陽詩
※傍から見たら親子連れが動物園に来ている、そんな当たり前の光景に見えただろう。
「お母さん!!早く早く!!」
小さな手を振りながら、背負ったリュックを弾ませ走る姿を追いかける。
「ちょっと待ちなさい!陽菜乃!あまり先に行かないで!」
帽子の庇からまぶしそうに眼を細め、先に行く女の子に注意する。
霧が丘動物園、この地方都市にある小高い山の斜面を利用した動物園、市で運営されているが飼育されている動物も多く、地元や県外からも訪れる親子連れもいる。
またその山の頂上には遊園地もあり結構人気のスポットらしい。
母親に注意されて、仕方なく頬を膨らませて立ち止まる娘の陽菜乃の姿を目にしてホットする。
陽菜乃に追いついた母に「お母さん、遅い!」そう言うと母と手をつなぎ、グイグイと引っ張ろうとする。
「ちょっと待ちなさい、達也おじさんがアイス買ってくるでしょ。」
動物園の入り口は斜面の一番下にあり、そこから山を登るように頂上にある遊園地へと順路が延びている。
その入り口付近は開けており公園として利用されていて、売店や屋台などが立ち並んでいた。
その売店の一つから、手にアイスクリームを三つ持った男が小走りに向かってくる。
そして、「陽詩、陽菜乃ちゃん、ハイ、アイス。」
腰を屈めて陽菜乃にアイスクリームを差し出す。
陽菜乃は当然とばかりにアイスクリームを受け取ると、何も言わずにかぶりつく。
陽菜乃は目を大きくして、さらにもう一口。
「こら!陽菜乃!食べる前にお礼でしょ!」
「達也、ごめんね、この子ったらお礼もしないで・・」
下田陽詩は今泉達也に向かい、苦笑いを浮かべた。
腰を屈めたまま、達也は笑顔を浮かべた。
「美味しいから仕方がないよな、陽菜乃ちゃん。」
そう言いながら片手にアイスクリームを二つ持ったまま、陽菜乃の頭を撫でる。
陽詩にアイスクリームを渡しながら達也は笑っていた。
ホントにこの親子は良く似ている、まるで陽詩をそのまま小さくしたようだ。
そう心の中で呟く。
陽菜乃を真ん中にして両端を陽詩、達也で歩く。
傍から見たら親子連れが動物園に来ている、そんな当たり前の光景に見えただろう。
動物園の急な道を歩く、孔雀、狸、猿、キリン、カピバラ、ライオン、それぞれの檻の前で母の体に纏わりつきながら、陽菜乃が動物を指さし、そして母、陽詩と楽しそうに話す。
その姿を、数歩下がって見守るように達也が付いていく。
今泉達也と下田陽詩は、中学の同級生だった。
ただ、中学校で初めて同じクラスになっただけで、お互い初めてではない。
住んでいたのもご近所同士、所謂、幼馴染というやつだ。
高校入学を機にお互い疎遠になり、陽詩がこの地域に戻って来て再会した。
再会と言っても、陽詩の実家から1分と離れていない場所で、地元に根付いたスーパーを親から引き継ぎ、経営者となっていた達也に、買い物中に偶然会っただけだ。
その日の夕方、陽菜乃と一緒に達也が経営するスーパーで買物をしていた。
「今日は何にしようかな・・・陽菜乃、何が食べたい。」
そう陽菜乃のつむじを見ながら返事を待っていると声を掛けられた。
「・・・もしかして・・・陽詩?さん?」
呼ばれた方を見ると、エプロン姿の今泉達也が立っていた。
それから何度か話す内に、お互いの連絡先を交換したり、他の同級生たちと集まって近況報告をしたりと、地元での同級生たちとの交際も多くなっていった。
地元に戻ってから一年、今泉達也は私の事情を知ってから何かと気を使ってくれるようになった。
特に娘の陽菜乃に対しての気遣いが多く、スーパーでサンプルのお菓子を貰ったり、この地域にあるプールの入場券をくれたり、今日のように動物園に誘ってくれたりと、陽菜乃が父親のいない寂しさを感じないように・・そんな事を言って、いろいろしてくれる。
また、この間の会社の歓迎会などの酒席があると、「心配だから」と迎えに来てくれたりもする。
達也自身、言い訳のように「俺、独り身だし・・休日は何もやる事が無いから、それに陽菜乃ちゃん・・・かわいいし。」そう照れ笑いをする。
達也は私に対して、特別な感情を抱いている・・・両親と妹に、達也と出かける度に言われている。
母は「よく考えてね・・」それしか言わないが、妹は違う。
私なんかとは違い、異性に対しても積極的な妹は「もう、しちゃったの?」などと臆面も無く行ってくる。
その度に私は嫌な顔をしながら、妹を睨みつける。
「娘だけで精一杯です。男の人とそうなるなんて、もう考えていません。」
「それに、私はバツイチですからそんな資格はありません。」
妹はそんな私を見つめながら、溜息をつく。
「お姉ちゃん。そのバツイチとか、資格とかさぁ・・はっきり言ってずるいよね。」
「お姉ちゃんだって、達也さんの気持ち分かってるんでしょ?違うの?」
私は妹のその言葉に、声が詰まる。
「・・・・・・・」
「・・・まぁいいや。お姉ちゃんの人生だし・・私がとやかく言う事じゃないわね。」
そう捨て台詞を吐くと、妹は自室に向かって背を向けた。
その後ろ姿を目で追う。
「何よ、・・・そんな言い方しなくったていいでしょ!・・・もぅ、いやな子。」
ついでに舌を出し「あっかんべー!」・・・まるで子供のような反応を返していた。