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残された家族、そして・・・

宜しくお願いします。

夜11時過ぎ、終電間近の電車の車内は二人以外乗客は無く、神居忍の横には高橋楓が忍の肩に寄りかかり軽く寝息を立てていた。

「車は学校に置いて来た」と言う楓と一緒に電車に乗り帰路に着く。

忍の太ももの上には、指を絡めた二人の手が乗っている。

反対側の席の窓に二人の姿が映る。

月菜に楓と交際することを、どのように話を切り出すか考えて溜息をつく。

「考えてもしょうがないか・・・」

そして兄と月葉さんにも報告しないと・・・・

そんな事をぼんやり考えて車窓を眺めていた・・・ふと、そう言えばあの時もこんな風に窓の外を眺めていたな・・・。


その当時と違うのはまだ小さかった月菜を、膝の上に乗せ寝かせていた事だろう。

月葉さんの葬儀を終え、ひと月位経った頃だったろうか。

忍は自分の中にけじめを付けるために、或る場所へ向かっていた。

都心から約2時間、新幹線と在来線を使って目的地に向かう、目的の駅からタクシーで10分位走っただろうか。

良く田舎町で見る、農業を営む大きな一軒家。

一軒家と言っても農家、大きな家屋に作業小屋らしい建物や広い庭が見える。

コンクリートで出来た出入り口の門の柱に「角田つのだ」と表札が出ていた。

「月菜、ここがお母さんの実家だよ・・行こうか。」

右手で小さな手をつなぎ、旋毛しか見えない月菜に声を掛ける。

大きな玄関の前に立ち、インターフォンのボタンを押す。

暫くすると中から返事が返って来た。

引き戸の曇りガラスに人影が写り、中から初老の女性が現れた。

忍は大きく頭を下げた。

「ご連絡を差し上げた、神居忍です。初めまして。」

顔を上げた忍を、笑顔で迎え入れてくれた。

「貴方が神居さん・・・どうぞ、主人も待っていますので。」


大きな客間だった、床の間には墨絵の掛け軸が掛けられており、その部屋からは手入れの行き届いた庭が見える。

目の前に出されたお茶から湯気が立ち上っている。

忍と月菜の座る大きな座卓の対面には月葉さんのご両親が座り、お二人を見ているとどことなく月葉さんと感じが似ていると思った。


忍はこの家を訪れる前に、月葉さんの他界とその他諸々の件を電話で話していた。

月葉さんの生前の話では、連絡しても取り合ってくれないかと思っていたが、意外とすんなりと受け入れてくれた事に内心驚いていた。


月葉さんのお父さんは、だまって忍と月菜を見ていた。

月葉さんのお母さんは、だまって月菜を見ていた。

そして、忍の話す事に口を挟むことはせずに、最後まで話を聞いてくれた。

忍は持っていたショルダーバックから、月葉さんが残した物を座卓の上に並べた。

「月葉さんが残した物はこれだけです。」

茶封筒と月葉さんが着けていたネックレス、そして忍に託した印鑑と通帳などの証票類。

茶封筒には「お父さん、お母さんへ」と月葉さんの字で書かれている。


月葉さんのお父さんはそれらを見つめると、自分達宛の封筒を手に取った・・

「ちょっと席を外させてもらうよ。」

そう言いながら隣のお母さんを見る。

「お前も来なさい。」

声を掛けると夫婦二人で客間を後にした。

残された忍は、眠そうに船を漕ぐ月葉を抱き上げると胸に抱き、ポンポンと背中を叩く。

そして「寝てなさい。」そう声を掛けると、ひかれた座布団に横にならせ、自分の着ていたジャケットを掛け布団代わりにした。

どれくらい経っただろう。

「すまなかったね・・」

そう言いながらご夫婦が戻られた。

二人とも目が赤い。

沈黙が流れる。

「神居さん、娘がご迷惑お掛けいたしました。」

お父さんが、頭を畳に付けるように土下座する。

それに合わせて奥さんも頭を下げた。

「お義父さん、お義母さん頭を上げてください。」

忍は慌てて膝立ちになって手を伸ばした。

「本当にすまん、月葉が戻って来た時にちゃんと話を聞いてやれば、神居さんにこんな迷惑を掛けることが無かったのに、本当にすみませんでした。」

涙声になりながら謝るお義父さんは打ち震えていた。


月葉さんが残した手紙には、家族に対する謝罪、そして兄啓二との出会いと結婚、そして忍との逆縁の事、そしてここに至るまでの自分の行いへの反省と月菜ちゃんの事が書かれていたらしい。


