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曰く、「二兎を追うものは……」の巻 ~人情高校生・中村瑛志、ドンファンを成敗する~  作者: ウチダ勝晃
ドンファン討ち取ったり!!!!

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11/13

ドンファン討ち取ったり!!!! その一

 その日は朝から、季節外れのからりとした晴れやかな、あたたかな日差しが傘岡の町を包み、実に機嫌よく過ごせる、何をするにもうってつけの日和でした。

「――美味しかったですねえ、プリンアラモード」

「そりゃあよかった。うちのクラスの女子がおいしい、おいしいと言ってたもんだから、茜ちゃんのためにも是非、と思ってね」

「わあい、ありがとう、一弥さん」

 何をするにも、という中にはたして二股が含まれているのかはわかりませんが、少なくとも少年ドンファン・田崎一弥少年にとっては、目下もてあそんでいる一人、越州女子学院の生徒・中島茜の心をさらに自分に引き付けるべく、流行りのカフェへ名物のプリンアラモードをごちそうしに行くには、ちょうどいい日和だったのは間違いないでしょう。

「でもいいんですかぁ? 茜のためにわざわざ部活やすんじゃって……」

 茜の問いに、一弥は悪びれる様子もなく、

「なに、一ン日二日、オレがいなくたって部活のほうは変わりゃはしないよ。それに、ちょっと休んだぐらいでヘバるような田崎一弥じゃあない……。腕、にぎってみな」

 と、学生服の右腕を彼女の方へ差し出します。おそるおそる、茜が小さな手でそれをにぎってみると、セル地の上からでもわかる、鍛えられた二の腕がそこには確かにありました。

「わあ、すごい筋肉」

「伊達に県大会で勝っちゃいないよ。――このままいこうか」

「そうしましょぉ」

 そういうと、身長一四五センチ少々という、小柄な茜は一弥の右腕に抱きついて、背負ったリュックをゆらしながら、実に楽しそうな笑みを浮かべてみせるのでした。

 ――絶好のデート日和だなあ。

 茜からは顔の見えないのをいいことに、一弥は気のゆるんだ、じつに下品な表情を浮かべ、この一瞬を楽しんでいました。可愛い彼女――というよりは使い捨てのおもちゃのような存在なのでしょうが――の茜との逢瀬。そこからのゆったりとした道すがら……。

 どこの部も慌しく活動をしている最中、適当な理由をつけてサボっているのですから、運悪く知り合いや、かつておもちゃにして放り出したような連中に出くわすこともありません。邪魔の入らないこのひと時がずっと続けばいい、と、わりにロマンチックなことを考えながら、一弥は市電や車の過ぎる、昭和通り沿いをゆったりと歩いていました。そろそろ午後の四時にさしかかろうという、ある夕方の一コマです。

 ――しかし、茜は茜で、どうも子供っぽすぎるところがあるからな。そこへいくと、妙に大人っぽい千鶴のやつが恋しくなるな……。

 横断歩道で信号を待つ間、こんどは自分の手を小さな手のひらでつないでくる茜を一べつしながら、一弥はもう一人の相手、千鶴こと、安藤千鶴のことを考え出しました。

 東光学園高校の生徒である彼女は、年の割にどこか大人っぽい、奇妙な色っぽさを孕んだ、姉御肌風の性格の持ち主でしたが、話してみれば年相応な、それでいて少女チックな一面も備わっているという絶妙なギャップの持ち主で、年齢よりもどこか幼げな感じのする茜よりも、千鶴の方と一弥の心はへ徐々に傾きつつありました。

 ――けど、あっちはあっちでガードが堅そうだからなあ。案外、こっちのほうが楽にオトせるのかもしれないな……。

 みなまで言うほどではありませんが、こうして二兎を手中に収めようとしている一弥の中には、実に下品な、理性的とは思えない感情がドス黒く渦巻き、信号の変わるや否や、自分の手を引いて先に歩きだした茜を見つめているのでした。

 ところが、そんな目線がすぐさま打ち消されるような、ショッキングな出来事が一弥に身に降りかかりました。遠く、NTTの交換局脇を西へ抜ける裏通りを、自分の持っているのと同じような、鞘袋を抱えた三人連れの女子高生がゆっくり、こちらへ向かって歩いて来るではありませんか。

 ――しまった、あいつらは……!

