守秘義務
また少し更新迄間が空きますが、よろしくお願いします。
「うーん・・そうですか。」
楓は一通り話が終わったのを確認すると、意を得たような顔をした。
「神居さん、そう言うことでしたら私が月菜さんと話してみます。」
「いや・・・でも。」
「神居さん、思春期の女の子をなめちゃ駄目ですよ。」
その後、高橋先生から月菜の家での生活態度等の質問をいくつかされた。
そして今迄の子育ての話や、月菜との思い出話、思春期の女の子に対する配慮の話など、色々とアドバイスを受けたり、話を聞いてもらったりした。
お酒が入ったせいかもしれない。
出された食事も美味しく、酔いも多少まわり、そして月菜の話を聞いてもらい、ほんの少し気が緩んだのかもしれない。
会社の部下に相談するのとは違い、流石教育者、的確なアドバイスや意見が聞けた。
それが良かったのか、肩にあった重い物が抜け落ちた気がした。
「男親が女の子を育てるのって、辛いですよね・・・神居さんも苦労されたでしょう。」
そう言って楓が真っ直ぐに忍を見る。
「苦労・・・ですか。」
忍は楓の真っ直ぐな瞳に気圧されたように視線を照れくさそうにそらし俯く。
俯いた視線の先に映る握りこぶし・・・いつの間にか両手を握り締めていた。
ふと、今は亡き月葉さんと兄の顔が思い出された。
月菜を育てていて「苦労」などと思った事は無かった。
抑えていた何かが崩れた。
「・・・・・くっ・・」
両手に何かが落ちた・・・・両目から涙がこぼれた。
肩が震えた・・・高橋先生の一言で、涙があふれて来た・・止められなかった。
毎日が必死で、分からないことだらけで、それでも月菜は成長して、・・・
「月葉さん、兄貴、俺は上手くやれているのだろうか・・」
思わず口にしてしまった。
震える肩を自分で押さえつける頃事が出来ない・・・嗚咽が零れる。
涙のおちる先に、白いハンカチが差し出される。
忍は顔を上げた、いつの間にか忍の横に高橋先生が座っており、優しい微笑みを浮かべていた。
「月葉さんと言うのは、失礼ですけど月菜さんのお母様・・ですか。」
忍の横から声が掛かる。
忍は高橋先生から借りたハンカチを握りしめていた。
「すいません・・大の男が人前で泣くなんて・・・」
そう言って顔を上げた。
「そんな・・・」
「月葉・・・さんは月菜の母で、私の妻でした。」
忍はそう答えるのが精一杯だった。
楓は顔を曇らせる。
「さっき・・お兄さんの事も・・・ごめんなさい、聞こえてしまったものですから。」
「兄も・・・既に他界しています。」
こんどは真っ直ぐに、高橋先生を見た。
「そうですか・・・」
楓は言葉に詰まってしまった。
忍は残っていたビールを自分のグラスに注いだ。
「高橋先生・・・少し与太話に付き合って頂いて良いですか。」
笑みを浮かべてそう言うとビールを煽る。
何故か話してみたくなった、誰かに話を聞いてもらいたくなった・・・ただそれだけだ。
今は学校の担任としてつながりはあるが、月菜が卒業してしまえば高橋先生とはつながりが無くなる。
自分も数年でまた転勤になるだろうし、そうすれば忍がこれから話す与太話など全く関係が無くなるし、いつの間にか忘れてしまうだろう。
それが、偶々学校の先生で、月菜の担任で、あと数年で関係が無くなる相手、それだけだ。
楓は神居さんが何を話そうとしているのか、探るようにその表情を観察する。
聞いて良い事なのだろうか?そう思いこの場をお開きにしてしまおうかとも考えたが、何故だか今聞かなければ後悔するかもしれないと思った。
「神居さん、私達教師には守秘義務がありますから。」
楓は真剣な表情で答えた。