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「幸せ者」のシンシア 前編

更新遅れました、すいません!

~それから半月あまり~



「おい、聞いたか?」


「あぁ、今月に入ってもう十人目だぞ……」


「ここに来るはずの行商人も、何人か姿を消してるらしい。一体どうなってんのかねぇ?」


 

 村では、住民が次々と姿を消す謎の連続失踪事件の話で持ち切りだった。

 そんな折、仮面をつけた奇妙な男についての通報が入る。なんでも失踪者が出始めるのと同じ頃に酒場に現れ、荒野の奥の遺跡に人々を誘い込むような話をしていたらしい。

 村の警備隊長は賞金稼ぎの男と魔術師の女を雇い、隊員達を率いて遺跡の調査に向かったのだが……




「どうだ? 中の様子は?」


 隊長の問いかけに、雇われ賞金稼ぎのオーサンが首を振った。


「人の出入りがあるのは間違いありやせん。旦那、こいつはいけねぇや。足跡が綺麗に拭き取られてやがる。ただの山賊じゃありません。撤退して、領主様に大部隊を寄越すよう要請しておくんなせぇ」


「おいおい、ふざけてるのか? 賊の姿も見ずに撤退などしたら、なんのために来たのかわからないじゃいないか」


「旦那ぁ。敵の姿が見えんから申しとるのです。ただの洞窟なら煙で燻し出すなりなんなり手もありますが、この迷宮はかなり深い……奥まで入り込んだら撤退しようにも統率がとれませんぜ」


 賞金稼ぎは中に入るのを嫌がったが、隊長は頑として譲らなかった。味方に魔術師がいることもあって、気が大きくなっていたのだ。


「応援の要請をするにも、敵の数の見当もつかんのでは報告も出来ん。まずは我々で調べられるところまで調査せねば。嫌なら帰ってもらってもいいんだぞ? 当然、ビタ一文払わんがな」


「ぐっ…………ちっ、おススメはしませんよ……ほら、いけ!」


 賞金稼ぎの男は奴隷の少女にカンテラを持たせて、奥へと進ませる。

 迷宮には無味無臭の毒ガスなど、警戒しにくい罠も多い。鳴子を引っ掛けて敵に気付かれるリスクもあったが、やむを得ない処置だった。


「あんな小さい子を捨て駒に使うなんて……クズみたいな男だねぇ」


「うるせぇな。人にのやり方にケチつけんじゃねぇ。口が聞けねぇ犯罪奴隷なんざ、囮くらいにしか使い道ねぇだろうがよ」


 魔術師の女が賞金稼ぎの男に軽蔑した視線を送る。だが、かと言って危険な哨戒任務に当たる少女を気遣う風は見られない。

 他の男達も同様だ。何故なら彼女の立場からすれば、この扱いは当然の事として認識されているからだ。



 シンシアは犯罪奴隷である。美しい黒髪の少女として生まれたが、両親はともに金髪だった。

 実際にはただの先祖返りで、彼女は間違いなく両親の子だ。だが無知な父親が母親の不貞を疑い、自身もまた他の女に走った事で一家は泥沼の様相を呈する。 

 ハッキリとした離婚すらせずに一家は空中分解していき、最後は親戚などに預けられる事もなく文字通り道端に捨てられてしまった。


 事情をよく知らない村人達は、不幸を呼ぶ呪い子だと言う噂だけを根拠として彼女に辛くあたった。

 やがて心を閉ざしたシンシアは話すと言う事を辞めてしまうようになる。

 そして空腹に耐えかねた事で盗みを働き、このような扱いになってしまった。



 奴隷の少女は周囲の安全を確認して、教えられたハンドサインで誘導する。

 警備隊の兵士達、賞金稼ぎ、魔術師、そして有志で集まった村人達が、ガチャガチャと足音を立てて奥へと進む。


 と、突然シンシアが通路で何かを発見した。それはリンゴの入ったカゴと……たまねぎの入ったカゴだった。


「やっぱり中に誰かいやがるな……恐らく、襲われた行商人から奪ったものでしょう」


「なぜこんな入口の方に食料が?」


「恐らく運び込む前だったんでしょう。結構浅いところに住み着いてるのかもしれません。迷宮ってのは換気が通ってねぇと潜んでる側にも危険ですからね……注意してください」