 野生の本能のままに動いている一弥でも、さすがに人の顔ぐらいはきちんと覚えていました。ましてそれが、ぞんざいな扱いの末に放り出した相手たちだとわかれば、普段滅多なことでは慌てない一弥も、慌てないほうが不自然というものです。

「茜ちゃん、ちょっと寄り道していこうか……」

「いいですよぉ。あれ、戻るんですか?」

 元来た道を引き返す一弥に引っ張られながら、茜はとぼけた声で尋ねますが、一弥には返事をしている余裕などはありませんでした。あれよあれよと、昭和通りを南に向かい、ついさきほどまでいたカフェをかすめ、いつの間にやら傘岡駅の構内にある、東西縦断通路をかねた名店街へと入ったのですが……。

「ちょっと、一弥さん、どうしたんですかぁ」

「黙っててくれ! それどころじゃあないんだ」

 一弥の顔からは、日ごろの落ち着き払った表情はすっかり消え失せていました。無理もありません、行く道すがらの至る所へ、鞄をさげ、手にアイスクリームや鯛焼き、缶ジュースやペットボトルを持った、自分の「元カノ」たちが大勢いるのですから……。

 ――どういうことだ、一度だって、鉢合わせたようなことはないのに。

 傘岡駅の東口の階段を転げるように降り、発車時刻までとぐろを巻いている東傘岡線の市電へ飛び込むと、ロングシートへ鞘袋を置くなり、一弥は盛大なため息をひとつ、事態が呑み込めずにわたついている茜の前に吐きかけるのでした。

「一弥さん、どうかしたんですかぁ、顔真っ青ですよ」

 ポケットの中にポプリでも入れてあるのか、茜の差し出した、甘い香りのするハンカチで額の汗を拭かれて、一弥はいくらか落ち着きを取り戻しました。そしてそっと、背後のサッシから辺りの様子を伺いましたが、最前まであちこちにいた女子高生たちは幻のように消えて、いつも通りの静かな傘岡駅の東口の風景がそこには広がっていました。

「妙なのがあちこちにいて、びっくりしてさ。ごめんよ、乱暴に引っ張って」

 茜の手のひらを軽く撫でると、一弥は詰襟のカラーをゆるめて息を整え、市電の発車をいまかいまかと待つのでした。

 やがて、運転席で懐中時計をにらんでいた運転士が出発のアナウンスを出し、開け放たれていた自動ドアが閉まると、チンチン、という軽快なベルの音を残して、市電はゆっくりと、軌道敷の上を滑るように走り出すのでした。

 ――このまま学校へ戻っちまうのは面倒くせえなあ。どうしようか。

 いつもの習慣で、二高をかすめる東傘岡線の方へ出てしまった一弥は、茜をそばに置いたまま、これからの動きを考えることにしました。ちょうどいいことに、駅前を出たばかりの市電が大きな交差点で信号にひっかかり、一弥に思いがけず、考える暇を与えてくれたのでした。

 ところが、その考えがまとまらぬうちに、実に奇妙なことが起こりました。年季の入った車体をこつん、こつん、と、軽い調子で叩く音が一弥の耳へ飛び込んできたのです。夕方というのに珍しくひと気のない車内でしたから、当然、音の出所は車外ということになるわけですが――。

「茜ちゃん、なにか変な音がしないか」

「えぇ、なにか聞こえますかぁ?」

 ハンカチをポケットへ戻しながら、茜も辺りを伺いますが、どこにも音を出すようなものは見当たりません。窮地を脱したと思っていた一弥の胸を、再び不安が支配しだします。

「一弥さん、また汗かいてますよ、大丈夫ですかぁ?」

「なあに、大丈夫だよ……」

 あくまでも平静を装っていた一弥でしたが、そのお粗末な仮面がはがれたのはあっという間のことでした。いつの間に錠が外れていたのか、真後ろの木造のサッシがガタン、と勝手に開き、一弥の耳元へ消え入るような、

「――今度はその子?」

 というハスキーな声が飛び込んできたのには、さすがの一弥の我慢の限界だったらしく、耳を抑えたまま、壊れたサックスのような悲鳴を上げて、反対側のロングシートへ飛び上がりました。背後にふらりと現れたのは、一弥がもてあそんで放り投げたうちの一人である、けだるげな顔をした、髪をざんばらに振り乱した、さながら幽霊のような風体の少女でした。

「か、か、一弥さぁん!」

「あ、茜ちゃん……!」

 抱き合おうにも腰が引け、一弥は動くに動けず、向かいで慌てふためく茜へ声をかけるのが精一杯でした。そのうちに、幽霊のような少女が左腕をあげて前を指し示したので、一弥もつられてそちらへ目をやると、今度は逆に、バネの狂ったおもちゃのようにシートから飛び上がるような、とんでもない光景が広がっていました。

 交差点を出てすぐの、市の科学博物館前の電停に、色も様々な大勢の女子高生が、電車の来るのを今や遅しと待ち構えているのです。

 ――まさか、あれが全部そうなのか!?

