嫉妬・・・
宜しくお願いします。
相手の切っ先がぶれる、その瞬間体が上下することなく水が流れるように前に出る。
「めぇぇぇぇぇぇんん!!」怒号と共に竹刀が相手の防具を打ち据える。
「それまでぇええ!!」審判の声が響き、月菜は次の動きに移ろうとした体を静に切り替える。
審判から勝を宣誓され、お互いに礼をして、開始線に戻り竹刀を収めた。
自分の仲間の待つ場所に戻り防具を外し、頭の手拭いを取りながら流れる汗を拭う。
自分の左右に並ぶ先輩や後輩から、「神居さん、よくやった!」そんな視線が投げ掛けられる。
土曜日の今日、県内の高校が集まった剣道の試合が行われていた。
「仕事で遅くなるから先に寝るように。」
昨夜、忍からのショートメールを見て、もしかしたらまた・・そんな考えが頭を過り心がざわついていた。
忍が何時くらいに帰宅したのか分からなかった、何時もなら忍の帰った気配に気が付き起きることが出来たのに、昨日に限って熟睡していたらしい。
朝、目が覚め休日の忍を起こさないように、そっと起きだし準備をする。
歯磨きをしながら、ふと目に入った忍のワイシャツ、洗濯物のカゴに入れられた昨日着ていたワイシャツが目に入った。
月菜が中学生位になってから、忍と月菜の洗濯物を入れるカゴは分けられるようになっていた。
洗面所に設置されている洗濯機に二つのカゴ、このカゴに入れてある洗濯物は、忍、月菜、どちらの洗濯物も一緒にどちらが触って洗濯しても良い事になっている。
忍に見られたくない洗濯物、自分で洗濯したいものは自分の部屋に置き、自分で洗濯するルールになっていた。
父なりの女の子に対する配慮なのだろう・・・
水を含み歯磨きを終えた月菜は、自分の衝動を止められなかった。
積み重なった忍の洗濯物、白いワイシャツに月菜はゆっくりと手を伸ばした。
手に取りゆっくりと胸元に抱きしめる、そして・・・ゆっくりとそのワイシャツに顔を埋める。
忍の匂いがする・・・そして気が付く。
「・・・・高橋先生の香水・・・・」
薄っすらと香る大人の女性の香り、月菜はそのワイシャツを洗濯カゴに投げつけた。
「なんで・・・なんで・・・高橋先生なの・・」
月菜はグッと手を握る、唇を噛みしめ白いワイシャツを睨み続けた。
窓の外から子供たちが騒ぐ声が聞こえる、忍はベットの中でゆっくりと目を覚ます。
そして、棚に置かれた携帯電話を手にし、「9時か・・・・」
忍はゆっくりと起きだすと、リビングに向かい家の中が静かなのに気が付いた。
「あっ・・・月菜は試合だって言っていたな・・」
寝ぐせのついた頭を掻きながら冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。
牛乳を一気に飲むと一息つく。
「さて・・・どう言ったものかな。」
忍は月菜に高橋先生とお付き合いする事になったと、どのように伝えるべきかと思案する。
普通に娘に言えば良い、そう考えたが「パパ・・・愛してるの。」月菜のキスが頭に浮かぶ。
「・・・・はぁ」
忍は溜息をつく、父親に対する恋愛感情は子供が持つ一過性の物と思っていた、それも幼稚園生ぐらいの子供が持つ「パパ大好き。」程度な物だと。
しかし、どう考えても月菜の自分に対する感情は、大人の女性が持つ「愛している。」と言う感情にしか思えない。
「まずいな・・・・・」
これ以上、月菜の行動がエスカレートしたらどうなるか・・忍は頭を抱えた。
昼過ぎ、忍は大きなビニール袋を両手に抱え歩いていた。
一週間分の食料を休日にまとめて買物するのが習慣になっており、何時もなら月菜と一緒に買い物をしているはずだった。
月菜は剣道の試合に行っている、忍一人で近所のスーパーに行き買い物をした。
月菜が好きな食材を主に買い、今日の試合の結果に関係なく今夜はステーキにしてやろうとちょっと高めの牛肉を買った。
いつもの道、急カーブの先にある信号の無い横断歩道を渡ろうと左右を確認して歩き出す。
その時だった、忍もカーブの先から車が出てきたのが目に入った。
急ブレーキの音、そして衝突音、散らばる野菜・・・割れた調味料がアスファルトを赤く染めていた・・・
体育館内に大きな拍手が鳴り響く。
竹刀と防具を抱えて、次の試合の為コートに向かう月菜。
「神居さん!!」
喧騒の中、自分を呼ぶ声に振り返ると高瀬部長が走ってくる。
高瀬部長は月菜の前に立つと月菜の両肩に手を置き、真剣な顔を月菜に向けてゆっくりと口を開いた。
「・・・・・・・・・・」
月菜の手から竹刀と防具がゆっくりと落ちる。
月菜の手が口を押さえ、目を大きく見開く。
月菜は高瀬部長に頭を下げると、体育館の出入り口に向け走り出した。
「神居!落ち着け!」
高瀬部長が、手を前に出し大声を上げながら月菜を追う・・
何が起きたのか、体育館内の視線が月菜と高瀬部長に向けられていた。