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バカな友人シリーズ

遊園地

作者: 井花海月

「なあ、遊園地行こうぜ」


 それは、ほんのバカな友人のささやき声から始まった。


「え、どうしたんだよ急に」


 いつも盗撮だの覗きだの、バカな提案ばかりしてくる友人にしては、随分とまともなことを言うものだ。


「ま、まあ……たまには普通にお前と遊ぶのも悪くねぇかなって」


 それが嘘だということは、回遊魚のように泳ぎ続ける友人の目を見れば一発で分かった。


「そんなこと言って、またなんかやろうってんでしょ」

「……うっ」


 分かりやすい動揺である。

 聞くまでもない、どうせコイツのことだ。

 お化け屋敷でカップルを脅かそうだとか、コーヒーカップに変な装置をつけて高速回転させたりだとか、そういうしょうもない企みをしていることは、友人と長い付き合いである僕からすれば明白であった。


「な、何でもいいだろ。行くのか?行かねぇのか?」


 少し憤慨したように頬を膨らませる友人。

 僕が「行くよ」と返事をすると、少しだけ友人の頬が緩んだ気がした。


 この時は、まだ予想もしていなかった。

 まさか、あんなことになるなんて……。



 ☆





「んん〜っ!美味い」


 当時、遊園地でハンバーガーを咀嚼しながら、顔を綻ばせる友人。

 これまでに空中ブランコ、お化け屋敷と回ったが、友人の妙な動きはない。

 いつもは女の子のスカートばかり写しているスマホのカメラも、今日は充電を忘れたようで、友人のポケットの中で眠っている。


「なんで、こういうとこのメシって高いんだろうな」


 ハンバーガーを食べ終えた友人は、ぽつりと呟く。


「いや、ハンバーガーって、普通の店ならせいぜい500円くらいだろ?でも、こういう遊園地のは1200円……いい物でも使ってんのかな」


 確かに、こういうテーマパークや夢の国は金銭感覚が狂うほどに食べ物が高い。


「まあ、美味かったからいいけどな」

「一応、高いものはいい物のように感じるサンクコスト効果っていう心理学の用語もあるんだってさ」


 スマホで検索したら出てきた言葉を、そのまんま口にする。


「へぇー。化粧水とかも、値段は違っても中身はほとんど同じって聞くもんな」

「そうそう。でも心理バイアスが働いて、高い化粧水ほどいい化粧水のように感じるらしいね」

「はは、心理学って知れば知るほど、人間って単純なのを思い知るよな」


 誰よりも単純な友人は、どこかぎこちなく笑う。

 本当に他愛のなさすぎる会話だ。

 いつもなら、今頃はニヤニヤとトトロに出てくるネコバスのような笑みを浮かべてしょうもない悪戯をいくつか提案してくる頃だというのに。


「……あ、そうだ」


 そう思った矢先、何かを思い出したように指をさす友人。この動きは、コイツが悪いことを思いついた時にする動作だ。

 ああ、そうだよね。

 様子が変に見えたのは僕の杞憂だよね。

 このバカな友人ともあろうものが、遊園地に来ただけなんて、そんなわけが……


「あれ、乗ろうぜ」


 友人が指差した先にあったのは、観覧車だった。


 ☆


「…………」

「…………」


 観覧車の丸状の個室で、僕と友人は向かい合って座る。

 ゴォオ……という、徐々に外の景色が高くなっていく音が気になるほどに、友人は口をぴっちりと閉じたまま開かない。

 こんな個室に入って、どうするつもりなのだろうか。

 もしや、いたずらの作戦会議かな?だとすれば、観覧車の個室という環境は確かに最適である。


「…………」

「…………」


 しかし、友人は手を膝下に置いて俯いたまま押し黙っている。一言も言葉を交わさないまま、てっぺんまであと少しの所まで登った。

 このままでは、あまりにも気まずい。