 悪いことが続いて気のおかしくなった一弥は、元カノの大群が待ち構えているのでは、という奇妙な考えに襲われ、

「う、運転士さん、おろしてくれえっ」

 と、白髪頭のベテラン乗務員へ泣きつきましたが、

「何を言うんです、ここじゃ下ろせやしませんよ。次の停留所まで待っててください」

 こんな具合にあっさり断られて泣きわめく一弥をよそに、青信号でがくんと動き出した市電は見る見るうちに速度を上げ、「科学博物館前」と出た電停の標識の前に躍り出ました。

「ハイ、科学博物館前、科学博物館前でございます。どなたさまもお降りの際はお忘れ物のございませんよう――」

 運転士の乗降アナウンスが終わり切らないうちに、一弥は財布から出した二百円を乱暴に運賃箱へ投げて、前のドアから飛び降りるように電停へ出ましたが、そこでやっと、自分の考えが間違っていたことに気づき、一弥は思わず車道へよろけそうになりました。

 元カノたちの大群だと思っていたのは、たまたま社会科見学か何かでこの近くまで来ていたらしい山間の学校の中学生たちで、よくよく見れば制服はどれも同じ意匠の紺のブレザー、引率の先生や男子生徒もいるという具合でした。

「――一弥さん、どうしちゃったんですかぁ」

 車内に落としていった鞘袋や鞄を抱えて、中学生たちと入れ違いで降りてきた茜が、ベルを鳴らして発車する路面電車を後ろに、一弥を気遣います。

「――ごめんよ、変なものを見て、どうかしたらしいや」

「なんだったんでしょうねぇ、あれ」

 最前、自分たちの真後ろから現れたざんばら髪の少女のことを思い起こしながら、茜は不思議そうな顔をし、一弥はしきりに、当たりの様子を伺いました。すると、誰もいないと思っていた電停の上に、中学生の一団とあきらかにデザインの違う、緑色をしたダブルのブレザーにタータンチェックのスカート、といういで立ちの人影があるのに気付き、一弥はおや、と首をかしげましたが、すぐさまそれは恐怖にすり替わり、そのまま足元へヘタりこんでしまいました。無理もありません、そこにいたのはほかでもない、今まさに茜と天秤にかけている最中の相手、安藤千鶴だったのですから――。

「――なんだ、一弥じゃないか。あんた今日は部活じゃないのかい」

 よく磨き上げられた茶色のローファーで電停のアスファルトを踏みしだき、ヘタり込む一弥の方へ一歩出ると、千鶴はしばらく、茜と一弥を交互へ見ていましたが、ものの数秒もしないうちに、

「おい一弥、このスケはどこのどいつだい。あんたのとこの後輩でなし、まさかあたしというものがありながら――」

 と、口角を釣り上げて、ぎょろりとした両の目で一弥をにらみ、ブレザーのすそから、やくざものの芝居や映画にでも出てきそうな、白鞘の短刀をちらつかせたではありませんか。

「――返事がねえってのはやっぱりそういうことか。かくなる上は、てめえらを殺してあたしも死んでやるっ」

「ぎえええっ」

 茜を前にしながら、恥も外聞も忘れて、一弥は目を回しながら、這いつくばるように電停から逃げ出しました。後生大事に抱えている鞘袋や鞄などはコンクリートの上に投げ出し、文字通り丸腰のままの逃走というわけです。

 ――ホンモノが相手じゃ、竹刀で勝てるわけがないっ!

 千鶴の口から、彼女が任侠映画の大ファンだということは聞いて知っていましたが、まさかこうして実物を持っているとは思わなかったらしく、一弥はいよいよ敗色濃厚になってきました。

「――待てえっ一弥、きちんとわけを話せえっ」

「――一弥さあん、この人だれですかぁ」

 こんなようにして、こうして背後から、手中に収めようとしていた二匹のウサギに追いかけまわされているのです。二兎を追う者は一兎をも得ず、ということわざが頭をよぎり、一弥は潔く、二人との間に講和条約を結ぼう、と、柄にもなく殊勝なことを考え出しました。


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