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一歩。

宜しくお願いします。

「お姉ちゃん大丈夫。」

リビングのテーブルに座る姉の前に、妹、楓がコーヒーカップを置いた。

シャワーを浴び新しいパジャマに着替えた、姉、陽詩は自分自身を抱きしめる様にして俯いていた。

友達だと思っていた今泉達也に呼び出されて、何の警戒もせずに外に出た自分。

そして、結婚を受け入れられないと断った途端に達也に襲われた。

肩や腕、乳房を強く掴まれた跡が、生々しく残っている。

「なんで・・・私が・・悪いの?」

姉は呟き、伏せた顔から涙が落ちる。

「お姉ちゃん・・・」

楓は立ち上がると、椅子に座る姉の後ろからそっと震える体を抱きしめた。

「お姉ちゃんは悪くないよ・・・悪いのはアイツよ。」

姉の頬に、自分の頬を付ける。

「達也の気持ちを分かってながら・・それを、それを私がハッキリしなかったから・・」

「そんな事無いよ、お姉ちゃん。」

「プロポーズを・・・受けられないって・・・言ったら・・急に。」

声を抑える様に泣く姉。

「誰か他に好きな人・・・が、いるのかって・・・もう貴方とはかかわらないって言ったら・・」

「お姉ちゃん・・・もう大丈夫だから、お父さん達が解決してくれるから。」

「・・・達也なんかに、唇を奪われて・・・襲われて、もし楓がいなかったら、わたし・・わたし・・」

「お姉ちゃん、大丈夫だから、もう大丈夫だから。」

「かえで・・・私・・私ね、好きな人が居るの・・・楓に言われるまで、気が付かなかったの・・気が付いて、その人の事しか考えられなくて・・・本当にその人の事が好きで・・・それなのに、あんなこと・・・されて・・やだ・・・やだぁ・・」

姉の震える手が妹の手に触れた、姉は振り返り妹を強く抱きしめた。

「ぅつ・・わぁああああああぁあ・・・」

妹の胸に顔を埋め大声で泣きだす姉・・・楓は優しく髪の毛を撫でながら、姉が泣き止むまで抱きしめていた。



病院内に昼食の食器を下げる音が響いている。

12時を過ぎた時間帯、食器を乗せたカートが、病室の案内板の前に佇む人を避けて通り過ぎて行く。

廊下の突き当りにある大きな窓から差し込む日差しが、花束を持つ女性の影を廊下に長く伸ばしている。

女性は病室の位置を確認すると歩き出す。そして、病室の扉の前に立つと、自分自身の身だしなみを確認した。

ギャザーの入った黒のフレアースカート、ベージュのノースリーブトップス、そして動きやすいようにベージュ色のスニーカー、手に持った白いトートバックからハンカチを取り出し、首筋に浮かぶ汗を拭う。

自分自身を見回し、先程化粧室でメイクを直したのを思い出し、良し!と自分自身を鼓舞する。

祈るように上げた手でドアをノックした。

コンコン・・・・・

「どうぞ・・・・・」

「失礼します。」

女性は唾を飲み込むとドアに手を掛けた。

窓の差し込む日の光が、その人を影として部屋の中に浮かび上がらせていた。相手の事が良く見えない、下田陽詩は俯きながら後ろ手にドアを閉めた、逆光になれた目が、段々とその人の姿を陽詩に見せ始める。

「下田さん・・・・」

聞きなれた男性の声が聞こえた。

そして約1か月以上心配し続けた神居忍の姿を目の当たりにした。

ベットに横たわる忍が軽く驚いた顔をしている。

陽詩はゆっくりと忍に近づいて行く、段々と忍の状態が目に入っていく、けん引された足、ギブスで固められた右手・・・体を固定するコルセット・・・そして忍の顔と頭、右目の上と下にカーゼがテープで止められている、頭にも同じものが見受けられた。何かの治療だろう。

忍の真横に立った陽詩は小首を傾げて笑顔を浮かべ、右手で後れ毛を耳の後ろに掛ける。

「事故に遭ったって聞いて、元気そうね。」

「ああ・・会社の皆には迷惑を掛けた・・・」

忍は苦笑いを浮かべた。

「ここへは?」

「会社の近くで、忍のお母さんに偶然会って・・・事故に遭ったて・・・」

「・・・・・・・・そうか。」

気まずい空気が流れる、あの喫茶店の事が二人の間に横たわっていた。

「あっ・・お花持って来たんだけど、花瓶借りるね。」

「そこの花瓶使って・・・」

忍は小机の上に置かれた何も生けられていない花瓶を左手で指した。

「ちょっと借りるね。」

陽詩は自分のバックを丸椅子に置くと、花瓶を手に取り病室を出て行った。

後ろ手にドアを閉めた陽詩は病室を背に立ち尽くす。

顔を上に向けた、忍の痛々しい姿が目に浮かぶ・・・本当は忍に駆け寄り抱きしめたかった。

そして、何でもいいから忍に文句を言いたかった、何故私に何も教えてくれなかったのか、何故私に謝罪の言葉も無いのか、何故こんなに心配している私に冷たいのか、沢山の何故が心をかき乱す。理不尽な事を言っているのは分かっている、道理の通らない事を言っているのも分かっている、でも、でも、そう考えなければ壊れそうだった。

目から涙が溢れた・・・・

「でも・・・よかった・・無事で・・」

陽詩はあふれる涙をハンカチで拭い、大きく深呼吸をする。

「これからよ・・・」

そう一言呟くと涙目に笑顔を作りハンカチを握りしめた。








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