタッと丸椅子から立ち上がる陽詩。両手で口を押え、忍と陽詩を隔てるカーテンを見つめ続ける。
その間も医師の言葉は続く。
「神居さん、来週には足のけん引が終わりますので、車いすに乗れるようになったら精密検査を行いましょう、今分かっている事は、瞳孔は光に対して開閉しているようです、これは検査をしてみなければわかりませんが、眼球もしくは視神経の障害になるかと思われます。」
忍は少し思案するようにしている。
「先生・・・黙っていれば、普通の目に見えますか。」
「神居さん、それは視覚障害の原因や程度によって異なります、まずはキチンと検査してそれからでも遅くないと思います。それに周りに分かってもらった方が、生活はしやすいですよ。お気持ちは分かりますが。」
陽詩は立ち尽くしたまま、カーテンを凝視していた、陽詩は後ろに後ずさる、ガシャンと病室に丸椅子が倒れる音が響いた。
陽詩は口を押えたまま病室を飛び出した、その瞳からは涙が溢れていた。
病室から看護師と医師が出て行った、倒れていた丸椅子を看護師が直し、陽詩が居ないのに気が付く。
陽詩のカバンは置かれたままだ。
「どこに行った?」
忍は陽詩のカバンを見つめながら、面会を後押ししただろう母に言う文句を考えていた。




