心の内・・・叫び。
赤城北高校の校長室に、神居美佐子と月菜は居心地が悪そうにソファに浅く腰を下ろしていた。
二人の対面には、校長先生と月菜の担任高橋楓先生が同じように腰を下ろしている。
美佐子が息子、忍の容態が快方に向かっているのと、孫の月菜が暫く学校をお休みしたことへの謝罪を終えた所だ。
教頭先生が納得したように頷く。
「よかったですね、月菜さん、お父様が良くなっているなら一安心ですね。」
月菜は申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい、ありがとうございます。」
頭を下げた月菜をフォローするようにお祖母ちゃんが言葉を継ぐ。
「本当にご迷惑をお掛け致しました、暫くお休み頂きましたが明日から学校に行かせますので宜しくお願いします。」
楓先生は考えるような仕草をしながら月菜に笑顔を向けた。
「単位も問題ありませんし、授業に出られなかった間の遅れは、補修も視野に入れて頑張りましょうね。」
「はい。」
月菜は高橋先生を睨むように返事をした。
月菜は高橋先生を恋敵としてか見ることが出来なかった。
楓に対する嫉妬、疑念、忍とどんな関係なのか気が気ではない相手、月菜は制服のスカートの上に置いた手を握りしめた。
「神居さん、今度私もお見舞いに行かせて頂きますね。」
楓は月菜のそんな態度など気にしていないように明るく言った。
校長先生も同意したように頷く。
「ありがとうございます。」
お祖母ちゃんが恐縮して答えた。
「・・・・こないで。」
いきなり拒絶の言葉が響く。
月菜には楓にどんな理由があって、忍とどんな関係があって見舞いに来ようとしているのか理解できないし、知りたくもなかった、そして絶対に楓になんか来てほしくないと思った。
「先生は来ないで!先生に、先生にお見舞いなんか来てほしくない!だってなんの関係もないじゃない!」
いきなりの言葉にその場の全員が固まった。
声の主、月菜に視線が集まる。
月菜はキッと高橋先生を睨みつけていた。
「月菜さん・・・」
楓は狼狽していた、この間の職員室での事や、今の月菜さんの感情の爆発は全て自分に対してのものだと気が付いた。
「私は・・・私は、先生に来てほしくないし、パパだって、パパだって先生なんかに来てほしくないと思う。」
楓は少し驚いたが、忍はまだ二人の関係を月菜に話していなのだろう、話す前に忍は事故に合った、だとすれば月菜が二人の関係も知るはずがない。
「月菜!あなた何てことを言うの。」
お祖母ちゃんが少し驚きながら、月菜の手に手を重ね諭すように注意する。
「先生に誤りなさい月菜、高校生にもなって何を分からない事を言てるの。」
「お祖母さまお気になさらないでください、月菜さんもお父様があんなことになって動揺しているのだと思いますから。」
高橋先生は少しソファから立ち上がり美佐子を宥めるように言った。
「いえ、失礼にも度が過ぎます。」
毅然と美佐子が月菜に向き直る。
「月菜!謝りなさい、あなた自分が何を言ったかわかってるの!」
月菜は握った拳にさらに力を込め、お祖母ちゃんを睨む。
「・・・・・いや、ぜったいにいや!」
「月菜・・」
月菜のその眼には涙が溢れていた。
そして、月菜は高橋先生に涙の溢れる目を向けた。
「パパに・・・忍に、しのぶに、近づかないで!!」
月菜は立ち上がり、校長室を出て行った。
「月菜!待ちなさい!」
美佐子が声を掛けるが無駄だった。
「すいません、私が言って聞かせますので、今日はこれで失礼します。」
美佐子は頭を下げると月菜を追いかけるように校長室を後にした。
高橋先生も後を追いかけようとしたが、校長先生に止められてしまった。
