光。
繁忙期に付き更新が遅れます。
宜しくお願いします。
台所から野菜を切る軽快な音と、換気扇の音が聞こえて来る。
「おばあちゃん、ただいま。」
その声と共に大きな荷物を抱え、犬のキャラクターが印刷された白のTシャツにブルージーンズの月菜がリビングに顔を出した。
美佐子は台所から振り返り笑顔を見せる。
「月菜、忍は・・お父さんはどうだった。」
「うん、話だと来週には頭の包帯が取れるみたい。」
「あら、そう・・・月菜、洗濯物は。」
「持ってきた。」
月菜は笑顔を見せながら、病院で回収した忍の着替えが入ったカバンを持ち上げる。
美佐子は少し月菜の言葉に反応して思案顔になったが、また笑顔に戻る。
「じゃあ、後で洗濯するから洗濯機の横にでも置いておいて、帰って来たばかりで悪いけど、夕飯の準備、手伝ってくれる。」
お祖母ちゃんが後ろに向きながら、また手を動かし始めた。
「うん。お祖母ちゃん、何から手伝う。」
月菜はお祖母ちゃんの横に立つと、まな板に乗った魚に興味を示した。
「これ、なんていう魚?」
「あら何も知らないのね・・・・そろそろ月菜にも、本格的に神居家の味を教えようかねぇ。」
「ほんと!お祖母ちゃん。」
「将来、良いお嫁さんになる為にね。月菜。」
お祖母ちゃんは、月菜にウィンクしながら魚を見ずにさばいていた。
病室で食事の補助を受けながら、申し訳なさそうに咀嚼する。
事故で内臓系にも損傷を受けていた忍の食事も、少しづつではあるが普通の物に戻り始めている。
食事を終えると看護師が忍に声を掛けてきた。
「この後先生が回診に来ますのでお願いしますね。」
笑顔で看護師が出て行き、暫くすると担当医が顔を出した。
「先生、ありがとうございます。」
「いえいえ、それで神居さん。」
先生は、テキパキと忍の状態を確認して、持ってきたバインダーの用紙に書き込みをしている。
すると、先生はベットの横に置かれた丸椅子に座り忍に笑顔を向けた。
担当医は忍より少し若いだろうか、黒々とした髪を軽く横分けにして細い黒縁の眼鏡をかけている。
首から下げた聴診器が胸元で揺れている。
「神居さん、取り敢えず順調に回復に向かっていますので、来週には頭の包帯を取る事が出来ると思います、抜糸もその時に行えると考えています。」
「・・・・・そうですか。」
「体の方はもう少し待って下さいね。あ・・でも足の固定もそろそろだと思いますので、そっちの担当医に確認しておきますね。」
先生はバインダーを覗き込む。そして、バインダーからゆっくりと顔を上げると、眉に皺を寄せながら忍を見た。
「神居さん既にお話している事ですが・・」
先生がゆっくりと噛んで含めるように話す。
「神居さんの右目ですが、何とか光を感じる状態です。」
「はい。」
「今後の回復についても、ハッキリ言わせて頂きますが望めないと思っています。ただ・・・それも100%と言いませんが。」
忍は天井を見つめた。
「眼科の専門医も、検査を行いますので詳しい話はその時に聞けるかと思います。」
忍はゆっくりと包帯で隠れていない左目を細め笑顔で先生に向かう。
「先生、事故にあって生きていただけでもありがたいと思っていますから。」
先生と暫くやり取りをし、来週のスケジュールを確認した。
病室にひとり残った忍は、これからの事を考えて溜息をつく。
母、美佐子だけは忍の目の事を知っている。完全に光を無くすかも知れないと言うリスクも聞かされていた母だったが、経過の途中で光を感じると知り少しは安心してくれていた。
これから、娘や楓にどのように話せばいいのか、また会社ではどのような扱いになるのか・・
「色々大変になるな・・・・」
何となく他人事のように思う自分に・・・忍は笑顔で天井を見つめていた。