慟哭
今回もアダルトな表現があります。
そのような表現が不快な方はトップページにお戻り下さい。
泣きじゃくる月菜を抱きしめたまま、視線を前田さんと下田さんに向ける。
「騒がしてすまない、このまま娘を連れてタクシーで帰ります。」
「課長、何かあれば連絡ください。」
前田さんはそう言うと心配そうに神居課長に向かって答える。
「すまない、前田さん。」
忍は左手で月菜を抱えるように道路に出ると、空車のタクシーに向かい手を上げた。
娘さんのカバンと自分のカバンを抱え、娘さんを大切そうに抱きながらタクシーに乗り込む姿を見送った。
何事かと見ていた人達も足早に帰路に付く。
「課長・・・大丈夫かしら。」
前田さんが呟くのを陽詩はその傍らで聞いていた。
陽詩は前田さんに視線を向けると、何かを聞きたそうにしていた。
「あの・・・あの子は、神居さんの娘さん?」
「多分、課長が名前を呼んでいましたから・・・」
陽詩はタクシーが走り去った方向を見続ける。
「あの年頃の娘が臆面も無く父親に縋りつくなんて、よっぽど仲が良いんですね。」
前田さんが呟く。
「娘さんの名前・・・聞かれたことがありますか。」
下田さんが何かを考えるように聞いて来た。
「確か・・・月菜ちゃん。そう言っていましたよ。」
「月菜・・・・・ちゃん。」
何かを飲み込むように陽詩は呟いた。
車のハンドルを握りながら陽詩は月菜の顔を思い出していた。
「あの時の娘さんよね・・・」
忍の奥さんとそっくりな娘さん、もう少ししたら幼さが抜け綺麗な女性に成長するだろう。
忍に別れを告げられた時に、忍の手を握っていた女の子。
ウィンカーを出しながら信号待ちで停車していると窓ガラスに雨粒が付く。
「降り出して来た・・・・」
そう呟きながら、月菜の顔を思い出していた。
違和感、女性としての違和感、自分の娘「陽菜乃」どう見ても私と元の旦那との子供だと自覚させられるほど、お互いの特徴を持っている。
しかし、「月菜ちゃん」は奥さんには似ていると思うが、忍に似ていると感じなかった。
違和感の正体、女としての感覚・・・・・「まさか・・・考えすぎ。」
陽詩は頭を振ると、信号を見つめ車のアクセルを踏み込んだ。
薄暗いリビングのソファーに二人で座っている、月菜はタクシーの中でも自宅に戻っても忍から離れようとしなかった。
「制服が皺になるから着替えなさい。」
そう言って、一旦離れようとしたが駄目だった。
ただ、時々小さな声で「パパ・・・・」そう何度もつぶやき、その度に強く抱きついてくる。
忍は優しく月菜の頭を撫でながら、何があったのだろうと考えていた。
その時、携帯電話の着信音がリビングに流れる。
ソファーの前のテーブルに無造作に置かれた携帯電話と家の鍵。
携帯電話に表示された着信者の名前「高橋楓先生」、忍はそれを見て「やはり学校で何かあったのだろう。」そう察して携帯電話に手を伸ばした。
忍の体温を身近に感じている自分、子供の頃から悲しい事や嬉しい事があると、忍の胸に抱きついて甘えてきた。
でもいまは違う、忍に自分の存在を分かって欲しい、パパの子供じゃなくて一人の女性として知って欲しい、こんな気持ちが可笑しいのは分かっている。
パパに触れたい・・・パパを私の彼氏にしたい・・・パパが欲しい。
そんな思いを押し殺している内に、忍の周りに沢山の大人の女性がいることに嫉妬した。
パパ・・・何度も呼ぶ、パパに・・忍に戻って来て欲しくて、自分だけを見て欲しくて何度も呼ぶ。
