昼間のアリス
「アリス」
「アリス起きろ。」
「アリス」
「仕事だ。」
目を開くと、電気のついていない部屋の真ん中に立っていた。
感情が何か浮かび上がる前だったが
そのまま手探りで壁を伝って照明のスイッチを探した。
鼻で息をして三回、ふわとお酒の匂いが通り抜けた。
「今日はレモンが入っていたみたいね。」
照明はまだつかない。
「日本酒ベースかしら。ほのかに麹の匂いがする。」
やっと手にらしき凸を得た。
ぱち。
電気を付けるとホテルの一室のようだった。
ややふらついた様な足取りで、部屋を捜索し始めた。
「吸い殻のたくさん入った灰皿。新聞朝刊7社分。記者か何かかしら?」
ローデスクにはほかの情報は何も無いと見ると、今度はベッドへ向かった。
「少しくしゃくしゃ。寝転がった程度ね。よっぽど疲れたいたか、あるいは節操がないみたい。」
ベッドサイドにはライターとタバコ、氷の溶けたロックウィスキーが置いてあった。
「拝借しますね。」
アリスはタバコを一本引き抜くと火を付けた。
ひとつ吸い込むと、あきれた顔でゆっくりと吐き出した。
随分強かった。
それ以上は吸わなかった。
ただ、彼女は代わりに紫煙で全身をいぶすようにゆっくりと匂いを纏った。
「魅力を感じない。」
ベッドに寝転んで彼女は云った。
「ワンダーランドは選べない。」
するとベルが鳴った。
「……動いた。」
ドンドンドン
?「ルームサービスでーす!」
アリスは目で玄関ドアを強く見つめながらドアへ向かった。
ドアアイから除かれたのは背の小さなホテルマンだった。
(自分がついさっき部屋におりったった不審者だとは知らぬそぶりで)ドアを開けた。
背筋の伸びた帽子を目深にかぶったホテルマンが見上げることなくまっすぐ前を見たままこう云った。
「お手紙です!」
「受け取らなきゃいけない?」
「お手紙です!」
「あなた達はそうやっていつも無理につじつまを合わせるんだわ。」
「……。」
「……。」
「お手紙をもらわないと先には進めませんよ。」
「……あきれた。」
手紙を受け取ると、ホテルマンは兵隊のように走って廊下の奥へ消えていった。
「あっちに行くのね。」
アリスは封を開く前に今すぐ彼を追った。
走って行くと、廊下の奥は霧とも煙とも見分けのつかないもやで先が見えなかった。
ためらわずその中を進む。
火災を知らせるけたたましいベルが鳴り響いていた。
冷静をやけどして慌てふためく人たちの叫び声が煙とともにアリスの体を包んだ。
ただ一人、アリスだけはこの煙がたんなるタバコの煙だと分っていた。
止まることなくもやを駆け抜けると、乾いた草原が広がっていた。
「