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大いなるウィークポイント その二

 二人が帰ったすぐあと、A氏は真樹啓介のもとへいつも通り、何かなかったかという状況確認の電話をしましたが、

「あいにくと、そう簡単にアクションはねえらしいや」

 と、A氏は素っ気なく報告を終えた真樹へ渋い顔をしながら、そっと受話器を置きました。

「そうなると、あとはあの二人の動向を追うのが優先、ってところかなあ」

 ビスケットをかじり、部屋に流れるラジオからの音楽に身を揺らしながら、富士野が返します。

「てなとこでしょ。さあて、奴らが食い散らかした諸々を片付けねば……」

 A氏がワイシャツの袖をまくり、茶シブのついたティーカップや菓子器を台所へと運ぼうとしたその時でした。最前まで、真樹とのやり取りに使われていた黒電話が、けたたましくリンリンと鳴り響きだしたのです。

「なんだなんだ、これから片付けようってときに……」

 流しへ乱暴に食器を置くと、A氏はこたつに潜っている富士野の横をかすめ、電話台の方へ向かいました。そして、いまいましく受話器を取ると、ハイ、中村でござい……と、ぞんざいな調子で応対しました。

「――あれっ、坂東先生。どうしたんですか急に……」

「エーさん、坂東先生がどうしたって……?」

 相手が懇意の開業医・バンユー先生こと坂東医師だとわかると、富士野はラジオを切って、A氏のもとへ駆け寄りました。が、A氏は富士野には目もくれず、

「――なるほど、そういうわけでしたか。ほいじゃ、あと十五分で行きます。またあとで……」

 と、電話を切って受話器を戻してから、背後に突っ立っていた富士野へこう告げました。

「どうしたわけか知らないが、バンユー先生のところに大勢女子高生が押し掛けてるそうだ。現地に行って制さないと、坂東医院の床が抜けちまうかもしれねえや!」

「なんだって」

 そういうと、A氏は先刻流しへ置いた食器を一べつしてから、ハンガーへかけてあった学生服の上着を羽織り、中に財布や定期があるかを確かめてから、こっちはOKと、遅れて支度をしている富士野へ声を掛けました。

「いったい、なにがあったんだろう」

 エレベーターで往来へ下り、最寄りの電停から通勤急行へ乗ることに決めると、富士野は息をはずませ、A氏へ疑問をぶつけました。そろそろ日も傾いて、気の早い居酒屋はもう赤提灯やネオンサインに灯をともしているような頃合いです。

「――わからん。なんせ、電話もおしかけたJK軍団にもまれるようにして切れちゃったからなあ。一刻も早く、現地に着くことが事態解明のテだろうよ……」

 答えるA氏の返事も、ややおぼつきません。どうやら、思っていたよりも事態は深刻なのかもしれません。

 そのうちに、背後を過ぎるトラックや自家用車のあとから、定刻ぴったりに二両建ての通勤急行が到着しました。ドアの全開にならぬうちに中へ飛び込むと、A氏と富士野は、坂東医院のある東の窓をじっとにらんだまま、信号待ちの路面電車が出るのを今か今かと待ち構えるのでした。


 通勤通学のラッシュアワーに、主だった学校や工場、官庁やオフィスに近い「急行電停」だけに止まるようダイヤの組まれている通勤急行へ飛び乗った二人は、普通なら四駅かかるところを、一足飛びで二駅乗るだけの時間で最寄りの電停へ着くと、大急ぎで裏通りの坂東医院へかけつけました。

「――看護師さん、坂東先生は……?」

 表玄関から息せききって入り、顔なじみの中年の看護師へ尋ねると、

「先生なら応接間ですよ。いちおう、今日はもう人払いをしてありますから……」

 と、彼女は訳知り顔で二人へ声をかけ、読みさしの週刊誌へ顔をうずめたのでした。

「だってさ。じゃ、遠慮なく上がるとしようか」

 患者用の下駄箱へ自分たちの靴を置くと、A氏と富士野はビニールのスリッパをぺたつかせ、通用口を抜けて、二階の坂東医師の居住スペースへと急ぐのでした。

「――ありゃ、真樹さん、あんたいつから女子高生になったんです」

 衣擦れのようなささやきのもれる応接間へ入るなり、入り口側のバーカウンターで坂東医師ともども、バツの悪そうに烏龍茶をすすっていた真樹啓介を見つけると、A氏はからかうような口ぶりで、彼の隣へ腰を下ろしました。

「バカ、おれは別件で先生に用事があってやってきたんだよ。そうしたら、こんな具合になってて……」

 真樹啓介の弁解を、隣に座っていた坂東医師もしきりに頷きます。

「ははァ、女の子だらけなのは気まずくてこうして手酌を決めてたわけか。注ぎまっせ、お二人さん……」

 背後の黄色いざわめきをよそに、A氏は慣れた手つきでカウンター奥の冷蔵庫を開け、お代わりの烏龍茶を真樹と坂東医師のコップへ注ぎ入れ、残りを富士野へと渡すのでした。

「で、坂東先生、一体全体なにがどーなってらっしゃるの?」

「それがねえ……」

 カウンターに座って腕を組んだまま、ロイド眼鏡越しに困り切った表情を覗かせていた坂東医師が、待っていました、とばかりに声を上げました。勝手知ったる自分の家というのに、その勝手が利かないのがよほどつらかったのでしょう。

