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母の動静

病室に朝から暑さを告げる様にセミの鳴き声が聞こえて来る。

美佐子は息子の姿を見て軽く悲鳴を上げた。

「そんな・・・」

忍の病室で行われいる施術に立ち会っていた美佐子は、包帯の取れた忍を見て目を見開いていた。

忍の右目の上から、目の上を通り頬に至るように走る治療痕、先生がその傷を縫合する糸を丁寧に切っていく。

頭の手術の為に剃られた頭髪が伸び始め、頭に走る大きな傷が黒い頭髪の間に白く浮かんでいた。

先生の手が動く姿を見ながら、忍の変わってしまった表情を見つめていた。まだ忍の傷痕の周りの肌は黄と紫が混じったように痣が浮かんでいる。

傷口を消毒しているのか、ピンセットでつまんだ綿を傷口沿って当てていく。

そして、傷口を覆うようにガーゼが当てられテープで止められる。

先生が忍と話しているが、忍の傷が気になって頭に入ってこない。

30分程先生と会話をしていただろうか、先生と看護師が医療用カートと一緒に病室を後にした。


そして、入れ替わるように別の医師が忍の病室に入って来た。

看護師を従えた医師は忍の横に座ると、忍の右目にライトを当て、左右にライトを動かす。

暫くそれを続けた後、忍の目の下を指で押さえて目の下や瞼の上を触りながら何かを確認した。

医師は持ってきたバインダーに挟まれた書類にペンを走らせ顔を上げた。

「神居さん、右目はどのように見えましたか。」

忍は少し思案して答えた。

「多分・・・人が居るのは何となく、後・・・ライトですか・・光が動くのが分かりました・・」

医師は書類に書き込むと数ページ捲りながら話す。

「神居さん、これから細かい検査もしますが、今の状態なら健常者として生活が出来ると思います。」

「そうですか・・・・」

すると母が横から口を挟んだ。

「先生、片眼がこの状態なのに、ですか・・・」

先生は苦い顔をしながら母に答えた。

「神居さんの左目は多分0.6を超える視力をお持ちだ思われます・・・なので、例え片眼が失明したとしても、規定では視覚障害には当てはまりません、詳しくは後でご説明しますが。」


先生は一息入れると忍に視線を向ける。


「しかし、忍さんの場合、健常者と同じ扱いなだけであって、健常者と同じ事が出来るようになる訳ではありません。両眼視機能と言って健常者であれば何でもない事、例えば階段の上り下り、飲料をグラスに注ぐなど、距離感や立体感を認知することが難しくなります。」


先生の説明を聞いても実感がわかない、多分これから思い知らされるのであろう。


「神居さん、同じ症状でも条件はありますが車を運転している人もいますし、普通にお仕事をなされている方もいます。リハビリで普通に生活できるようしていきましょう。」

先生と今後の方針について話を聞き、この日の施術は終わった。


「忍・・・」

「何?母さん。」

ベットに横になっている息子の顔をマジマジと見つめる美佐子。

「その傷、残るのかね。」

「多分ね。」

「なんか・・・表情が変わったね・・」

「母さん、俺は男だから・・・顔の傷なんて気にしないよ。」

母は何を思ったか忍の左手を握った。

「目の事・・・・」

「仕方がないさ、自分じゃどうにもならないし。」

「これからは、貴方を少しでも支えてくれる人が居れば母さんも安心できるわ。」

美佐子は忍を見つめた。

「母さん、俺には彼女がいるよ。」

「そうだったわね、楓さん・・て言ってたかしら。」

「うん。」

「今度母さんに紹介してね、忍。」

「わかってるよ・・」

忍は照れたように笑った。



そろそろ食事の時間になるのであろう、あちらこちらで配膳の音が響く。

「忍、母さん用事があるからこれで帰るね、それと今日は月菜ちゃんもこれないから。」

忍は怪訝そうな顔をする。

「母さんが昼前に帰るなんて何かあるの・・何時もは月菜と一緒に病院から帰るのに。」

母は笑顔を浮かべた。

「月菜と女子会よ、今日あの子に本当の事を話すつもり・・・・」

忍はハッとした表情になり頭を下げた。

「・・・母さん、面倒な事押し付けてごめん。」

「忍、お母さんも貴方と同罪だから・・・月菜が納得いくまで話をするつもり。」

「母さん・・・・」

「そしたら、そしたら忍・・・・あの子が、あの子が貴方との本当の事を知って、貴方に全身で恋心をぶつけてきたら・・・少しでいいの、貴方の心に少しだけ隙間を開けて受け入れてあげて欲しいの・・・ねぇ。母さんからのお願い。」

忍は頷くしかなかった。

母はジーパンに白いTシャツと言う夏らしい姿に、小さいリュックを背負い病室を出て行った。


美佐子は病院を出ると麦わら帽子をかぶり日傘をさす。

携帯電話取り出してどこかへ電話をかけた。呼び出し音が暫く続く、そして相手が出る。

「お母さん、おはようございます。陽詩です。」

「陽詩ちゃん、遅くなってごめんね、私はこれで帰るから忍の事宜しくね。」

美佐子は携帯電話をリュックにしまうと悪戯そうに舌を出した。

「ふふ・・・忍しっかりしなさいね。」


美佐子の意地悪は続きそうだ・・・・(;一_一) 困ったちゃんだよ。





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