転校・転勤
※「初めまして、神居月菜です。よろしくお願いします。」
ガラ!教室前方の出入り口のドアが開く。
「おはよう~。」
ストレートの黒髪を揺らし、ふっくらとした頬にクリッとした黒目勝ちの目を生徒に向けながら担任が入って来た。
「おおぉ・・」小さな溜息が男子生徒の間でさざ波のように広がる。
今日も先生の胸元が揺れている、白いブラウスに茶色の膝上のタイトスカート、扇情的な姿が男子生徒の心と体を鷲掴みにする。
女子生徒からは、半眼で見つめられているのだが、男子生徒達は気にしていない様子だ。
担任を見つめる男子生徒の視線が、担任の後に従うように教室に入って来る、女子生徒に釘付けになる。
ポニーテールの黒髪が背中の真ん中あたりでフワフワ揺れ、カバンを体の前で両手に持ちながら歩く姿が、ゆっくりとスローモーションのように流れていく。
身長は担任より背が低いようなので160センチ以下と判断。
制服のプリーツスカートから覗く、黒いタイツに包まれた足が形良く伸びていてる。玉子のような顔立ちに、二重の大きな目、ちょっと垂れ目なのがチャームポイントか。
太めの眉毛、お世辞にも高いとは言えない鼻、さくら色の薄い唇。
黒板の前に立ち、恥ずかしいのか俯き加減で顔を上げられないでいる、神居月菜がそこに立っていた。
「はい、待望の女子ですよ~。」担任は出席簿を教壇に置きながら笑った。
高橋先生は、全員を見回すと「転校生を紹介します。今日から君達と一緒に学園生活を送る事になった神居月菜さんです。東京からお父様の仕事の関係でこのK市に越してきました。みんな、仲良くしてくださいねぇ。」そう言うと月菜に向かって「じゃあ、自己紹介を・・・」と微笑んだ。
月菜は先生からの言葉に、ゴクリと唾を飲み込む。
何度か転校を繰り返した。毎回この瞬間は緊張するが覚悟を決め、カバンを持つ手にギュッと力を入れる。ゆっくりと顔を上げ、自分でも恥ずかしい位上気した頬を上げ、正面を見つめる。
これからクラスメイトになる29名の視線が月菜にそそがれているのを感じる。
淡いさくら色の薄い唇がゆっくりと動き「初めまして、か・・神居・・月菜です。宜しくお願いします。」その唇からは想像の出来ないような大声で挨拶をして、深々と頭を下た。
エレベータ内のステンレスに薄く映る自分の姿を見ながら、ネクタイが曲がっていないか確認をする。機械音が鳴り、そのフロアーに到着した事を告げてくれた。扉が正面から割れ人が吐き出される。神居忍も人込みに流されながらこの建物の4階に降りた。
フロアーに立つと正面に「丸菱商事」と会社の名前と商標ロゴが目立つように大きく掲げられており、その前に受付のカウンターが広がっていた。
このワンフロアー全てが支社らしい。
まだ、始業時間前の所為か受付に人は居ない。「御用の方は内線の08番を押してください。」受付カウンターに設置された、電話機横のメッセージボードに従い受話器を取った。
呼出音が暫く続き、「おはようございます。丸菱商事北関東支社受付でございます。」明るい女性の声が響いた。
「あ、おはようございます。私、本日付けで北関東支社に転属になりました神居と申します。」
忍は受話器の向こう側に居る女性に深々と頭を下げていた。
「・・・・・・」頭を深々と下げたまま、内線の応答を待つ。
「・・・・・」さらに頭を上げる。
「・・・・・あの・・もしもし、今日付けで・・あの・・」
忍は、何も答えない内線の相手に再度話しかける。ポケットからハンカチを取り出し、何故か流れる汗を拭う。
「あのぉ・・」
「あっ。し・・失礼いたしました。神居忍課長ですね。聞いております。ただいま担当部署の者が迎えに行きますので、そのままお待ちください。」
突然女性の声が鳴り響き、ガチャン!と受話器を乱暴に叩きつける音が響く。
「あっつ・・」キーンと耳が響いている。受話器を見つめ、なんだ・・・俺、何かしたか?忍は小さく溜息をついた。
4Fのオフィスは営業部門で構成されていた。西と北側が全面窓ガラスになっており、山々が良く見える。緑が目に優しいと感じながらオフィスを見回した。
オフィスは簡素に出来ていた、机は決まっておらずフリーアドレス、会議室もガラス張りで見通しが良い。
自分の所属する部のスタッフとオフィスの一角に集まり就任の挨拶を済ませ、各部署への挨拶にまわる。
挨拶周りの案内に、同じ部の入社5年目の前田京子さんを部長が指名してくれた。
