3.異世界と発明品
良き父はどこに消えたのでしょうか。
僕は今大陸北西に位置するノード王国に居る。ここは僕の知っている世界ではないし、日本もない。この世界では魔法が日常的に使われていて、地球の常識は通じない。僕(44)は、ただ一人、時間にも家族にも置き去りにされた。
幸いな事にこの世界の言葉と字は理解している。これがなければ、意思疎通すら出来なかった。その点はこの力を与えてくれた誰かに感謝している。
だが、それ以外には何も残っていない。僕は無一文で無職で、ただの住所不定の異界人。この状況は非常に不味い。金を稼がねばならない。
しかし、いかなる方法で稼ぐのか。僕には残念ながら魔法素養がないらしい。しかも、44歳だ。現実社会でも再就職が厳しい世代なのに、どうやって異世界で就職するのだ。
(いや、待てよ!ここは異世界……現実世界で知っていた発明などすれば……)
僕は覚えている発明品の作り方を思い出す。こう見えても大学時代は理系で研究室に籠もっていた。何らかの発明品の手掛かりがある筈だ。
「あったぁ!!」
「ど、どうかされましたか、リョウタさん!?」
「何でもないよ、何でもない!」
歳にも関わらず、大声を上げてしまった。アンの居る下の階まで響いてしまったようだ。全くもって大人気ない。
だが、素晴らしい発明品たちを考え出した。この異世界の文明力ではまだ発明されていないだろう『万華鏡』、『銃』、『避雷針』、『鉛筆と消しゴム』などが挙げられる。万華鏡はお土産として売り出せば儲けられるに違いない。あと、残りの3つも専用の設備を作成すれば開発出来る。
しかし、人を殺す発明は好ましくない。すると、万華鏡、避雷針、その他の発明を持ってお金を稼ぐ。賞賛に値する頭の回転の良さだ。これで良い歳のおっさんでも立ち直れる。
アンは頭が弱そうだし、言いくるめれば協力してくれるだろう。稼いで稼ぎまくって異世界で金持ちになってやる。
「よしっ、早速金儲けを始めるぞ!まずはお土産製作だ!鏡を集めて『万華鏡』を作り出すぞ!」
◇◆◇
万華鏡生産に取り組み始めてから、5ヶ月経った。僕の計画は紆余曲折があったものの、概ね成功した。村を超え、ノード全土で売り出している。つまり、金は稼げたし、大儲けだ。
だが、真似をする人間はどこにでも居る。リョウタ万華鏡は、いつの間にか、街中で普通に売られている珍しくもなんともない製品に成り下がった。
このままでは、思った様に稼げなくなる。そこらの行商によりは稼いでいるが、毎日豪勢な食事を頂ける程、まだ金持ちではない。このまま減益すれば生活レベルを下げなくてはならなくなる。
僕は村の住民たちとアンを集めて対策会議を始めた。
「さて、第3回経営会議を始めます!今回の議題は『万華鏡マンネリ化による収益減対応策の検討』です。忌憚なきご意見をお願いします。おっ、早速、アン取締役が手を挙げられました!」
「私は万華鏡ビジネスで溜まった富を用いて、『金貸し』のような新事業に携わるべきだと思います!皆様、いかがでしょうか?」
アンがシスター服を着ていたのも遠い過去。万華鏡の幻想と癒しの世界が、ノード王国を席巻した後、コマンスマン村は空前の大好況期に入り、彼女も万華鏡ビジネスの魔の手から逃れる事が出来なかった。
莫大な富がもたらす金の匂いは敬虔なシスターでさえも堕落させた。アンは今現在、『万華鏡株式会社』の一員で、経営の一角を担っている。
「確かに『金貸し』は更なる富の蓄積に繋がるでしょう。他の取締役陣の意見を伺いたい!」
「ふむ、儂は反対じゃな!金貸し業は利益率は高いものの、恨まれる可能性があるでのう。焼き討ちでもされたら、たまらんわい!」
この会議場で一番年長の老人は『金貸し』に反対と意見を表明した。彼はエマニュエル爺さんとして村の子供たちから親しまれている村長兼守銭奴だ。
エマニュエル爺さんも最初は僕の万華鏡ビジネスを良く思っていなかったが、いつの間にか当社の門を叩き、取締役となっていた。
「賛同1、反対1ですね。他の方はいかがお考えでしょうか?」
「オイラは……部分的に賛成だ。この村で『金貸し』はしたくないが、周辺の街や村々で金貸し業を営めば恨みを買ってもオイラたちの家は守られるからだ!」
ここにも愛すべき金の亡者がいる。ガブリエル、村で農業を営んでいた冴えない男だったが、いち早く僕に協力を表明した事で取締役の椅子を確保した。
人を見る目があるので、人事担当に任命している。
「妾は反対じゃ!村がこれ以上煩くなるのは御免じゃ!取締役として、この領地を治める地主として、反対の意見を投じる!」
派手なドレスを着た美しい貴婦人が優雅な言葉遣いで軽い不快感を表明した。彼女はルイーズ・ド・コマンスマン女男爵。都での贅沢な生活でお金を使い果たしてしまい失意の中里帰りしていたが、万華鏡ビジネスが再び彼女に巨万の富をもたらした。
良き女性で、良き馬鹿、適当に最もらしい事を述べていたら勝手に納得してしまう。つまり、アンの下位互換だ。
「さて、賛成2、反対2。賛否拮抗時における議長権限で僕は反対を投じますので、アン取締役の動議は否決されました!」
「ううっ、やっぱりリョウタさんは酷いです……」
アンが恨み言を口にする。この5ヶ月、正確には、彼女が取締役に就任してから3ヶ月の間、彼女の意見は尽く否決されてきた。もちろん、僕の嫌がらせだ。彼女を虐めるのが楽しいので、やっている。
だが、こんなしょうもない事をしているから、現実世界では『行内セクハラ・パワハラ撲滅委員会』などに告発されて出世の芽が絶たれたのだ。
それを考えると、異世界には守るべき法はあるが、抜け穴だらけだし金を渡せばどうにかなる。なんと素晴らしき世界かな。
「さて、アン取締役の動議は否決されましたが、僕に良い提案があります。『保険制度』の創設です!」
『……保険制度!?』
富の蓄積を続けるにあたっては、万華鏡ビジネスの促進だけでは覚束ない。この富を用いて冒険者ギルドや各種ギルド、一般市民向けの保険制度を設立し、貯まったお金を投資する事で金の循環を加速させるのだ。そして、金持ちになって、僕を見捨てた家族より良い生活を送るのだ。さぁ、異世界商人物語の始まりだ。