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寝言

宜しくお願いします。

高瀬部長に呼び止められた月菜は、その場で足を止めた。

試合前にアドバイスでもあるのだろうか、そう思いながら高瀬部長を見つめた。

高瀬部長はその整った顔の眉目に少し皺を寄せ、月菜の両肩に手を置いた。

「神居さん、落ち着いて聞いてくれ・・・」

高瀬部長の焦った表情に、何かあったのかと気付く。

「神居さん、貴方のお父さんが事故に遭われて病院に搬送されたらしい・・」

「えっ・・・・」

月菜は頭の中が真っ白になり、次の言葉が出ない。

「兎に角、いま学校からの連絡で直ぐに病院に向かうようにと・・」

「・・・・パパは・・父は・・・大丈・・・」

「すまん・・状態までは・・・でも、この場はこちらで・・・」

月菜の抱えていた防具が滑り落ちる。

両手を口にあて大きく目を見開く、その瞳に涙が浮かぶ。

「ぱぱ・・・忍、いゃ・・・・やだ。」

月菜はそのまま出入り口に向かい走り出した。

「神居!落ち着け!」

走り出した月菜の後ろから高瀬部長の声が響いた。


どうやって病院に来たのか記憶がない。

道着のまま飛び出そうとした月菜を、高瀬部長が宥め制服に着替えさせられここに来た。

K市総合病院、月菜たちの住む辺りでは一番大きいと言われる病院だ。

病院の受付での事情説明や、その他の質問は全て一緒に来てくれた高瀬部長がしてくれた。

いま、手術室の前の廊下で高瀬部長に肩を抱かれながら長椅子に座っている。


高瀬部長のショートヘアーが、月菜の頬に触れている。

高瀬部長の体が月菜に触れ、体の温かさと女性らしい柔らかさで包んでくれている。

高瀬部長が月菜の手を握り、「大丈夫だ・・」と何度も言ってくれる。


「しのぶ・・・」何度も口にする、何度も忍の笑顔が頭に浮かぶ。

月菜達が病院に着いてからどれくらい経ったのか・・・もう病院の廊下に灯りが灯る。

「月菜。」

そう呼ばれた。

月菜は聞き覚えのある懐かしい声を聴いた気がした。

声のした方に顔を上げた。

「つくな・・・・」

優しく響く声、視線の先には初老の女性が立っていた。

その女性を見た瞬間、ボロボロと涙が溢れる・・・・・

月菜はゆっくりと立ちあがりその女性に走り寄り抱きつく「おばちゃん!」

「月菜」その女性は思いっきり月菜を抱きしめた。

「うわぁぁ・・・お、・・・おばあちゃんん。」月菜は大声を上げて泣き始める。

初老の女性は泣きじゃくる月菜の背中を優しく撫でる。

「おばあちゃんが来たから、もう大丈夫だよ。」忍の母、美佐子は優しく孫を包み込んだ。

高瀬部長はその姿を見つめ、祖母に向かい深々と頭を下げた。


忍の手術は6時間に及び、今は集中治療室に運ばれ近づくことも出来ない状態だ。

美佐子おばあちゃんが、全ての事を仕切ってくれている。

「やはり自分は子供だ・・・」祖母が来てくれなければ、自分は泣く事しかできなかった。

無力、自分は既に大人で何でもできると思い込んでいた・・・もし忍が死んだら。

そう思うとまた涙が溢れ、焦燥感に苛まれる。

「ぱぱ・・・・」

自分自身を抱きしめる・・・・・早く、早く大人に成りたい。


完全看護、忍の容態に変化があれば連絡すると言われ、一度家に戻る事にした。

祖母と一緒にマンションに戻る。

祖母は大きめのバックに着替えを詰めて飛んで来たらしく、部屋に入るとバックを床に置き「忍も案外きれいにしているのね。」微笑みながら月菜の頭を撫でた。


「月菜、お風呂沸かしてもらっていい?おばあちゃん夕飯の支度するから。」

祖母は、忍の事など念頭にないようにテキパキと月菜に指示をする。


そんな祖母の姿に月菜は驚く、祖母は忍の事が心配じゃないのだろうか、何故何事も無かったように振る舞えるのか。

月菜なそんな祖母の姿が、態度が許せなかった。

「・・・・・おばあちゃん。」

祖母が冷蔵庫の中から食材を取り出そうとした手を止めた。

月菜は両手を握りしめて、目に涙を浮かべた。

「おばあゃんは、パパが、忍が心配じゃないの!」

涙を溢れさせながら月菜が叫ぶ。

祖母は一瞬驚いた顔をしたが、ゆっくりと冷蔵庫を閉めると溜息をついた。

そして立ち尽くし涙を溢れさす孫に近づき、月菜を抱きしめた。

「・・・月菜ちゃん、どこの世界に自分の子供の事を心配しない親がいるもんですか。」

「でも・・・だっておばあちゃん・・・ぜんぜん心配しているように・・・」

しゃくり上げる月菜に優しく答える。

「・・・おばちゃんだって、ずっと忍の側にいたいのよ、でもね、忍だけが心配じゃなくて、月菜・・・・そんなに疲れている貴方も、おばあちゃんは心配なの。」

「・・・・え?わたし・・・」

「そう、私の大事な家族は忍だけじゃないの・・・・」

月菜の瞳から止めどもなく涙が溢れかえる・・・自分はなんて自分勝手なんだろ。

「おばあちゃん・・・ご・・ごめん・・なぁさぃ・・」

言葉を振り絞る様に謝ると、祖母は優しく微笑んでくれた。


祖母と二人簡単な食事と入浴を済ますと、リビングのソファーで祖母と話をしていた。

「月菜ちゃん、貴方つかれたでしょ寝なさい。」

「でもおばあちゃん、病院から連絡があったら・・・」

心配そうな表情を浮かべる月菜の頭を撫でる祖母。

「大丈夫よ、おばあちゃんが居るから。」

「・・・・おばあちゃん、一緒に寝よ。」

祖母のパジャマの袖を引っ張りながら、月菜が恥ずかしそうにした。

その表情を優しく見守る祖母。

「そうね、一緒に寝ましょ。」


月菜の部屋に布団を敷いた。

月菜は自分のベット、祖母は布団に横になる。

美佐子は寝息を立てる孫を確認すると、一安心したように溜息をついた。

「忍・・・貴方、良い子に育てたわね・・」

安心したかのように美佐子は目を閉じた。

「しのぶ。・・・うん・・・」

月菜の寝言が耳に入る。

美佐子は孫の寝言に微笑む。

「し・・のぶ・・・」

余程、父親の事が心配なのだろ・・・美佐子は上半身を起こして孫の方を見る。

月菜のはだけた布団を直して、自分も布団に横になる。

「しのぶ・・・・大好・・き・・・」

美佐子はその言葉に目を見開いた・・・そして。

「・・・いかない・・でぇ・・しの・・・ぶ・・・あいして・・るの・・」

美佐子は起き上がり薄明りの中、孫を見続けていた・・・




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