「G県はどうですか?」
オフィス内を歩きながら、前田さんが後ろを振り返り話しかけて来る。
その度にバレッタで纏めた茶色の髪が揺れる。
淡いピンクのVネックブラウスシャツに薄い茶色のロングタイトスカートが春らしく映えている。
髪を纏めている所為か、ほっそりとした顔立ちが目立つ、気の強そうなつり目に長いまつ毛が特徴的だ。筋の通った高い鼻、そして大きめの口、化粧をしているのもあるが、はっきりとした目鼻立ちの美人さんだ。
「G県は・・どうですか?」
立ち止まり、返事が無い事を不思議そうな顔をして再度質問された。
「いやぁ・・あ・・いいところですね。」
前田さんが美人さんだなんて考えていた事は、無かった事にする。
「そう・・ですか・・」
前田さんは、怪訝な顔をすると踵を返すと歩きだす。
そして、オフィス内の歩く先にいる誰彼を捕まえて、「今度うちの課に配属になった神居課長です。」そう言って挨拶周りに協力してくれた。
「3階が、人事総務、財務経理、法務になります。」
4階から3階へは、階段を使い降りていく、エレベーターを使ってもいいのだが、2機あるエレベーターを呼んで、一階だけ降りる位なら階段の方が早い。
前田さんは階段にヒールの音を響かせながら、軽く後ろを振り向き、続く忍に説明をしてくれる。
流石に事務系部署はそれぞれの部がパーテーションで区切られており、各々のデスクが用意されているようだ。
法務・財務経理部と回り、最後に人事総務部に挨拶に行く。
人事総務部長とスタッフの前に立ち、定型文の挨拶をする。
そう言えば、「朝の内線8番はここか」そんな事を思い出し、この中の誰が電話に出たのかと部署のスタッフを見回すが、直ぐに別の事に意識が行く。
人事総務部の部長と、前田さんを含め話に興じていると、誰かに見られているような視線を感じた。
その視線を追うように、パーテーションで区切られた人事総務部を見回す。
全部で8台のモニターがあるが、デスクに座っているのは5名ほど、その内の半数はモニターで顔が見えない。
そのモニターの一つから何か黒い影が立ち上っているような気がする。
「どうかしましたか。」
会話を中断した忍を、前田さんが不思議そうに見る。
「いや、なんでも・・」
気の所為かと思いながら会話に戻った。
広いオフィスの窓際にあるカウンター席に座り、PCを開く。
窓の外の山々を見ながら、自分の配属された「外販事業部」が抱えている案件に関する資料を読み込んでいた。
途中から係わる仕事なので、疑問に思う事をPCのメモに打ち込みまとめておく。
「神居君。お昼に行きませんか?」
声を掛けられ、後ろを振り向く。
禿頭に恰幅の良い男性が声を掛けてきた。
禿頭と言っても、きれいに剃り上げ毎日手入れを怠らない清潔感のある頭だ。全体的に作りの大きい顔に、黒い眼鏡が乗っている。その眼鏡の奥からつぶらな瞳が優し気に微笑み、大きいお腹をズボンのベルトに乗せゆっくりと近寄ってきた。
「吉田部長。」
「お昼休みですよ、みんなで食事に行きましょう。」
「あっ、はい。」
忍はPCから手を離し、上司である吉田部長に答ながら、その後ろにいる3人に気が付いた。
吉田部長から渡された、部下の履歴書を思い出す。
六郷悟、確か25歳独身、髪を少し茶色く染め体育会系のガッチリとした体を、スーツが包んでいる。語学が得意で将来的には海外事業部勤務希望のはずだ。
身長も忍より大きい180センチを超えていそうだ。
その隣が、五島佳代23歳、営業事務としてスタッフの細々とした手配を受け持っている。男の子のようなベリーショートの黒髪、形の良い耳がこちらを向いている。その耳に小さなダイヤのピアスが光っている。
六郷の隣に立っている所為か、体が小さく見える。身長は多分、娘(月菜)より大きい165センチ位か、薄紫のVネックのセーターにフレアーロングスカートが揺れている。
そして、加藤裕司30歳、先月結婚したばかりの新婚さんだ。左手の結婚指が光っている。
身長は170センチ位か、体つきは細く神経質そうに見えるが、大らかな性格のようだ。
仕事では中堅どころとして期待されており、精力的に仕事をこなすタイプだと吉田部長からは聞いていた。
挨拶周りに付き合ってくれた、美人の前田京子さんは営業に出ているらしい。
ちょっと残念と思いながら、忍はPCを片付け、部長達の後に従った。