真昼の決闘 その一
ブタクサ花粉の時期を過ぎて、ぼちぼち冬の便りがそこかしこへ届きそうな、秋のある昼下がりのことでした。日本海側の地方都市・傘岡市の一角にある公立の進学校・傘岡一高のすすけた校舎と校舎の間にかけられた渡り廊下を、おっとりとした足取りで歩く二人組の男子学生がおりました。
「――やっぱり、三色パンはうぐいす、チョコ、クリームと相場が決まってるねえ」
ズック地の真新しい中履きで床を踏みしだきながら、購買部の紙袋から出した三色パンをかぶりつき、モソモソと頬を動かす丸顔の少年は中村瑛志。「A氏」という仇名で通っている、好事家趣味の男子生徒で、なおかつ、歳の割になかなかの健啖家でもありました。
「エーさん、さんざんおばちゃんに絡んでたもんねえ。そりゃ、嫌でも仕入れてくれるだろうさ。――あ、それより放課後、またテアトルでなんか見てかない?」
「お、いいね。――たしか今日明日は、『オーケストラの少女』のニュープリントだったはずだぜ」
「ディアナ・ダービンか! これは行かなきゃ損だ……」
丁々発止にA氏に話を振るのは、同級生の富士野知念。相方のA氏ほどではないにしろ、古典映画好きという点ではなかなかの博識ぶりを誇るものの、生来の大人しさとその紅顔故、女子生徒からちやほやされる、割合大人しい少年でありましたが、もっぱらこの頃はA氏の影響を受け、以前に比べればだいぶ活発になってきたようですから、友人の存在というものはなかなか馬鹿に出来ないようです。
「おや――」
「エーさん、どうかしたの」
A氏がズックの爪先でつんのめるように立ち止まったので、富士野は驚いて視線の先――うっすらとくすんだ窓ガラスの奥へ目を落としました。見れば、A氏の両の眼ははるか真下、住宅街と学校の敷地を隔てている錆まみれのフェンスと、その周りにうっそうと茂る刈り込みの木々の中にぽつんと立つ、二人の女子生徒へと向けられています。
「見てごらん、富士野くん。晩秋のさなかに雑談をするには、ちょっと不向きな光景だとは思わないかい」
言われてみればその通りで、二、三日涼しい天気が続いて、日中もろくに気温が上がらないというのに、彼女たちはマフラーひとつ、手袋ふたつもつけている様子がありません。
「話に夢中で寒くないんじゃない?」
「あり得る話だけど、いくらなんでも――あっ」
A氏が手から三色パンの食べさしを落としそうになったので、富士野は慌ててそれを拾い上げ、再び窓ガラスへ目をやりましたが、ほんのちょっとの間に事態が急転したのに気付いて、富士野はまた、床の上にパンを転げ落としてしまいました。
窓の外で繰り広げられていたのは、遠目から見ても実に激しい、血しぶきが飛んでいても不思議ではなさそうな、実に熾烈な闘いの有様でした。ショートカットの女子生徒は、後ろ髪にそえていたリボンを飛ばし、相手の長い黒髪を乱暴に引っ張って、二、三発の平手を食らわせているではありませんか――。
「エーさん、どうしよう」
「決まってるだろ、こんな面白いこと、加勢しないほうが野暮だ」
「エーさん!」
「冗談冗談、場所は見当ついてる、すぐに止めに入ろう」
ほこりだらけになった三色パンを拾い上げ、恨めしそうに屑籠へ放り込むと、A氏は富士野ともども、一目散に現場へとかけたのでした――。