表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/77

「幸せ者」のシンシア 後編

~居住区~


 さて、ついカッコつけて「いいものをあげよう」なんて言ってしまったが……実は何も用意していない。


「マルス! 出てこい!」


「はっ!」


「新入りだ。この子に食事の用意をしてやってくれ」


「え、新入……え?」


 勇者は「え、こいつが?」と言う視線を向けてきたが、俺が一睨みするとそそくさと厨房に引きこもった。

 ちなみに勇者は今回の作戦で伝令として使ったあと、奥の方に引っ込ませていた……

 対話の席にこいつを連れてきても、相手につけこまれるだけで何の役にも立たないと思ったからだ。特にあの女魔術師みたいなのがいる席では。


「さぁ、こっちだ」


 俺は少女を水瓶の前に連れていき、桶と手ぬぐいを渡した。


「すまないが地下では火も水もとても貴重でね。すすや湿気が出るし、換気状態も排水性も酷く悪いんだ……お湯がなくてすまないが、これで体を拭きなさい。トイレはあちらの壺で行うように」


「え? え? あ、あの……はい」


 体の方は明日近くの川に連れて行ってあげるとして……着る者がボロボロ過ぎるな。と、言っても少女用の服なんてある訳ないし……

 と、そこで行商人の積み荷の中に、絹の反物があったのを思い出す。

 ふむ、かなり高価な品だが別に構わんだろう。どうせ換金が出来るようになるのはもっとずっと先だ。


 反物を取り出して、身に纏えるように取り繕う。

 サイズは大体こんなものか、適当な大きさに切って、頭を出す穴を空ける。

 幸い腰ひもには事欠かない。準備が出来ると丁度少女が声をかけてきた。


「あ、あの……ご主人様、拭き終わり……ました……」


 肌から水分を吸収して少し顔色が良くなっている。


「よし、綺麗になったな。ではこれを着なさい。終わったらまた声をかけるように」


 布と腰ひもを差し出すと、布に手が触れた瞬間、少女が目を見開いた。


「こ、これは!? 魔道具か何かでしょうか? 柔らかくて……つるっつるのピカピカです!」


 俺は少し笑いそうになって答えた。


「それは絹だよ」


 少女は更に驚いて布をつき返そうとしてくる。


「絹!? い、いけませんそんなものを私に触れさせては! 汚れてしまいます!」


 グイグイと突き返そうとしてくる少女がなんだか微笑ましくて、俺はポンポンと頭を撫でた。


「いいから着なさい。それしかないんだ。村を襲ったらまたちゃんとした服を用意してあげよう」


 一度退出して少女に着替えさせる。古い方のボロ布は捨ててしまっていいな。

 再び部屋に戻ると、少女は少し顔を赤らめて照れた様子でもじもじしていた。


「ほう。いいじゃないか。古代の巫女さんのようだ」


 と、言っても所詮ただの布でしかない。横から見るとスケスケなので大人の女性に着せるには問題ありそうだが……まぁ子供だし十分だろう。


「あ、あの! ありがとうございます!」


 いちいち反応が一生懸命で初々しい。続けて彼女を食事の席に誘導した。


-------------------------------



「……ふわぁ……」


 用意させたメニューはパンにチーズに干し肉にサラダにリンゴ、そして水……

 うむ、面目ない。火も水もとても貴重なんだ。

 こんな貧相な食事にも拘わらず、少女はまるで王都の高級菓子店に連れてこられた子供のように感嘆していた。


「お……美味しい、かね?」


コクンコクンコクンコクン!