「うちへ来た患者の子の中に、真樹さんが集めたリストの子が二人いてね。その二人がわざわざ、ウチの近くへ張り込んで、同じく田崎に泣かされたらしい子たちへ声をかけたそうなんだ。で、おおもとの捜査権限を握ってる君を呼んで、知ってることを洗いざらい教えるように、とこうおっしゃるんだ。――そうだね、きみ」

 坂東医師が振り返り、件の張り込んだ二人らしい、一見すると平凡な、それでいて、田崎に対する怒りで目をたぎらせた小柄な少女が、黙って顎をしゃくります。

「――なるほどな、大きな病院じゃあ知ってる誰かに会いそうだが、街の小さな医院ならその危険も薄くて安全だしなあ。真樹さん、富士野くん、ここにいるお嬢さんらはなかなか豪胆なようだぜ。この調子なら、ドンファン気取りの学生剣豪も怖かなさそうだなあ」

 A氏は彼女らの行動力のたくましさに、心からの賛辞を送りました。そのうちに、奥の方へ引っ込んでいた、呼びかけを行った二人のうちの片方がカウンターのほうへ歩み出て、中村さんですね、とA氏へ尋ねました。

「三高の冬月です。真樹さんや坂東先生からお話は伺ってます。田崎の被害者を集めて、行動を起こそうとしてるそうですね」

 ハーフリムのレンズ越しに、冬月は神経質そうな両の目を動かしながらA氏を見つめます。

「まァ、行動って程じゃあないが、同級生のケンカ止めた手前、ほかの被害者をほうっておくのは忍びなくってねぇ。――冬月さん、お見受けしたところ、よく上質紙の書類なんかに書き込みをすることが多いようだけど、委員会の活動か何かをなさってるんじゃないですか」

 突拍子のない質問ではありましたが、何か思うところがあったのか、冬月は額に青い筋を浮かばせながら、ええ……と返します。背後に集まった女子高生たちの顔まで、つられて青く染まりだします。なにか激昂するようなところでも見て、恐れているのでしょうか。

「いやァ、セーラー服の袖に、コピー用紙なんかと擦れたような跡や、インキの染みがあったもんで、もしかしたら市立高校合同の『ナン文連』にでも加わってるんじゃなかろうか、と思いましてね。――おおかた、田崎との接点もその辺かな、と思うんですが……いかがです」

 一高から四高までが協力し合って、学校対抗のスポーツ大会や署名活動、その他もろもろの文化事業を行っている寄り合い「ナンバースクール文化事業連合」、通称「ナン文連」の名前を出すと、A氏は烏龍茶の栓を抜いて、真新しいコップへ中身を注ぎ入れてから、冬月の手へと渡しました。

「ま、いいたいことを言う前に、ちょっと飲みなさいな。ノド乾いてると、カッカしていけねぜ」

 A氏の提案に冬月はしばらく、ためらいがちにコップの水面をにらんでいましたが、迷いを捨てて中身を飲み干すと、しばらく呆然と、A氏の顔を覗き込んでいました。

「――なんとなく、一発僕をドヤしそうな気がしてねえ。それでこれを渡したわけ。ちょっとは冷静になりましたかな?」

「――ごめんなさい、あなたに怒鳴ったって仕方ないのに……」

 我慢していた感情がとうとう決壊水域を超えたのか、冬月は肩を揺らし、カウンターへコップを置いてから、手で顔を覆って泣き出しました。

「率いる側にまわると、人間なにかと、心理的に孤独になりがちとは言うからなあ。よっぽど我慢してたんだろうよ」

 泣きはらす冬月を見ながら、富士野の肩越しに、烏龍茶をなめながら真樹がつぶやきます。が、そばで彼女をなだめるA氏はそれどころではありません。

「真樹さんっ、冷静になってねえでハンカチか何か貸してくれよォ。家に忘れてきたんだっ」

「――映画ならムード満点なとこなのに、現実はそうはいかねえなあ」

 呆れながらも、自分の羽織っていた革のジャンパーからおろしたてのハンカチを出してA氏に渡すと、真樹は坂東医師をそばへ呼び寄せ、何か耳打ちをしました。すると、しばらく考え込んでから坂東医師は、

「みなさん、あとは万事、この中村瑛志くんがうまく計らってくれます。もう外も暗くなってきたから、今日は一旦、解散ということで……」

「オレもそのほうがいいと思うな。なにせ田崎のやつ、後輩率いて放課後はブラブラしてるんだ。なんか嗅ぎつかれたら面倒だ、お早く解散願います……」

 あとからA氏も、市電の車掌のような口上で解散を促し、富士野ともども、ある程度落ち着いた冬月を外へ送り届けるまで、医院の二階と、一階の裏口をひっきりなしに往復する羽目になったのでした。

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