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曰く、「二兎を追うものは……」の巻 ~人情高校生・中村瑛志、ドンファンを成敗する~  作者: ウチダ勝晃
ドンファン討ち取ったり!!!!

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ドンファン討ち取ったり!!!! その二

 が、現実はそう甘くはありませんでした。科学博物館と二高の間にかかる農業用水の鉄橋まで来たところで、一弥はふと、遠くから夏まつりの太鼓のような音の聞こえてくるのに気付いて足を留めました。

「なんじゃ、ありゃあ……」

 そして、音の出所が左手の、用水の土手沿いを走る狭い道路であること、その音の正体に気づいた一弥は、講和条約などという洒落たことなどすっかり忘れて、足元へ五寸釘でも差し込まれたように、その場へ固まってしまいました。

 一弥の前に現れたのは、陣太鼓片手に、緊張の面持ちでこちらをにらむ、学生服を着た細面の少年と、その後に従う、白い鉢巻を締めた大勢の女子高生たち……。富士野率いる、田崎一弥被害者の会の人々でありました。

「どうなってやがんだ、こりゃあ」

「――そんなに知りたきゃぁ、教えてやらんでもないぜ」

 聞き覚えのない声に驚いて一弥が振り返ると、そこには茜と千鶴を後ろに控え、じっとりとした目でこちらを覗き込んでくる少年、A氏こと中村瑛志の姿がありました。

「だ、誰だ!」

「――問われて名乗るもおこがましいが、姓は中村、名は瑛志……。てめえに慰み者にされた奴らから頼まれて、お前を討ち取りに来たもんだっ」

「なんだって」

 と、一弥が言い終わらぬうち、それこそ出だしの「な」と言いかけた辺りで、A氏の背後に控えていた茜と千鶴が、一弥の後ろと前に回り込み、

「プリンアラモード、ごちそうさまでしたっ!」

「地獄で閻魔にあってきやがれっ」

 茜に利き腕を逆方向へ捻じ曲げられ、千鶴に首筋へ白鞘で打ち付けられ、おまけに足元をすくわれた一弥は、すっかりバランスを失って、土手下の小さな河川敷へ、枯草の上をゴロゴロと転がって落ちていきました。それを確かめると、A氏は上着のポケットに入れてあった呼子の笛を吹き鳴らし、ほんの数メートルさきに控えていた富士野率いる被害者の会へこう叫びました。

「各々がたあっ、討ち入りにござるぞっ、かかれえっ!」

「――と、突撃ぃ!」

 富士野が勢いよく陣太鼓を鳴らしたのを合図に、それまで大人しく歩いていた女子高生たちは、バーゲンセールにでも来たかのようにワッと土手の下へ下り、痛みですっかり弱り切っている一弥の元へ駆け寄るや否や、

「あんたのせいで友達なくしたのよ!」

「わたしの恋を返して!」

「盗んだ唇返せ!」

「子供が作れない体にしてやる!」

「あげたお守り返して!」

「二度と誘惑できないように口をふさいでやる!」

 などと、悲痛な叫びからかなり物騒な叫び声と共に、学校指定の固いローファーや運動靴、思い思いの履きなれた足元で、草の上に転がっていた一弥を殴る蹴る、ののしるの末に、とうとう四十数人で体を担ぎ上げ、

「せーの!」

 と、道頓堀よろしく、農業用水の浅い川底へと放り投げてしまったのでした。真上にかかる鉄橋に悲鳴と水音が反射し、ちょっとした花火のような音がこだまします。

「おーい、もうその辺にしといてやりなよ。さすがの有段者も、これじゃ死んじまうぜぇ」

 A氏が叫ぶと、それまでわらわらと群がっていた一団がモーセの海のように開き、汚い川面に顔だけ浮かべている少年ドンファン・田崎一弥の姿が明るみに出ました。すかさず、A氏が茜の担いでいたリュックから細引きを出し、川へ向かって投げると、弱り切っていた一弥はそれに飛びつき、のっそりと陸の上に上がり始めました。

「はーい、みなさん道を開けてくださーい……」

「みなさーん、危ないから離れて離れて……」

 細引きを巻き取りながら降りてゆくA氏にくっついて、富士野が茜や千鶴と一緒に河川敷に出たころには、一弥の全身はどうにか枯草の上にあがりきっていました。が、その姿ときたらひどいもので、学生服の生地は擦り切れ、金ボタンは散り散り、川底の泥がこびりついたズボンはいたるところがほつれ、おまけに殴られ、蹴飛ばされた顔は、あちこちに掻き傷や青たんが出来て、二枚目の面影などどこにもありませんでした。

「どうだい田崎、今まで弄んだ女の子たち全員、四十七名からの愛ある復讐を受けた気分は……?」

 腕組みしたまま、A氏は枯草の上にへなへなと座っている田崎へ声を掛けますが、それに対する反応は実に意外なものでした。口の中を切ったらしく、真っ赤になった一筋のツバを吐くと、一弥はケラケラと、実に愉快そうな顔で笑いだしたのです。

