「幸せ者」のシンシア 中編
(エルバアル視点)
「やぁ、みなさん。私はこの家の主人のエルバアルと言うものだ。今日はどう言ったご用件かな?」
俺が名乗り出て奥から歩みよると、まだ動ける者達が驚愕に目を見開いた。歯をガタガタと鳴らしている。
「とりあえずここは狭いな……武器を捨ててこちらへ来てもらえるだろうか?」
スケルトンが槍で小突くと、連中は慌てて両手をあげて指示に従おうとした。動けるものより動けないものの方が多く、作業は難航したが……
「さて、改めてご挨拶を……と、その前に一応縛らせてもらおうか。一応不法侵入者なのでね」
石棺のある広場に移り、動けるものから順に縄で縛らせていく……
と、その中に年端もいかない少女が混じっている事に気付いた。
なんだこいつは? 随分と身なりが汚れている。
この場に似つかわしくない少女に気を取られていると、別の方向から悲鳴があがった。
「ヒィィ! わ、私に触るなぁ! 神よ。あぁ、神よ。どうかこの不浄なるものどもに今すぐ裁きを! そして私をお救いたまへぇぇぇ」
少し装備の良い男が両手を組んで祈りだした。……バカなのかこいつは?
だがまぁ、よその宗教の神殿に勝手に忍び込んで「不浄なるものども」とは良い度胸をしている。
俺が近寄ると男は更に悲鳴をあげた。
「や、やめろぉ! 来るな! 寄るな! うわぁぁぁ!!」
男の首に手を触れると、賢者の石がキィィンと音を立てる。
うむ、こいつは要らんな。スケルトンにする価値もない。魂を吸い取ると男は静かに息を引き取った。
それを見て他の者たちがより一層静まり返る。
「さて。私は見ての通りの化け物だが、対話能力をかろうじて保っていてね。君達はどうだ? 話の通じるものはいるのかね?」
「なにが……言いたいんだい?」
気の強そうな女が問い返してくる。恐らく身なり的にこいつが魔術師だろう。
「私は有能な人材を募集している。報告によると魔術師が混じっているとの事だが……」
「あぁ、そういう……」
魔術師らしき女は口角をあげて不敵に笑った。
「それならアタシだよ。お望みとあらば腕前を披露して見せようか? 他にも色々とお役に立てると思うよ。もしあんたに人間みたいな性欲があるんなら、なおさら、さ……」
女はしなを作って上目遣いで微笑んできた。が、耳障りな横やりが入って顔をしかめる。
「はいはいはいはいはい! そういう事なら俺ですぜ旦那! ぶっちゃけ、このボンクラども全員集めたのより遥かにお役に立ちまさぁ! 偵察、諜報、暗殺にトラップの解除までなんでもお任せですよ!」
「それは素晴らしいな。だが、そのわりには随分といいようにしてやられたように見えるが……」
こんな状況と言うのにエラく明るく調子の良い事を言う男の様子に、つい苦笑してしまいそうになる。
「そいつはさっきくたばったあの無能隊長のせいでさぁ! 仕えるべき主人に仕えりゃあ万倍働きますよあっしは!」
「そ、それなら俺は槍が得意です!」
「お、俺は大根を甘く育てる事に関しちゃ右に出るものがいないって評判で……」
「鶏捕まえるの得意ですよ僕!」
早口でまくしたてるシーフ風の男に感化されたのか、捕らえられた男達が次々と名乗り出る。
そんな中、1人だけ口を閉ざした女の子の事がふと気になった。
「君はどうかな? どうしてこんなところにいるんだい?」
「あー、ダメですダメです。そいつは口が聞けないんですよ。全く、何の役にも立ちゃしねぇんだから……」
シーフ風の男が再び割り込んでくる。だが、その忠告は即座に否定された。
「あなたも…………」
「……え?」
少女が口を開いたのに驚いてシーフ風の男を振り返ると、ヤツも本気で驚いた顔をしていた。
「あなたも……いじめるの?」
黒髪の少女に向き直る。
なんだろう。俺はこの子の視線に底知れぬ何かを感じている。
俺は現在進行形の茶番も忘れてつい本音で答えてしまった。
「いじめないよ……ただ優しく殺すだけ。人間は信用出来ないからね。骨にしないと仲間になれないんだ」
「全員?」
「あぁ、そうだよ」
「ちょっ!?」
「どういう事だい!?」
途端にその他大勢がざわめきだす。口々に何か言っていたが、まるで耳に入ってこなかった。
「1つ……聞いていいかな。今まで黙っていたんだろう? なぜ私には口を開いたんだい?」
少女の瞳を見ると吸い込まれそうになる。他のやつらは気にしていないらしい。だが、その瞳は確実に深い闇をたたえていた……
「悪いヤツを……やっつけてくれたから」
「悪いヤツ?」
少女は顔を俺に向けたままで、シーフ風の男に目線を向けた。
「あの男が……憎いのかい?」
少女が無言でコクンと頷くと、男は唾を飛ばしながらくってかかった。
「やいやいやい! テメェ、ふざけんじゃねぇぞこのクズが! 誰がメシ食わせてやったと思ってんだ、あぁ!?」
「………………」
無言で少女と男を見比べる。男の方は大体底が知れてるな……だが、この子の方は……
ハッキリ言って戦力になるとは到底思えない。だがそんな事とは関係なく、俺はこの無力な少女の復讐に興味を持ってしまっていた。
「わかった……では今からこの男を好きにしていい」
「ちょっと、旦那!?」
俺は自ら少女の捕縛を解いてやる。
「ありがとう…………ございます」
少女は一言告げてから頭を小さく下げて、トタタっと駆け出し……シーフ風の男の前に対峙した。
「このクズが。最後の最後までとんだロクデナシだよお前は! せっかく拾ってやった恩も忘れやがって」
男と少女が睨み合う。男は恐ろしく暴力的な形相をしていたが、少女は毅然と立ち向かった。
「この……っ!」
ポコッ ポコッ ポコッ ポコッ
少女が拳を振り上げて男の顔を何度も殴りつける。だがまるで効いた様子はない、それどころか……
ガリッ!