「美味しい! ……です。美味しいですよこれは!」


 うわぁ……普段何食べてたんだ……少女は実に美味しそうに……と、言うかガッつきながらハムハムと食べていた。


「寝るときはあちらの寝床を使いなさい」


 荷台をバラシて布を張ったマルスの寝床を指さすと、少女はリスみたいに頬っぺたを膨らませたまま振り向いた。

 遺跡に備え付けてあったベッドはクモの巣が張り、木も布もボロボロになっていてとても寝具としては使えない。


「ひょ、ひょんな! ……うぐ、もぐもぐ。 そんな! 私は床で構いませんので」


 口にものを入れたまま喋りかけて、ハッとする少女。だんだん表情が豊かになってくるのが可愛い。本来の性格が出てきたんだろうか。


「いいんだよ。私にベッドは必要ないからね。君が使おうが使うまいが誰も困らない……っと、マルス!」


「はっ!」


「お前には今日から特別に奥の大祭壇で私の隣で寝る事を許す。護衛のスケルトンも一緒だ」


「はっ……え、えぇ!?」


「光栄に思え」


「ひっ、はっ…………ははぁっ! ありがたき幸せ」 


 勇者はとてもひきつった笑顔で下がっていった。


----------------------------------


「あ、あの…………」


 少女が食べ終わったのを見て、口を拭うための布を差し出す。


「あ、すいません。 あの……ご主人様はどうして私に良くしてくださるのでしょう?」


 ………………


 ふむ、難しい質問だな。少なくとも戦力目的ではないし……

 「君に興味が湧いたから」??? いやいや、なんか別の意味にとられそうだ。


「ふふ……くすくす。アハハ」


 返答に詰まっていると、急に少女が笑い出した。


「ふっ……ぐふっ、も、申し訳ありません。ご主人様があんまり困った顔をなさいますので……」


 少女は弁解しながらも、頬っぺたをパンパンにして必死に笑いを堪えていた。

 困った顔? 俺が? 眉もなければ眉間もない。ほっぺたも何もないのだが……


「……わかるのかね?」


 質問すると、少女は「ブッ!」と吹き出してしまった。

 ぐっ……また困った顔をしてしまっていたのか。ガイコツが困った顔をすると、彼女のツボに入るらしい。


 少女は謝罪の言葉を述べながらしばらく呼吸を整えたあと、笑い過ぎて滲み出た涙を拭って言った。


「わかる……と、思います。私、人間の表情はあまりよくわかりませんが、ご主人様のはなんだかわかる気がするのです」


 少女はとても柔らかな笑顔で言った。最初は死んだような目をしていたが、こんな顔も出来たのか。



「そうか、顔に出ていたのか……自分では気付かないものだな」


「ふふふ、今も笑っていらっしゃいますね。やっぱりご主人様はよく笑ってらっしゃる気がします」


 え、そうなのか? マルスやスケルトンに笑いかけた覚えなんかないんだが……



「そうだろうか……君の前だとそうなるのかな?」


「え? あ、あの、それって……」


「ん?」


 少女は驚いたり、困った顔をしたり、それらを組み合わせたり……随分と目まぐるしく表情を変化させた。

 ……あれ、また何か変なこと言っただろうか?


「あ、あの、ご無礼を承知でお伺いします。もし私の存在が少しでもお慰みになるのでしたら……どうか私をここに置いてくれませんか? 如何様に使っていただいても喜んでお受けいたします」


 どう使っても……と、言っても戦力にはなるまい。

 だが彼女を置いておくことに異論はなかった。理由はわからないがなんとなく気に入っているのだ。

 それに、この子ならどのみち裏切ったところで大した事は出来ないように思う。


「エルバアルだ。よろしく頼む」


「シンシアと申します。よろしくお願いいたしますね、エルバアル様」


 シンシア……「誠実な」「心からの」と言う意味の、古き異教の神の名だ。

 その名の通り、彼女は「心からの幸せ」と言わんばかりの笑顔を見せてくれた。


--------------------------------


~翌日~



「やめろぉ! やめて、やめておくれ! なんでもする! なんでもするから!」


 女魔術師の服を剥いで、拷問室にあるX字状の拘束台に縛り付ける。


「チクショウ! アタシは……アタシはこんなとこで終わっていいヤツなんかじゃ……!」


 魂を固定しながら肉を剥いでいってスケルトンにする。肉はまとめておいて後で肉団子に食わせる。

 そして完成したのがこちらだ。



「おぉ、良いじゃないか」


 完成したスケルトンメイジに魔術を使わせると、触媒となるねじくれた鋼線に明りが灯った。

 いいぞ、これでだいぶ火種を作るのも楽になるな。あんまり地下で長時間松明を燃やしておく訳にはいかんからな……

 スケルトンメイジの作成にはかなり魔力と魂を持っていかれたが、十分お釣りがくるだろう。


 正直なところ、彼女を仲間にするかアンデッドにするかは凄く迷った。

 戦力的な意味で言えば生身のまま使った方が強力。勇者よりはよほど頭も良い。が……面接を重ねた結果、どうしても不信感を拭えずに見送った。

 そういう意味では勇者が一番信用ならないのだが、ヤツについてはおいおい説明するとしよう。


 今回の件でスケルトンが10体ほど増えて、全部で22体となった。それに加えてスケルトンメイジが一体。

 そろそろ近くの村を襲えなくもない数だ。状況を整理しながら今後の展望を鑑みる。


 これだけの数の調査隊が帰還しなかったとなれば、次はかなりの大部隊が送られてくるだろう。

 最悪、勇者パーティーのメンバーが送られてくるかもしれない。

 それまでには村を襲って魂の力を大量に補充しておきたいところだ。トラップを設置するための物資も欲しい。ただ…………



「勝てるには勝てるだろうが……全員逃がさずに、となるともうひと手間欲しいな……」



 壁に映った自分の影を見つめる。

 俺は次の一手を決めかねていた……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