気がかり
月葉さんのアパートを辞した後、どのように帰ったのか覚えていない。
ただ、考えが纏らなかった・・・母にどのように話そう・・・頭の中で月葉さんの言葉が繰り返される。
「すでに、他にも転移していて余命半年と宣告されました・・・」
兄が1年前に他界して、そして今度は月葉さん。
月葉さんが気にしていたのは、自分が亡くなった後の月菜ちゃんの事だけだった。
月葉さんの話では、末期ガンと分かった時点で、月菜ちゃんと一番血が濃いであろう、親族を頼ろうと、恥も外聞も捨てて実家に向かった。
しかし、自分の実家に戻っても、月葉さんの顔を見た瞬間に、うちに娘は居ない!と追い立てられてしまった。
月葉の父親の実家にも頼ってみたが、そんな嫁も子供も知らないと言われ、元の旦那も行方知れずらしい。
血が一番濃い所から全て相手にされない状況、それを作ってしまったのも自分だと言って自嘲していた月葉さんの顔が浮かぶ。
もし、仮に月葉さんが亡くなってしまった場合、誰も引き取り手が無ければ月菜は施設に預けられそこで生活することになる。
今の法律で何歳迄居られるのかは分からないが、15歳で出される可能性もある。
娘にそんな生活をさせたくないと思うのは、親心として当然だろう。
月葉さんの実家も元の旦那の実家も当てにできない、そうなると一番可能性があるのが「神居家」になるのだろ。
父は結婚も反対、葬儀にも参列せずを通した程だ、娘さんを引き取ると言ったら、凄い剣幕で怒り始めるだろう。
でもうちには母と忍の二人が居るし、母も忍も月菜ちゃんにデレデレだ。
「説得するしかないか・・・・まずは俺と母さんで。」
父に月葉さんの病気の事を話したが、状況を説明しても聞く耳を持ってはくれなかった。
そんなやり取りを数か月も続けた。その間にも月菜さんの容態は悪化の一途を辿っていた。
そんな父とのやりとりを月葉さんに報告するのは心苦しかった。
月葉さんは目に見えて痩せてきていた、本人も思う所があるのだろ、勤めていた会計事務所を辞め、身の回りの整理を始めているようだった。
そんなある日、また月葉さんからメールが届いていた。
「相談したいことがあるので、時間を作って欲しい。」
月葉さんの前に座る忍に卓袱台にすべらすように茶封筒と印鑑を差し出してきた。
「これは?」
月葉さんは抗癌治療で瘦せた頬に笑みを浮かべてた。
「再来週から入院します。」
「え?・・・」
相談を受けてから既に3か月以上経過し、進展は無い。
「その封筒には私の財産に関する全てが書かれています。」
「それって・・・」
「私が・・・私が亡くなった後、あの子に少しでも残したくて。」
言葉がでなかった、何を言っていいのか分からなかった。
「私の入院費や葬儀代もその中の物で払えると思います。」
「何故、僕に託すのですか・・僕は来週に卒業するとは言えまだ学生ですし、母を呼びましょうか?」
「・・・言われてみればそうですね・・。」
そう言いながら月葉さんが笑った。
「何故・・・でしょうね。」
月葉さんは難しい顔をしていたが、何か思いついた顔をした。
「何故・・忍さんかと言うと・・・それは月菜が忍さんの事が大好きだから。」
ニコッと大輪の花が咲くような笑みを浮かべた。
「・・・・・・っ・・」
忍の目から涙が零れた、また大切な人が居なくなる。
どうしようも無い、感情が溢れかえる。
いやだ、もう無くしたくない、月葉さんと、月菜ちゃんと一緒に笑っていたい。
立ち上がった月葉さんが忍の横に座り、横からそっと手を伸ばし忍の肩を抱いた。
「忍君・・・・ごめんね。」
また涙が溢れる、自分に出来ることは何かあるはずだ。
忍は手で涙をこすり、月葉さんを見つめた。
「月葉さん。」
名前とともに、月葉さんの細い体を抱きしめた。
「月菜ちゃんの事、僕が絶対何とかしますから。」
月葉さんは忍の体温を感じながら、優しく抱きしめ返す。
「ありがとう・・・忍くん。」