残り香
※「なに?気になる?」
電車に揺られながら、窓の外を眺めていた。
車窓からは走る車のヘッドライトと街灯が見え、そして自分の冴えない顔が写り込む。
自分の顔を見つめる・・酷い顔だ・・・
酔っぱらた陽詩を迎えに来た男性にお願いし(おしつけて)て別れた。
「あっ、こいつ今泉達也。中学の同級生。」
迎えに来た男性の自己紹介を勝手にして、注意されながら車の助手席に押し込まれている姿を思い出す。
その男性、今泉さんとは苦笑いと言う目線の挨拶だけで交わし、車が走り出すと助手席に座る陽詩は笑いながら手を振っていた。
忍は溜息をつくと、携帯電話を取り出し操作する。
「これから帰る。」
一言だけショートメールを送信した。
月菜も寝てるだろうけど・・、そう思いながら乗客の居ない車内に目を向け瞼を閉じた。
助手席で、気持ち良さそうに鼻歌を歌っている陽詩をチラリと見る。
「随分とご機嫌だな。」
前の車との車間を気にしながら、ブレーキを浅く踏み込む。
「そう・・久しぶりに沢山飲んだかな。」
窓の外を見ながら答える姿を、街灯の光が浮かび上がらせた。
「なぁ、陽詩。」
「なに?」
「あの・・一緒に待っていた男は?」
窓の外に向けていた視線を運転席に座る達也に向ける。
達也の横顔を見つめながら、意地悪な表情を浮かべた。
「なに?気になる?」
「いや・・・ただ、親しそうだったから・・」
「・・・・そう。」
達也が何か言いたそうに前を向きながら運転している。
「ふふっ・・・」
「なんだよ・・なんかおかしいか。」
「別に・・ふふっ。」
一瞬だけ視線を陽詩に向け、達也は照れくさそうな顔を見せる。
「ただの、同僚よ、同僚。」
「そっか・・歓迎会って言ってたよな。」
「そうよ、東京から転勤だって。」
助手席で、両手を上に挙げて伸びをする陽詩を盗み見る。
「・・・ただの歓迎会の割にはオシャレしてないか・・」
言葉の最後の方は、独り言になる。
「ねぇ、達也・・・」
「なんだよ・・・」
車が赤信号で止まる。
陽詩は相変わらず窓の外を見つめている。
「縒りを戻すって、できるのかなぁ・・」
「なっ・・お前まさか、別れた旦那と。」
慌てたように達也が陽詩に体を向けた。
その声に目を丸くして、陽詩は達也を見た。
「な・・ちがうわよ、何勘違いしてるのよ。」
「えっ!あ・・あぁそうか・・そんなんじゃないか。・・」
達也が安堵の表情を浮かべる。
陽詩はその表情を見て、軽く溜息をついた。
「・・・心配・・してくれてんだ。」
陽詩は体を達也に寄せた。
「そりゃ・・・同級生だし、昔から知ってるし・・・」
達也がしどろもどろになりながら、顔を赤くする。
パッパー!いきなりクラクションに音が響く。
「信号あお!」
陽詩が信号機を指さした。
ゆっくりと音がしない様に鍵を回す。
カチャ・・小さな開錠音が響く。
そっと玄関の扉を開けると、家の中は既に暗くなっていた。
ゆっくりと玄関の扉を閉め、そのまま音を立てずにリビングに向かった。
リビングと廊下を隔てるドアを閉めて、電気を点けた。
カバンをソファーに置き、冷蔵庫から缶ビールと魚肉ソーセージを取りだし、缶ビール開け一気に喉に流し込む。
ふーっ、一息つき、ネクタイを緩めソファーに座り込む。
「う・・し・の・ぶ・・くん。かえったの・・」
リビングの出入り口に月菜が立っていた。
右手で目をこすりながら、左手でうさぎのぬいぐるみを抱えている。
髪の毛は寝ぐせが跳ね、ハートのマークが小さくプリントされたパジャマが着崩れていた。
「ごめん、起こしたか?」
忍は慌てて月菜に誤った。
「だいじょうぶ・・・おきてたぁ。」
とことこと歩きながら、忍の横に座る。
ふぁー。両腕を伸ばして伸びをする。
そのまま、コテンと忍に寄りかかる。
「・・・・・・・おさけ・・くさい。」
月菜の頭に手を乗せ、頭を撫でる。
「そりゃ、お酒飲んできたからな・・・」
「今も、ビール飲んでる。」
「・・・・・」
寝ぼけてるのか、起きているのか、月菜が頭をグリグリと忍の腕に擦り付ける。
子供の頃からの、甘える時の月菜の癖・・・いつまでも子供だな・・忍は微笑む。
「ほれ、月菜、もうベットに行きなさい。」
頭をポンポンと叩く。
月菜が急に背筋を伸ばした。
「どうした?」
月菜は目を大きく見張り、忍を見つめていた。
「パパ・・女の人の匂いがする・・・」
「え?」
缶ビールを持ったまま忍は固まってしまった。