「に、してもバチあたりな賊どもだねぇ。仏さんと一緒に寝るようなやつらの気がしれないよ」


 更に奥へと進みながら、魔術師の女が怪訝な顔をして視線を横に向ける。

 壁には2段ベッドのような形の窪みが空いていて、中には真っ白な全身骨格が横たわっていた。



 奴隷の少女に安全を確認させながら奥へと進むが、そのあとは特に目立ったものは何もなかった。

 石棺の横たわる広場を抜け、更に通路を奥に進む。


 途中、分かれ道を進んだ先で奇妙な祭壇を発見した。

 右手を上に、左手を下に掲げ、黒山羊の頭とカラスのような羽を持った像が祀られている。


「…………邪教徒どもが……」


 村人の1人が吐き捨てるように言った。


「ここは邪教徒の神殿だったのか……これは、賊の件とは別件にしても破壊しておいた方がいいかもしれんな」


 教会の教えでは偶像崇拝を禁止しており、唯一神以外の存在を認めていない。故に教会は異教の神々を全て悪魔と断定し、積極的にその信者を拷問にかけて改宗させていた。




「引き返しやしょう。どうやらここは行き止ま……なんだありゃぁ!!?」


 賞金稼ぎの言葉に全員が振り返り……息を呑んだ。

 人は未知のものと遭遇した時、全員が全員面白いほどに同じ行動をとる。硬直して、動けなくなるのだ。


 それはガシャガシャと音をたてて、実に不器用な走り方で突っ込んできた。

 火のついたシーツのようなものを全身に身に纏った……骨だけの人間が。


「うぉぉぉぉぉ!?」


 盾を構えて隊列を組み、部屋の入り口を塞いでくれる者など誰もいなかった。そのせいで敵の企みを許してしまった。

 スケルトンが自身の体を崩壊させながら侵入者達の群れに思い切り飛び込む。村人達の衣服に炎が延焼してパニックが加速した。


「なんだこいつぁ!?」


「消せ! 消せぇ!」


 隊員達が慌てて消化しようとするが、化け物は一体だけではなかった。

 後続のスケルトンが2体がかりでベッドを運んできて壁にたてかける。そして、松明と弓矢を持ってきたもう一体のスケルトンがそれに火をつけた。


ドシュ! ドシュ! ドシュ!


 燃え盛る簡易バリケードを盾にしてスケルトン達が矢を放ってくる。

 それはヤジリを骨で作った簡素なものであったが、室内でごった返していた侵入者達には大きな脅威となった。


「ひるむな! 撃てぇ! 撃ち返せ!」


 冷静に考えれば、相手が一方的にバリケードを立てている状態での撃ち合いは愚策だ。

 しかし隊長は突撃したくないと言う感情に従って消極策を指示し……それは裏目に出た。


ドスドスドス ドスドスドスドスドス!


「駄目です隊長! この位置では……ごっほごほ!」


 スケルトンに対して弓矢は効果が薄い。しかもどんどんと煙が室内に充満してさらに視界が遮られる。


「旦那ぁ! なにやってんだ! 早く盾持ちのやつらを突撃させろ!」


 賞金稼ぎの男が奴隷の少女を盾にして叫ぶ。その横で女魔術師は詠唱を続けていた。


「……爆ぜろ。我が牙となりて喉笛に食らいつけ…… ゆけっ! カラク木の枯れ枝!」


 魔術師が触媒に魔力を込めると、木の枝が黄色く光る。

 女は部屋の入口の角から一瞬顔を覗かせ、燃え盛るベッドに向かって投擲した。


ズドン!


 腹にズシンとくる振動音。少し遅れて耳がキーンとなる。

 投擲された魔術が燃え盛るバリケードを吹き飛ばし、バラバラになったベッドはその炎を小さくしていた。


「やったぞ!」


「あいつら、逃げていきやがりますぜ!」


 窮地を脱した事で歓声が上がる。だが、隊員達は煙を吸い、火傷を負い、矢傷を受けて随分な有様となっていた。


「隊長、これ以上は……」


「うむ、やむを得ん。引き返さざるをえんな……」


 怪我の状況を確認して隊列を組みなおす。自力で歩けない者、それを背負う者。たった数分の出来事にも拘わらず、戦力は半分以下になっていた。


-------------------------------------


「ったく! だから俺は反対だったんだ!」


 帰りの間、賞金稼ぎの男はわざと聞こえるような声で延々と悪態をついていた。

 隊員達は無益な雑音を繰り返すこの男と、判断力に欠ける隊長の両方にうんざりしていたが、我慢して聞き流していた。

 だが、確実に集中力はそがれていたのだろう。行きの時は両脇の壁に横たわっていた白骨死体が消えている事に気付く者はいなかった。



「外だぁ! 地上に戻れるぞぉ!」


 長い階段を登り、地上の光が見える。


「あぁ、やれやれ。本当にひどい目にあったな……」


 日の光に隊員達が安堵しかけた瞬間、白い骨の怪物が入口の影から顔を出した。


「うおぁぁぁぁ!?」


 戦と言うのは基本的に上をとったものが強い。特に閉所の階段ともあればそれはもう圧倒的な差となる。

 スケルトンが投げつけてきたのは紛れもなくただのリンゴだった。だが、転がり飛び跳ねながら加速して向かってくるそれは大きな脅威となった。


「邪魔だよ! どいておくれ!」


 一番まずいのが魔術師をはじめとした戦闘員を後方に置いていた事である。敵は奥の方にいると言う思い込みが仇となった。

 この時もまた、隊長は退くべきか進むべきか指示を出せなかった。そして前衛が襲い来るリンゴに苦戦してる間に、たまねぎのカゴは勢いよく燃え盛ってしまった。



 スケルトンが階段の入り口に木板を並べて簡易スロープを作る。襲った行商人の荷台をバラシて用意していたものだ。

 そして発射台にたまねぎのカゴを勢いよく流し込むと、それは燃え盛る火の玉となって侵入者達を襲った。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!?」


 人間がどれほど火を使う事に慣れようとも、心の底にある火への恐れは完全には消えない。

 大量に突撃してくる火の玉に前衛が体勢を崩し、あとはもうなし崩し的に雪崩れていった。


ズダダダダダダダダ!!


 階段や壁に何度も全身を打ち付けながら侵入者達がリンゴやたまねぎと一緒に転げ落ちていく。

 それだけで死んでしまいかねない大ダメージを負った彼らに、階段の出口で待ち受けていたスケルトン達が槍を突きつける。

 もはや抵抗しようとする気力は、誰にも残っていなかった……

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