始まり・・
はじめまして、宜しくお願い致します。
※「パパは誰にも・わ・た・さ・な・い」
開け放したリビングの窓から心地よい風が入り込む。
新緑の香りが溶け込む風に薄いピンク色の花びらが舞い込む。
窓の外の陽光を眩し気に目を細めながら見つめ、喧騒に耳を傾ける。
「・・やっぱりこっちは空気が違う。」
聞き慣れない新しい街の喧騒を耳にしながら、大きく息を吸い込む。
ダンボールのガムテープに目を戻し、バリバリとガムテープを引き剥がすとペンギンがこちらを向いて微笑んでいた。
「電池を抜かなかったのか・・・」
そのペンギンを手に取り、お腹の部分の丸い時計を見つめる。
「電池は抜けって言ったのに・・ったく。」
時計の秒針が動いているのを確認して・・しょうがないな・・心でつぶやく。
改めて動いている時計を見て、お昼を少し過ぎているのに気付く。
「月菜~!そろそろお昼にしようか~!」
玄関の方で同じようにダンボールの音を立てている「しょうがないな」に声を掛けた。
少し間をおいて、玄関の方からバタバタという音が響き、女の子がリビングダイニングに小走りに駆け込んでくる。
ポニーテールを左右に揺らし、それが特徴のような太い眉毛をハの字に寄せて、二重の大きな丸い目を月のように細め嬉しそうに笑顔で駆け込んでくる。
青いデニムのショートパンツに白い靴下。白いTシャツの上に赤いチェック柄の長袖シャツ、Tシャツのお腹の辺りが翻り、白い肌にお臍が見え隠れする。
「荷物が沢山あるんだから走るな!」
「だってお腹空いたんだもん!」
女の子は立ち止まると、そこかしこに積み重なっている段ボール箱の一つに肘をつき、ポニーテールの髪の毛をいじりながら頬を膨らませる。
「もう少し御淑やかにできないのかねぇ~、まったく。」
「あら。これでも学校では御淑やかでとおってるんだから!」
女の子は心外とばかりに右手を腰に当て反論する。
「はぁ・・、おとーさんは月菜の将来が心配だよ。」
そんな言葉にはお構いなしに、月菜と呼ばれた女の子は父親にゆっくりと近づく。
手を後ろに組みながら下から上に値踏みするように見上げる。
「なんだよ・・・わぁ!」
月菜が見上げる視線に少し体を引いた瞬間、ダンボールの山を崩しそうになった。
慌てながら両手でダンボールを支える。
履き古した黒いジーンズに白い長袖シャツを腕捲りして立っている父の姿をマジマジと見つめ、背伸びしながら顔を胸元辺りに近づける。
「くん、くん・・汗くさくないね。OK!忍君、早く行こ!お腹すいた!」
「くさくないって、・・それに、しのぶくん・・って名前で呼ぶな。」
八重歯を見せ悪戯っぽく笑いながら、忍の右腕に自分の両腕を絡ませる。
いつの頃からだろうか、父親の事を「お父さん・パパ」から「忍くん」と名前で呼ぶようになったのは。
「段々、月葉さんに似て来たかな・・」
コロコロと笑いながら、腕にしがみ付いている娘の旋毛を感慨深く見下ろす。
身長約155センチ、小柄だが立ち居振る舞いが堂々としているせいか小柄に見えない。
成長期の体から伸びる手足は、女の子らしく柔らかく、そして透き通る様に白い。
背中まで伸びる少し茶色の髪を無造作にポニーテールに纏めている。
玉子のような形の良い輪郭、太く濃い眉毛に、大きな二重の目・・ちよっとタレ目が入っているが、それも愛嬌だろう・・。
うすい桜色の唇・・大きく笑うと八重歯が2本目立つ口元、筋はとおっているがちょっと低めの鼻、淡いピンク色に染まっている白い頬。
薄茶色の澄んだ瞳に父親の姿を写してキラキラと輝いている。
