邪神
◆◆◆◆
誰も其の名を呼んではならない
其れはあらゆる規律を冒涜し、秩序を嘲笑い、人々を狂気へ導く無貌の神。
かつて楽園にいた人類は其の革新的な技術に魅せられ、堕落し、永劫に消えぬ烙印を刻まれた。
名を変え、時を超え、蛇のように脱皮を繰り返し。幾千の罪の影に這い寄る名状しがたき混沌。
其の、真の名は……
◆◆◆◆
「ハァ……ハァ……うっ!」
ガシャガシャガシャガシャガシャ!
壱号の背に乗った俺とシンシアを、凄まじい振動と衝撃が襲う。
背に乗せている者への配慮を一切忘れた、初めて見るケンタウロス形態での本気の走り。
「ご主人様…… カーミラさん。大丈夫ですよね? 大丈夫ですよね?」
振り落とされないように必死でしがみつく俺に、更にしがみつく形でシンシアが泣きそうな声をあげる。
「大丈夫さ…… あいつがそんな簡単にやられる訳ないだろ」
そうだ。あいつは強いんだ。
だからきっと大丈夫なはず。
なのにどうしてだろう。俺の心の中は黒い霧のような不安で息が詰まりそうだった。
「………………」
『そうであろう! そうであろう! 我は凄いであろう!?』
ふと、あいつの生意気な笑顔が脳裏に蘇る。
よせよ、縁起でもない……なんか……走馬燈みたいじゃないか。
『ワーッハッハッハ! またひっかかったな! やーいやーい! アホが見ーるー♪ ブタのケーツー♪』
だから……よせって
『かーふぃ??? やれやれ、またマグダレーネのやつが怪しげな漂流物を……って!!! にっがぁぁぁぁぁ!!!!!!?』
なんで……こんな……思い出が……
壱号は小石を跳ね飛ばし、草葉を切り裂いて昼夜を問わず走り抜けた。
そして、目的地に着いた俺達の眼前に飛び込んできたのは…………
「う……うそだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
カーミラは……死んでいた……
首をもがれ、頭部を割られ、白濁した目を開けて串刺しにされていた。
手、足、胴体もそれぞれバラバラに地面に突き立てた槍のような木の棒の先に串刺しにされている。
「そ、そんな……」
シンシアがガックリと崩れ落ちて膝をつく。
「いやだ……いやだよぅ。カーミラさん……カーミラさぁん……」
シンシアが泣いた。声をあげて泣いた。
コロス……コロシテヤル……!!!
俺は薄情者だ。
一族のためだなんだと言いながら、結局はまわりに流されて動いているだけのような男だ。
でも、あいつは……カーミラは……
バカで、生意気で、ちんちくりんだったけど……
友達だった……!
友達だったんだよ!!!!
パァァァァ!!
その時、カーミラの死体が光り輝いて中から黒い霧のようなものが吹きだした。
霧は集まり、真っ赤な血液となり……そしてシンシアのまわりをグルグル回ったかと思うと、鈍い光を放ってコウモリの羽のような形となる。
「カーミラ……さん?」
頬を涙が伝い、シンシアが立ち上がる。
「わかった……わかりました……行きましょう。一緒に……」
「あぁ……俺も一緒だ。悪いやつを……やっつけに行こう!」
俺とシンシアはきつく抱き合った。
もう大義名分も今後の策略もどうでもいい。
カーディスに戻ったらすぐ俺について来てくれるものだけを集めてシャルロッテを殺しに行くはずだった。
だが……そこにヤツが現れたんだ。
◆◆◆◆
空間に暗い渦のような穴があいた……と、思う。
思う、と言うのは振り返る事が出来なかったからだ。
あるいは初めからそこにいたのかもしれない。
ソレは音を立てて這い寄ってきた。
ぞるり。ぞるりと冒涜的な悪寒を吐き散らしながら、硬直する俺の背後に這い寄ってくる。
ぞるり
ぞるり
足跡が腐り、そこに溜まった真っ黒な瘴気から……頭のおかしなミミズやダンゴムシが顔を出して、聞くに堪えない笑い声をあげる。
待てよ。俺は振り返っていないのになぜわかる? 視点が狂っているんだ。ヤツが一歩近づくごとに、俺の正気が削られていく。
ポン。と後ろから肩に手を乗せられて。俺は小さく悲鳴をあげた。
間違いない。この気配…… マグダレーネが滅茶苦茶怒っている。
「ねぇ…… カーミラちゃん殺ったの誰?」
それはあまりにも名状しがたき声だった。
その邪悪な怒りを言葉に書き記す事が出来た者がいたとしたら……既にその者は人間ではない。
「私も混ぜなさいよ……久々に、キレそうなんだけど……」
ここから先はあってはならない物語。
決して表舞台に出てくることを許されなかった、禁断の魔女が名乗りをあげる。
思い知れ。そして後悔するが良い。
シャルロッテ……お前はやり過ぎた…………