「何がおかしい、怒らないから言ってみな」

「ハハハハ、愛ある復讐か。ここまで強烈な愛情表現は生まれて初めてだったが、まあ、多少なりとはこういうことがあるかもしれないと覚悟はしてたつもりだぜ、中村……?」

「ケッ、達者な奴だな。それなら最初ッから弄ぶんじゃねえや」

「だがなあ、オレがこうして責められるんなら、お前らだって責められる道理はあるんじゃねえのか?」

「……てエと?」

 A氏が身を乗り出して尋ねると、田崎はよろけながら立ち上がり、自分を取り囲む一団を指で差しながらこういいました。

「甘い話に乗っかって、あれよあれよと身を任せたのはどこの誰だ、お前らじゃねえか。早くに気づいてりゃあ軽い火傷で済んだのを、熱いの承知で追っかけといて、てめえらだけは無罪放免とは、ちっとばかし考えが甘いんじゃあねえのか!」

「この野郎ォ、この期に及んでェ!」

 富士野やA氏の後ろから、怒り心頭の千鶴が白鞘片手に躍り出ます。が、A氏はこの有様を前にして少しも顔色を変えず、顔を真っ赤にする千鶴を制してから、冬月さん、と、静かな調子で呼びかけました。

「――どうやら、こいつには荒療治が必要らしい。あらためて、あなたの申し出を引き受けることにしましょう」

 一歩前に出た冬月へ、A氏が目を伏せながら言うと、彼女はためらいもなく、セーラー服の袖をまくり、その下に来ていた黒いインナーの腕をぐいと引き上げました。

「……田崎くん、これを見ても同じこと、言える?」

「み、美鈴、そ、それって」

 威勢よくタンカを切っていた一弥の顔が、見る見るうちに青ざめていきます。そして、冬月美鈴の顔が視界に入る範囲の女子高生たちからも、異様なざわめきが上がりだしました。

「エーさん、いったい何がどうなってるの……」

 様子が気にかかり、前に出ようとした富士野を、A氏はにらみながら制しました。

「よしな、富士野くん。あの人の左腕には、この出来事が一生忘れられなくなるような、大きなものが残ったんだよ」

「まさか……」

 何かを思い出した富士野の顔から、血の気が引いていきます。三村と内海の間でケンカのあった夜、坂東医院からかかってきた電話の内容が、ゆっくりと頭の中をよぎります。

 ――富士野くん、弱ったことになった。田崎に弄ばれたのを苦にして、自殺未遂をしたやつが出たんだ。

「そうか、そうだったのか……」

 わけを悟った富士野のつぶやきに、A氏は黙って頷いてみせてから、

「冬月さん、もういいでしょう。寒いだろうし、袖をあげてください」

「――はい」

 と、彼女へ袖をあげるように促してから、そばへ近寄り、肩へそっと手を貸すのでした。

「――おい田崎、これを見てまだなんとも思わねえとは言わせないぞ。……どうなんだっ!」

 普段見せない、凄みのあるA氏の怒鳴りと表情に、百戦錬磨のドンファン・田崎一弥もすっかり縮こまり、悲鳴とも反省の念ともつかぬ、ヒャア、という声を上げて、仰向けに倒れこんでしまいました。その姿を見て、満足そうに頷くと、A氏はさて、とつぶやき、女子高生の一団を見渡しました。

「――みなさん、この類まれなるドンファンも、どうやら世間並みに反省することは出来るらしい。僕としてはこれ以上、弱っている相手をいたぶるのは人道に反するから止したいと思うんだが、どうだろうか?」

 A氏の提案に、しばらくその場はざわついていましたが、やがて、異論なし、とでも言いたげな静寂が、その場を支配しました。

「よかった、打ち首獄門、というような過激な提案はないようだ。――さあて」

 踵を返し、一弥の方へ向き直ると、A氏は軽く咳払いをしてから、土手の上に向かって、もう出てきていいですよぉ、と叫びました。すると、今までどこへ隠れていたのか、土手の反対側からひょっこりと、往診鞄を持った坂東医師と、帆布張りの担架を抱えた真樹啓介が姿を現したではありませんか。

「坂東先生、真樹さん、僕らのやりたいことはすべて終わりました。あとは万事、よろしくお願いします」

 丁重に頭を下げるA氏に、坂東医師は派手にやったねえ、とぼやきながら、仰向けに倒れている一弥の容態を確認し、ひとまず命に別条がないことをみんなに伝えるのでした。

「それじゃあ真樹さん、ぼちぼちいきましょうか」

「そうしましょう。――中村、この貸しはでかいぞ。覚えとけよ……」

 冗談とも本気ともつかぬ捨て台詞を残した真樹共々、坂東医師は担架を土手下へかつぎ、救急車代わりに支度した真珠堂のおんぼろミニバンの即席寝台へ一弥を寝かせました。そして、坂東医師が助手席から、あまり遅くならないようにね、とだけ言い残すと、真樹の運転するミニバンは煤煙をたてて、裏通りを坂東医院目指して足早に走り去っていくのでした。

「――ドンファン討ち取ったり、か」

 最前までの騒ぎの名残がかけらほどもない、宵闇迫る河川敷を、A氏は実にのどかな目で眺めているのでした。


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