高橋楓先生
「えーと、ここの角を曲がって・・」
この街の繁華街と言われている、駅近くの道を携帯電話の地図に案内されながら歩いている。
繁華街と言っても、20時過ぎれば殆どの飲食店が閉店してしまうような場所だ。
営業しているのは、居酒屋か女性が接待するような店ばかり、その中の一件が目的地らしい。
「あ・・ここか。」
神居忍は路上に出ている看板を見た。
「居酒屋 上州」暖簾のかかっている引き戸を開けるとカラカラと軽い音を立てる。
「いらっしゃいませー!」
威勢よく店内から声が掛かり、三角巾に作務衣のような制服?を来た女性が飛んできた。
「お客様、おひとりでご利用でしょうか?」
店内は右手直ぐが、カウンターになっていて、その右側が全て4人掛けのテーブルになっている。壁には沢山のメニューが黄色い紙に書かれ貼り付けられている。
よくある典型的な居酒屋だ。
「いや・・・待ち合わせなんですが。」
すると店員が納得したように笑顔を浮かべ。
「かえ・・いえ、お待ちの方ならいらっしゃいますので、ご案内しますね。」
「はい・・」
女性は背を向けると、ずんずんと店の奥に進んでいく、そして突き当りの襖の前に来ると。
「お客様、お待ちの方がお見えです。」
そう言って襖を開けた。
畳敷きの小上がりになっており、ちょこんと女性が一人座っていた。
忍は姿勢を正し頭を軽く下げる。
「すいません、先生、ご迷惑をお掛けしまして。」
開口一番謝罪する。
「いえいえ、お呼びしたのは私ですし、それにあの、喫茶店とかもうやっていない時間なので居酒屋に呼び出してしまって・・」
手を前に出しながらブンブン振り、顔を真っ赤にする。
「いえ、私の方こそ、どうしても仕事終わりがこの時間になってしまうもんですから、本当ならもっと早い時間に、時間が取れればよかったのですが・・・本当にすみません。」
お互い謝罪し合った後、取り敢えず席に着く。
先程の女性店員さんが、おしぼり・お通しをテーブルに並べる。
そして、高橋楓先生に向かって注文伝票を手に笑顔を向ける。
「かえでちゃん、とりあえずビール?でいい。」
「うん、あとはお勧めの料理を適当にお願い。あっ!神居さんもビールでいいですか?」
「あ・・同じで・・」
忍は軽く頷き同意を示す。
高橋楓先生と女性店員の会話から、二人は親しい間柄なのだと思った。
伝票にボールペンで記入している姿を見ながら、高橋先生はニコニコしている。
「あの、高橋先生はここの常連なんですか?」忍はふと尋ねてみた。
すると高橋先生はそれを訂正するように、女性店員を見る。
「えっちゃんとは、高校の時の友達なんです。たまに、本当にたまに使うんですよ。ここ。」
また手をブンブン振る。
「え~楓!男の人の前だからって、何気取ってんのよ!」
えっちゃんと呼ばれた女性は明らかに悪い顔をしながら高橋楓先生を否定する。
「週に3は来ますね、しかもお一人様で。悲しすぎますよね~。」
えっちゃんは忍に満面の笑みを浮かべて同意を求めた。
「はぁ・・・ははは。」
忍・・・辛い。
「それでは失礼します。」
えっちゃんは軽く会釈すると、襖を閉めた。
襖を閉めながらえっちゃんは楓に向かってウィンクをする、それを見た楓が顔を赤くしていた。
ビールが運ばれ、刺身や季節の野菜の天ぷら、それに川魚などがテーブルに並べられる。
料理を運んできた店員が退出した後に本題に入った。
月菜をここひと月くらい、朝早く公園で見かけていた事、何か悩みがあるのか、思い切って公園で声を掛け話したこと。
返答はなんとも捉えどころが無く、何となくだが問題を抱えているように思ったこと。
それからしばらく学校内でも月菜の行動に気を付けていたこと、学年主任、部活動の担当の先生にも情報を共有していること、職員会議で問題が無かったか確認してた事等。
担任としてどうしても親御さんに確認したい事があり、今日の時間を作ってもらった事など。
忍は大きくため息をついた。
「そんなことが・・・ご迷惑お掛けいたします。」
楓はそんな忍を見つめながら質問をする。
「ご家庭内で何かありました?例えば喧嘩したとか・・」
「いえ・・・ただ・・その言いにくいのですが・・」
「神居さん、私達教師には守秘義務がありますから・・・正直にお話頂けませんか。」
「・・・・・・」
忍は話すべきか迷った、確かに会社の部下には相談に乗ってもらった。
でも、会社の部下はその日の歓迎会での出来事を知っている人物なので、状況も分かっていてくれるので話しやすかった。
忍はテーブルにあるビールの注がれたコップを手に取り、一気に飲み干す。
「わかりました、ちょっと話づらいのですが・・」
忍はそう言うとテーブルに戻したコップを見つめながら口を開いた。
昔の知り合い(女性)がたまたま同じ会社に勤めていたこと、その日歓迎会でその女性に絡まれたこと、歓迎会が終わり、その女性の知り合いが迎えに来るまで一緒だったこと。
酔っぱらった女性に腕に抱きつかれていたこと、そして迎えが来た時に女性が躓きそうになり庇ったこと、その時にワイシャツに口紅がついてしまったであろうこと。
そして帰宅してからの話、月菜が化粧の香り(憶測)に気が付いたこと、そしてワイシャツについた口紅に気が付いたこと、それを変に誤魔化そうとして余計に誤解させたこと。
誤魔化したのは、月菜が大人になるまで自分の周りに女性の影を見せたくなかったこと。
どうしたのか月菜が急に感情的なって、泣き出したこと。
包み隠さずその場での出来事を、感情を入れずに坦々と話をした。