パパ・・・その声を打ち消すように携帯電話の着信音が鳴り響いた。
忍が携帯電話に手を伸ばす、その携帯電話が表示している着信者の名前が目に入る。
「高橋楓先生」
「だめぇえええ!」
月菜は忍を突き飛ばすように離れると、忍の携帯電話を手にし、リビングの壁に向かって投げ捨てた。
いきなり突き飛ばされた忍は、ソファーに横倒しになる。
携帯を投げ捨てた月菜は、忍の上に馬乗りになり、忍の両腕を自分の両腕で抑え忍が起き上がれないように体重を掛ける。
真上から月菜が忍を見つめていた。
顔がくしゃくしゃになり、涙が零れおちてくる、月菜の髪の毛が下になった忍の顔にかかる。涙をいっぱいに浮かべ、口を歪ませながら忍を見つめていた。
月菜の涙が忍の顔を濡らす。
苦しそうな顔をしながら「でちゃ・・・だめなんだからぁ・・」
「月菜・・・何が」
忍は月菜の力強さに驚いた。
「でちゃ・・・だめ。」
さらに同じ言葉を重ねる月菜の顔を見つめた。
「月菜・・・学校で何かあったの?」
月菜に押さえつけられながら聞く、ここで強引に起き上がっても逆効果な気がした。
月菜の顔が苦しそうに歪む。
「パパが・・・忍君が・・悪いんだからねぇ・・」
忍を押さえつける手に力が入る。
月菜の歪んだ瞳が閉じられ涙が溢れる。
そして、月菜の顔がゆっくりと忍に近づく。
忍は目を見張る。
「パパ・・・」
そう月菜の唇が囁く・・・
「・・・・・・!ちょっ・・」
月菜の唇が忍の唇を塞ぐ。
忍の頭の中が真っ白になる。
月菜が押さえつける手の指が、忍の腕に食い込む。
ゆっくりと唇を離した月菜は潤んだ瞳を忍に向けた。
「パパ・・・しのぶ・・・大好き・・・愛してるのぉ・・」
月菜は囁くと再度、忍の唇を塞いだ・・月菜はたどたどしくも、忍の舌を探し出し絡めた。
大人のキス・・・知識だけの恥技を羞恥心を押さえ、大胆に・・・・
「大人の女性になんて負けない!」
重ねた唇から、忍の吐息が漏れる。
忍はされるがまま、頭の中で現状の整理をするので精一杯だった。
その日、月菜は父忍にすべての心の丈をぶつけた・・
「パパ、大好き・・・・パパを愛してる・・・誰にも渡さない・・私のパパ・・」
そんな言葉をずっと囁いては、唇を重ねて来た。
そして、流していた涙が乾く頃、忍の胸に頭を乗せて寝息を立てていた。
忍はそっと起き上がり、娘を抱え制服のままベットに寝かせた。
軽く毛布だけ掛け、リビングに戻る。
冷蔵庫からビールを取り出し、一気に煽った。
「はぁ・・・・参った・・・」
忍は頭を抱えた。
「俺たちは親子だぞ・・・・・・」
冷静になって、キスを拒まず受け入れてしまった事に対する後悔が胸に過る。
「でも、あそこで拒絶したら何をするか・・・」
余りにも逆上した月菜の態度、携帯電話を壁に投げつけ電話に出るなと泣きじゃくる娘。
「月葉さん、兄さん・・・・」
思わず口にする。
月菜が成人するまで後少し・・・・なんでこんな事になったんだろう。
忍にしてみれば、自分の娘と言う感覚しか持っていない。
小さい頃から知っている娘が、まさか父である自分に恋をしている・・・まさに悪夢のような出来事。
確かに血の繋がりは一切ない・・・でも戸籍上は忍と月葉さんの子供なのだ。
「・・・・・こんな事、誰に相談すりゃいいんだ。」
顔を両手で抑えながら独り言を吐く。
これから月菜とどんな顔をして生活していけば良いのか、皆目見当もつかない。
忍は頭を抱えたまま、ビールの缶を握りつぶした。