その姿は、忍に亡くなった月菜の母親、月葉さん思い出させていた。
月菜が絡める腕に、自分の左手をそっと伸ばしポンポンと軽くたたき。
「お昼は引越し蕎麦にするか。」
「お蕎麦?」
「いやか?」
「わたし、天丼!」
ニカーッと八重歯を見せながら、満面の笑みを浮かべ忍を見上げていた。
夕方、部屋が赤く染まり始めている。
「よしっ!・・・やっと片付いたか。」
両手を上げ背中を伸ばし、リビングを改めて見回した。
10畳程のリビングは対面式のキッチンが整備されており、テーブルにソファー、TVの設置も終わらせた。
「今日はこんな所だろう・・」
後、細々としたものが残っているが、徐々に出していけばいいだろ。
そんな事を考えながら、娘の方はどうなっただろうかと気になる。
玄関を入って直ぐの月菜の部屋をノックする。
この部屋は8階建てマンションの6階角部屋に位置し、北向きにある玄関を入ると、玄関から廊下が真っ直ぐに南のリビングに向かって伸びている。
その廊下伝いに右手に6畳間が2部屋、左手に脱衣所兼洗面台と風呂場への入り口がある。その先の扉がトイレ、真っ直ぐ伸びた廊下の先が、リビングダイニングとベランダへとつながっている。
「月菜、片付け終わったか?入るぞ・・」
声をかけると、返事を待たずにドアを開けた。
二部屋ある6畳間は、畳とフローリングの差以外同じ作りをしており、月菜の部屋はフロリーングだ。
窓からの西日が薄いカーテン越しに、部屋の中に影の濃淡を作り出していた。
既に片付けを終えてた部屋は、白を基調にしたカーテンが窓を飾り、窓に沿うようにベッドが置かれている。
ベッドの上に数匹のぬいぐるみ、そして勉強机の上にも小さなぬいぐるみと、うさぎのキャラクターが躍る写真立が置かれていた。
「しのぶくん、これどう?」
「前の高校はセーラー服だったけど、随分とオシャレだな・・・」
西日を受けて、表情の見えない娘がクローゼットの前に立っている。
娘の横に寄り添う。
クローゼットには、デザインの全体が分かる様に制服が一式掛けられていた。
今度の学校の制服はブレザーだ、臙脂色のブレザーに胸元のポケットに学校のイニシャルエンブレム、スカートが消炭色にチェック柄のプリーツスカート、白いワイシャツにネクタイそれにリボン。
ネクタイとリボンはストライプの色違いが各四種類、薄いピンク・ブルー・ブラウン・レッド、それぞれに学校のイニシャルがワンポイントで入っている。ネクタイもリボンも好きな方を選べるらしい。
因みに学年分けは、イニシャルエンブレムの色でわかるようになっている。一年生が赤色・二年生が黄色・三年生が青色だそうだ。(夏場は半袖シャツの胸ポケットに、小さな学校のイニシャルが刺繍されており色分けされている。)
「ごめんな、月菜・・・お父さんの仕事の所為で・・」
その制服を見つめている月菜を見て、困ったような顔をして娘に話かける。
「仕方ないよ・・」
月菜は忍に顔を向けながら、両手の手の平を上に向け、肩を沈ませ悲し気に答える。
「でも。新しい出会いもあるし、ちょっと楽しみかも。」
忍は横に立つ月菜の頭に手を乗せると、髪の毛をワシワシと撫でる。
「ちょっ!やだ・・パパ・・しのぶ!やめ・・髪が・・」
月菜が嫌そうに手を振り払うふりをしたが、結局忍の胸に頭を預ける。
まだ、甘えたいのだろ・・・月菜の頭を抱きしめるようにして髪の毛を撫でた。
「さぁ、夕飯の買い出しに行くか・・冷蔵庫の中をいっぱいにしないとな・・」
月菜は忍を見上げ、八重歯を見せながら笑顔を浮かべていた。