「月葉の事は、良くご存じなのですか?」

お義父さんが、忍に聞くように質問して来た。

「いや・・・そんなには、ただ兄から少しだけ事情は聴きました。」

「そうですか・・・」

「でも、月葉さんの事は悪くは思っていません、それどころか感謝しています。兄は・・・幸せそうでしたから。」

お義父さんと、お義母さんは顔を合わせて納得したように頷いた。

「少し、月葉の事をお話しましょうか・・・ただ、あまりいい話では無いと思いますが。」


角田月葉、この角田家の長女として生まれた、月葉には四歳上の兄がおり実家を継いでいる。

高校生までは真面目で成績も優秀、何も問題を起こすような子供では無かった。

小学生から始めた剣道は、中学では上位の成績を収め、高校入学時には剣道で特待生として入学出来る程だった。


そんな真面目な子が大学に入ると生活が一変した。

大学でも剣道部に所属していたが、そこで知り合ったOBの男と交際を始めたらしい。

「悪い男に引っかかった・・そう言えば済むのでしょうかね。」

お義父さんは苦い顔をしながら話を続けた。

「大学入学して間もなくして、妊娠が発覚したんです。」

「相手の事はよく知りません、何でも剣道部のOBで女癖の悪い男だとか・・・それぐらいしか知りません。」

「娘はその男の子供を産むと言って聞かず、その男のアパートへ転げ込む始末、でもね・・ろくでもない男だったんでしょう・・・」

月葉さんは、その男を頼り大学を中退した。

「その男はまさか娘が妊娠するなんて思わなかったのでしょう、自分を頼って来た娘に冷たくしたそうです、その結果何があったか分かりませんが、娘は身ごもった子を流産したそうです。」

お父さんの隣で、お母さんが俯きすすり泣く・・・

「流産したそうです・・と言うのはその時には月葉は家に寄り付かず、後から噂で聞きました。」

「月葉は、男と別れると居場所を転々としていたそうです。」

「水商売・・・男を接待するような仕事をして生きていたようです・・・何故知っているかと言うと、娘の友達に偶に連絡があり近況を話していたそうです。その子が教えてくれて状況は何となく知っていました。」

忍には月葉さんがそんな人生を過ごしてきたことが信じられなかった。

お父さんの話は続く。

「そして、これは先程お預かりした手紙に書かれていたのですが・・・・娘は店に来た行きずりの客との子供を身ごもったそうです・・・相手は誰かも分かりません・・・」

忍は息を飲んだ。

「それが、その子・・・月菜だそうです。」

忍は自分の隣で寝息を立てている月菜ちゃんを見つめた。自分の手が震えているのが分かる。

忍は震える声で、お義父さんに聞いた。

「・・・・兄は・・兄はその事を知っていたのでしょうか・・」

お義父さんは、忍の顔を見つめると申し訳なさそうな顔をした。

「・・・手紙には、忍君に嘘をついていた事への謝罪が書かれていました。」

「嘘・・・・」

忍が声に出来たのはこれだけだった。

「ただ、忍君のお兄さんが家族に心配かけないようにと、結婚、出産、離婚はしっかりとした相手が居る事にしたとのことです・・・お兄さんは全て承知の上だったんでしょう。」

お父さんはそう言うと手紙を忍に差し出した。

「どうぞ・・・読んでください。」

忍は震える手で手紙を受け取ると、そこに書かれている文面を一字一句食い入るように読んだ。

「・・・月葉さんと兄は、最後まで嘘をつき通したんだ・・・・」

言葉が漏れた・・・・もし行きずりの誰ともわからない男の子供だとわかっていたら、もっと忍の父親は反対していただろう、いや母も反対したかもしれない。

そんな女の子供として見ていただろ。

手紙を読み終えた忍は今後どうするべきか悩んだ、兄は全て承知の上で月葉さんと生涯を共にする事を選んだ。

死を間際にして手紙に嘘を書くことは無いと思うし、兄は全て承知していたのだろう。

しかし、忍は違う・・・だが全ては動き始め、後戻りは出来ない。

月葉さんの人となりが、自分の思っていたものと違っていたとしても今更だ。


角田家を辞した。

手紙と形見になるであろうネックレスはお義父さんとお義母さんに渡し、通帳等は月菜の養育費として使ってくれと戻された。

そして帰り際に「貴方達は私達の家族なのだから、何時でも遊びにいらっしゃい。何かあればいつでも頼ってください。」

優しく声を掛けてくれ笑顔で送り出してくれた。


帰路、在来線から眺める車窓は、遠くまで広がる水田に夕日が沈み赤く染まっていた。

月葉さんが若い頃に何時も見ていた景色なのだろうか・・・忍は隣で眠る月菜を見つめる。

すやすやと眠る月菜の寝顔を・・・そして忍は思い出していた。

「自分が何故、月菜を育てる」と決意したのかを。

そして、兄が信じて守ろうとした月葉さんという人を信じようと思った。

確かに過去にやってき事は褒められることでは無いと思う。でも自分が接して来た月葉さんは、優しくて素敵な人だった。

それで良い、それだけで良い・・・今はそれを信じて行こう、そう思った。



「しのぶ?」

いつの間にか楓が忍を見つめていた。

「どうしたの、考え事?」

そう言うと、忍の腕に両手で抱きつき体を寄せる。

楓の体温と甘い香りが、忍を現実に戻す。

「ちょっと、昔の事を・・・」

視線を少し下の楓に向けて微笑んだ。

「・・・・・・・・ふぅん・・・」

楓は怪訝な表情を浮かべ、何か考えるような表情を浮かべた。

「過去か・・・ねぇ・・しのぶ。」

「なに?」

「少しずつでいいから、教えてね・・・・しのぶの事。」

「・・・・・・・そうだね、僕の事も、君の事も少しずつね。」

忍はそう言って笑った。

楓は忍を見つめ・・・忍に顔を寄せ目を瞑る。

忍はそれに答えるように、楓にキスをする。

楓が忍の背中に手をまわす。忍が楓を抱きしめる。

二人きりの車内で、電車の揺れが心地よく響いていた。





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