「今はご家族にまかせましょう、変に感情が高ぶっているようですから。」
校長先生はため息をつきながら、高橋先生を見た。
「そうですね・・・・」
高橋先生は立ちかけていた腰を下ろす。
「高橋先生、暫くは神居月菜さんに注意をはらって上げてください。」
「承知しました、学年主任にも相談しておきます。」
楓は今までの月菜の行動や態度を思い出していた、暫くして何かに気が付いた様に、目を見開く。
「でも・・・・・」
「思春期の女子は難しいね・・」
校長先生は高橋先生の思考を止めるようにつぶやいた。
美佐子は玄関の下駄箱の前で立ち止まって泣いている孫を見つけた。
まだ教室では普通に授業が行われているのだろ、遠くから笑い声や先生の声が聞こえてくる。
美佐子はゆっくりと月菜に近づくと、優しく月菜を抱きしめる。
「月菜。」
美佐子より身長の低い月菜の頭を胸にかき抱くよう頭を優しく撫でる。
「月菜・・・一体どうしたの。」
しゃくりあげる月菜。
「おばあちゃんは月菜の味方よ・・・」
声を上げながら泣く月菜。
「おばぁちゃん・・・わっ・・わたし、どうしたらいいのぉ。」
苦しそうに口にする。
「つくな・・・お祖母ちゃんが居るから・・・大丈夫よ・・」
「わた・・し、くるしぃの・・どうして・・・どうしていいかわからない、いまだってせんせいにあんなこと、あんなこと、いいたくなかったのに・・」
「そう、辛かったの、苦しかったのね・・月菜。」
「おばぁちゃ・・・わたし、おかしい・・こんなのぜったいに・・おかしいのに・・」
「・・・・・月菜、大丈夫、大丈夫よ。お祖母ちゃんは何時でも月菜の味方よ、だから安心していいのよ。」
月菜はゆっくりと真っ赤になった目を祖母に向けた。
「おばあちゃん・・・ほんと・・に。」
こくりと、美佐子は頷いた。
「ほんと・・に・・みかた・・なの。」
微笑みを浮かべ、美佐子は頷いた。
その顔を涙でぐしゃぐしゃにして月菜が見上げている。
「わたしねぇ・・・おばあちゃん、じぶんでも、自分でもおかしいと思ってるの。」
「そうなの・・」
「でも・・・でも、押さえようとすると、そのぶん気持ちがつよくなって・・抑えられなくて。」
「・・・・・・」
「わたし・・・・わたし。」
月菜の瞳から涙が溢れかえる。
美佐子は月菜の言葉を待った、何がこんなに月菜を苦しめているのだろう、祖母として月菜の気持ちを少しでも楽にさせてあげたかった。
「わたし・・・・わたし、しのぶ君が・・・忍が・・・ぱぱが・・」
「・・・・・・・・」
「パパが、好きなの!愛しているの!自分でも変だと思うけど、押さえられないの、パパが欲しいの、パパの恋人になりたいの、パパを誰にも渡したくないの!パパと一緒にいたいの!」
月菜は一気に口にすると、美佐子の胸に顔を沈め大声で泣き叫んだ。
「うあぁぁああ・・・パパを・・・愛・・してるの・・・へんなのは・・だめなのはわかってるのに・・こんな気持ちは抱いちゃいけないのに・・どうしようもないの・・わかってるのに。」
美佐子は月菜を強く抱きしめた、月菜の言葉に驚かなかった、あの日の寝言・・
「しのぶ・・あいしてるの」
布団の中で聞いてしまった孫の寝言、そして息子が事故に合ってからの月菜の感情の起伏や態度はとても父親に対するそれでは無かった。
本当に父親に恋をしてしまった事に苦しんだに違いない、お祖母ちゃんとして月菜に何をしてやれるだろうか、本当の事を知る自分は月菜に対して何をしてやれるのだろうか。
「そう・・・辛かったね、苦しかったね‥‥月菜・・お祖母ちゃんがついてるからね。」
美佐子は心の中で祈った。
「啓二、月葉さん・・・どうか月菜を導いてやってください。」
月菜と美佐子を照らす夕日が、玄関に一つになった影を伸ばしていた。




