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事故

宜しくお願いします。

その日は良く晴れていた。

買い物を終えた初老の男性は、家で待つ孫達の顔を思い浮かべながらハンドルを握っていた。

このG県は全国でも交通事故数1位と言われるほど運転の荒い地域だ。

男性はいつも通いなれた40キロ制限の道路を、いつもの調子で70キロ近いスピード飛ばしていた。

目の間に近づく「急カーブ」の標識にブレーキを掛け減速、すると携帯電話フォルダーに置いてある電話が鳴った。

携帯電話に一瞬目が行く、そこには帰りが遅いのを心配したのか妻の名前が表示されていた。

カーブを抜けた、加速する為にアクセルを踏み込み視線を携帯から正面へ向けた。

目に映る買い物袋を抱えた男性、信号のない横断歩道、歩行者優先・・・

ブレーキを踏んだ、そう思ったのは自分だけだった、自分の運転する車が加速する。

思わずハンドルを切る、何かにぶつかる音とタイヤが悲鳴を上げる音、そして車が歩道に乗り上げ民家の壁に車を擦らせながら、車を蛇行させガードレールに乗り上げ停車した。

エアバックのお陰で助かったのか、歪んだドアを開けながら傷一つない初老の男性がヨロヨロと車から出てきた。

沢山の人が集まってきていた、初老の男性の呆けた姿に通りがかった男性が叫ぶ「なにやってんだよ爺さん!」怒鳴られて我に返る。

自分の走ってきた方に振り返った、沢山の人達が騒いでいる。

「誰か、救急車呼んで!!」「大丈夫ですか!!」人々の騒ぎ声、遠くから救急車の音が近づいてくる。

初老の男性はただ立ち尽くしていた・・・


集まったやじ馬や、助けようとしていた人達に、被害者の事を知っているか尋ねたが誰からも返事は帰って来なかった。

救急車の中で応急処置中の隊員が、男性のジーパンのポケットに携帯電話があることに気が付いた。

センターボタンを押すと暗証番号入力画面が現れた、冷静に画面下にある「緊急」の文字をタップすると画面が変わり「緊急電話」が表示された、その画面下の「*メディカルID」にタップする。

また画面が変わりそこに表示されたのはメディカルデータ、「神居忍」の名前と緊急連絡先が表示されていた。


楓は学校の廊下を走っていた、なんでこんな日に自分は休日を入れたのか、神居月菜の担任である楓には月菜の父に関する連絡が他の教員より早く入っていた。

忍の親族からの連絡・・・諸々の連絡は楓の頭を飛び越え勝手に進んでいく、もどかしい、なんでこんな時に休みをもらったのだろうか。

「おはようございます、詳しい、詳しい状況を教えてください。」

職員室のドアを開けた高橋楓先生は、連絡をくれた先生に詰め寄っていた。



「パパ・・・」

病院の待合室、忍が事故にあってから約一週間が経過していた。

忍の意識がいまだに戻らない、事故の加害者である親族が一度陳謝に訪れていたが、おばあちゃんが対応をしてくれた。

ブレーキとアクセルの踏み間違い、最近ニュースなどで見かけてはいたが所詮他人事だと思っていた。

でも父がその犠牲者になった、まさかこんな事が起きるとは思ってもいなかった。

警察の話ではブレーキとアクセルを踏み間違え、約80キロ近いスピードで父を撥ねたと聞いた、だが運転手がとっさにハンドルを切ったことで正面衝突とならなかったのが不幸中の幸いとなったらしい。

でも、忍の意識はまだ戻っていない。


病院の待合室の椅子に座り唯々父の回復を祈る、今にでも意識が戻ったと看護師さんが言いに来てくれるかもしれない、そんな事を考えながら待ち続ける。

「月菜、そろそろお家に帰りましょう・・・。」

お祖母ちゃんが、月菜にペットボトルのお茶を差し出しながら声を掛けてきた。

お茶を受け取りながらやつれた表情を浮かべる月菜を、心配そうに見つめる祖母。

「月菜は本当に忍お父さんが心配なんだね、でもそろそろ学校に行かないとお父さんが目を覚ました時に聞いたら怒ると思うよ。」

月菜はその言葉に表情を曇らせた。

「おばあちゃんごめんなさい、わたし、わたし、怒られてもいいから忍・・パパの側に居たいの、もし、もしこのままパパが、パパが目を覚まさないで・・・・・」

月菜は声を飲み込む、その先の言葉を口にしたら目に溢れそうになるのを堪え切れない。

美佐子は必死に涙をこらえる月菜を優しく撫でた。

「ごねんね・・・月菜、月菜はよっぽど忍が心配なのね。」

「・・・おばあちゃん・・・我儘言ってごめんなさい。」

「大丈夫、おばあちゃんは月菜の見方だから。」

月菜は祖母の胸に顔を埋め、小さく嗚咽を漏らした。


病院の正面玄関に夕日が差し込む。

月菜と祖母は、今日も吉報を受け取ることなく病院の外にでた。

初夏を迎える蒸し暑い風が二人を包み込んだ。

病院のタクシー乗り場にゆっくりと歩き出す。

「神居さん!」

その声に後ろを振り返る祖母と月菜。

看護師さんの白いナース服が夕日に照らされオレンジ色に染まっている。

忍の担当だと言う看護師さんが、少し慌てたように走ってきた。

二人に追いついた看護師さんが顔に笑顔を浮かべ、月菜と祖母を見た。

「神居さんが、お父さんが目を覚ましましたよ!」

その言葉に、立ち尽くす二人。

月菜の瞳からまた涙が溢れだした。

泣きながら祖母を見る月菜。

やさしく笑みを浮かべながら祖母が月菜に頷いた。

「月菜、良かったね。」

月菜は涙を溢れさせながら大きな笑顔を祖母と看護師さんに返していた。


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