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古書店主真樹啓介、大いに暗躍す その一

「話を聞く限り、その田崎ってのはよっぽどの相手だねえ――」

「よっぽどもよっぽど、英語でいやあパブリック・エネミーってやつですよ。こいつと戦うのは、ちょっとした公共事業ですね」

 翌日の放課後、A氏の電話で呼び出された青年・真樹啓介は、待ち合わせ場所に指定された喫茶店「ズンメル」のボックス席のモケットへ背を預けながら、カップの中のモカ・マタリへ舌鼓を打ちつつ、A氏から一切合切の事情を聴き、事の重大さを把握したのでした。

「そんなにいるのかい、田崎ってのにひっかかった女子高生は」

 耳がうっすらかかる程度に伸ばした毛先をゆらしながら真樹が尋ねると、A氏は渋い顔をしながら、

「あそこを受診してるケガ人どもや、自殺しかけた子だけでもすでに四十人を超してるんです。とんだドンファンですよ、奴さんは」

 と、やや芝居がかった調子で返すのでした。

「へえ、四十人越え……! たしかに、これはドンファンと言わずして、ほかに例えようはないなあ。富士野くん、君はどう思う? こういうやつの遍歴は、月日が経てば十分に学術的な価値を持つと思うが……」

 二十代の半ばをちょっと過ぎたばかりの彼は、古本界隈では名の知れた古書店「真珠堂」の若い経営者で、その傍らに学術雑誌へ民俗学の研究を寄稿している在野の研究者でもあるのですが、生まれついてのトラブル・シューターという側面を持ち合わせている縁から、店の常連でもあるA氏によく、こうした際の渉外役を頼まれることが多くありました。

「さ、さあ。僕にはなんとも……」

 返答につまった富士野が、ココアの入ったカップを両の手で抱えたまま答えると、真樹はまぁ、そうなるわなあ、とつぶやき、

「いくらなんでも、現在進行形じゃただの色情狂だ。中村くんの言う通り、公共事業と思って、退治しないといけない」

 と、しきりに頷くのでした。

「ひとまず、この件における草のものの役割は、いつも通りオレが引き受けるとしよう。定期報告は木曜にでも、うちに来てくれりゃ出来る。それでいいかな?」

「仰せのままに。いっつも、一銭にもならないことに手を貸してくれて、お世話になってます」

「なに、ほかならぬうちの上客の頼みだ、無下には出来んさ。――じゃ、オレはこれで失敬するぜ」

 それだけ言うと、真樹はA氏の手元にあった伝票をひったくり、学生に払わせちゃバチがあたるからさ、と言って、支払いを済ませてから颯爽と「ズンメル」を出てゆくのでした。

「ああいうものに、拙者もなりたい」

「――だねえ」

 残されたA氏と富士野は、あっけにとられたまま、手元のコーヒーとココアのカップを、ただ所在なく抱えているばかりでした。


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