 いつもは友人から話を振っており、僕が聞き手側に周ることが多く、コイツが口を開かないとなかなか会話にならない。

 今回は何か、こちらから話を振るべきだろうか。


「ね、ねぇ、見てよ。僕らの学校、あんなに小さいよ」

「ア、アア……ソ、ソウダナ」

「もうすぐ頂上だよ?」

「ソ、ソウカ」


 確信した。

 やはりどこか今日の友人はおかしい。ていうか、なんだそのぎこいなさは。

 友人から観覧車に乗ろうと提案してきておいて、景色を見ないのはどう考えても奇妙だ。


「もしかして、体調が……」


 友人の手を見た時、僕はあることを思い出した。


「高所恐怖症、なんだっけ?」

「…………」


 少し前、友人が展望台から覗きをしようとバカな提案した時、頂上でうずくまってガタガタ震えていたことを思い出す。

 結局あの日は、僕が友人を背負って下まで降りたんだっけ。


「な、なあ……」


 友人はゆっくりと顔を上げ、上目遣いに僕を見上げる。


「私の手、握ってくれないか……?」


 彼女の目はすっかり潤んでおり、小刻みに震える手を、僕の前に差し出す。


「う、うん……大丈夫?」


 そっと友人の手を握る。ひんやりとした指先から、僅かな振動が伝わってくる。


「はは……お前の手、温かいな」


 落ち着いたように嘆息する彼女。


「どうしてーー」

「私って、つくづくバカだよな」



 高所恐怖症なのに観覧車なんかに……という疑問を口にする前に、友人の声に遮られる。


「本当は盗撮も覗きもどうでも良かったんだ。お前と一緒にいるための口実だったんだ」

「え……」


 彼女は手を握る僕の手を両手でぎゅっと包み込む。それは、友人の指が僕の手に食い込むほどに強く、震えていた。

 僕と一緒にいるための口実?どういうことなんだろう。


「バカな提案をして悪戯に誘えば、お前は喜んで乗ってくれた。けど、覗きをしたり、盗撮した写真見てデレデレするお前を見れば見るほど、ますます私の嫉妬心は膨れ上がった」


 かたかたと肩を震わせながら話す友人は、きっと高所恐怖症が怖いから震えているだけではないのだろう。


「そのうち、品のない女だと愛想を尽かされるんじゃないかと思うと、不安で夜も眠れなかった。今だって展望台の時だって、私はわざと高い所に行ってお前に触れようとした、小狡いやつなんだ。私は」


 自嘲気味に乾いた笑いを浮かべつつ、目元は水分で潤んでいた。


「お前のことが、昔からずっと好きだった。こんな男みたいで、女の子としての魅力もないのに図々しいかとしれない。けど、もう盗撮や覗きなんかしないで、私だけを見てほしい」


「バカだ……本当にバカだ」


 彼女の言葉を聞いて、僕も内に秘めた声を絞り出す。


「僕だって同じだ。でも、ずっとキミがスケベな提案ばかりするから、同性愛者だと思って諦めていたのに……」

「え……じゃ、じゃあ……」


 友人が言葉を言い終える前に、彼女を優しく抱きしめる。

 いつもの男勝りな口調とは裏腹に、彼女の体はとても華奢で、柔らかかった。


「僕も……ずっと好きだった。ごめん、ずっとキミの気持ちに気づいてやれなくて……」

「いいんだ。お前こそ、私みたいな不器用で生意気なバカでいいのか?」


 抱きしめる力を強める。

 そんな無言の肯定に、彼女は安堵したように僕の背中に手を回す。



 こうして僕のバカな友人は、バカな恋人になった。








「……お二人さん、降りる時間だよ」


 見ると、とっくに観覧車は下に着いており、スタッフや他の客は、こちらに生暖かい目線を向けている。


 僕と恋人は、抱き合ったまま飛び上がって声を上げた。




「「ひぎゃっ!」」



お幸せに。

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