「あぅっ!!」
男は少女の手を丸呑みして噛みついたのだ。少女がひるんで涙を浮かべる。
俺は慌てて無詠唱で回復魔法をかけた。だが継続してギリリと噛まれている手は激痛を訴えているはずだ。
理由もわからずに俺は手を出しかけ、そして理由もわからずにひっこめた。
少女が、キッと涙を飛ばし、反対の手で攻撃を再開したからだ。
「叩かれるのが……嫌だった。バカと呼ばれるのが嫌だった。グズと呼ばれるのが嫌だった。ノロマと呼ばれるのが嫌だった。乱暴に水をかけられるのが嫌だった。体をまさぐられるのが嫌だった……!」
ポコッ! ポコッ! ポコッ!
ギリ ギリ ガリリ
再度回復魔法をかける。そして少女は殴り続けた。
「ひっぐ! うぐ! うぇぇ!! お前なんて嫌いだぁ。死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえぇ!!」
少女は手をかみ砕かれる痛みも忘れて、一心不乱に殴り続けた。殴って、殴って……
「もういい!!」
決して終わりなど来ない事を悟って俺は止めた。
「口に咥えてるものを離せゲス野郎」
ガスッ!
俺は男の喉を掴んで無理矢理少女の手を吐き出させた。
すぐに回復魔法をかけてやる。少し跡が残ってしまうかもしれないが、後遺症は残らないだろう。
「そんなやり方ではラチがあかない。私の手を握りなさい」
「うぐぉ!?」
俺は男を蹴り倒して踏みつけると、尖った人差し指を喉に突き付けた。
少女は俺の顔を覗き込んでから、おずおずと両手で俺の手を握った。
「さぁ、そのまま下ろしなさい。ただし、自分の力でやるんだ」
ズッ ズッ ズッ
右手の指が男の喉に食い込んでいく。
「やめろぉチクショウ! ふざけんな! ぶっころすぞテメェ!」
男は暴れようとするが、俺の足がそれを許さない。少女もまた、怒声に怯む事はなかった。
ズッ ズッ ズッ
「やめろ! わ、悪かった! 俺が悪かったから! 謝る! あやま……ごっ……ぅごごっ……!」
ズッズッ……ブツン!
「ごばぁっ!」
そして男は口から血を吐き出して息絶えた……
「ひっぐ、ひっぐ……う”ぇ……う”う”う”う”う”……」
少女は俺の手を握ったまま、泣きじゃくっていた。
「…………気は晴れたかな?」
俺の問いに、少女は小さな顔をフルフルと振った。
「わがんない……わかんない……です……」
「そうか。では、この中に助けたい者はいるかな?」
「そんなのいない…… みんな……みんな大嫌い!」
捕らわれた者達が口々に抗議の声をあげる。俺はスケルトン達に槍を突きつけさせて、それを制止した。
「そうか……君も人間が嫌いなんだね……」
俺はニコリと笑った……つもりだった。一瞬遅れて、今の自分が表情筋すらないガイコツの化け物だった事に気付く。
『しまった、この顔では恐がらせてしまうだけか……』
だが当の本人は怖気づくことはなく、ただただきょとんとしていた。
……良いじゃないかこの子。よしよし、気に入った。気に入ったぞ。
俺はスケルトンに捕虜を見張るよう指示を出して、少女の手の握った。
「さぁ、奥の部屋に来なさい。君に……いいものをあげよう」




