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心なき天使 後編

「シャルロッテ。違う、違うんだ。私はただ……」


 剣を向けられて呆然と立ち尽くす公爵。シャルロッテはビキビキと傷口を凍りつかせ、突き刺さった短剣ごと無理矢理出血を抑えた。


「まさか……無傷で取り押さえようとしたとでも? くふふふふ。出来る訳ないですよ。本当に……私のこと何にもわかってないのですね」


 脇腹を抑え、脂汗を滲ませるその姿は痛々しい。王国最強の魔法使いと言えど、肉体的な強さは並みの兵士とさほど変わらない。

 重傷である事を隠す事は出来ない。だが、それでも彼女は笑みを崩さなかった。

 隙を見せればつけ入れられる。状況が悪化すれば、手元に残った4人もいつ自分に剣を向けるかわからないのだ。


 シャルロッテは口を開く。あくまで尊大な態度を崩さずに。


「……もしかして……怪物に喰わせた人質の死体から嗅ぎ付けられちゃったです?」


「……男爵が全て話してくれたよ。計画の事もな。 ……なぜあんな事を? 彼はお前の命令に忠実に従っていたと言っていたぞ」


「なぜ……? あぁ、ごめんねさいね。別に意味なんてないんですよ。ただちょっと、手ごろな死体が欲しくて……でも少し雑過ぎたですかね。まさかこんなに早く嗅ぎつけられるとは思いませんでした。アハハハハ」


「……っ!」


 まるで悪夢のようだと思った。

 『誰でも良かった』なんて理由で娘が笑いながら人を殺している。知ってはいるつもりだったが、直視しようとすると眩暈がする。

 その笑みが。独白が。どす黒い悪意が悪霊のように公爵の胸を通り抜ける。

 

 だが、公爵は前を向いた。

 犠牲になった者達への申し訳なさと罪悪感を両手に抱え、膝を震わせながら呟いた。


「帰ろう……」


「……は?」


 シャルロッテは口をポカンと開けて、公爵の顔をまじまじと見つめた。急に何を言い出したのかと思ったのだ。


「もう十分じゃないか……帰ろう。お家に帰ろう。

 思えば仕事仕事で親子らしい時間なんてロクにとってやれなかったな。

 天才と呼ばれ、周囲を驚かせ続けたお前に……過度な期待も背負わせてしまった。

 でも、もういいんだ。お前は十分強くなったよ。それに賢くて美しい娘になった。

 きっと幸せになれるよ。罪なら父さんが一緒に被ってやる。だから……」



「ラーヴァ エロ ゼル……」



「父上ぇぇぇ!!」



 呪文と共に形成される極太の黒針。

 次男は咄嗟に剣を振りかぶって前に出た。



「ディアドジーガ」



バシュォッ!! ガキィィィィン!!!



「ぐぁっ! な、なんて威力だ!!」



 高速で放たれた魔法の黒針を、次男がかろうじて叩き割る。

 錬金術師である長男が特殊な処理を施した対魔法剣に一撃でヒビが入り、次男はギョっと目を剥いた。


 手のしびれを無理矢理抑え込んでシャルロッテの方を見る。

 すると彼女は右手を突き出したまま下を向いて何かを呟いていた。



「わからないですよ。お前達には……ただメシを食ってクソを出し、セックスして寝れば満足してしまうような生き物には……」


 それはまるで怨念のこもった呪詛のようだった。剥き出しにされた邪悪な気配に、空気がぬめり気を帯びたような錯覚を覚える。


「お前達には一生わからないですよ。地に這いつくばり、下を見ることしか知らない獣には。

 でも私は違う。2本の足で立ち、地の低さと空の高さを思い知った。

 なぜ誰もマグダレーネに挑もうとしないのです? 彼女はいつも手を伸ばせば届く位置にいるのに。

 高い山があれば登ろうとする。深い海があれば潜ろうとする。それが人間ですよ。そして私は……どうしようもないほどにヒトなのです」


「お、おまえ。まだそんな事を……」


 公爵は思わず困惑した表情を浮かべてしまった。それが娘と自分を分け隔てる決定的な亀裂だとも知らずに。


 確かに子供の頃『世界一の魔法使いになりたい』なんて言っていた覚えはある。

 そして、娘が『世界二位の魔法使い』『王国最強』と言った呼ばれ方を好まない事も。


 だが、それは大人になるにつれて解消されるものだと思っていた。

 魔法の森の魔女はそもそも存在自体が別世界の住人だ。誰も彼女に挑もうとする者などいない。


「お父様も見てきたですよね? サラやマルスのように、特別な力を自分だけのために使う事がどれほど醜いことかを。

 私の力をもってすれば必要十分な財を成す事など容易なこと。ですがそれは許されません。もしそこで満足して全力を尽くす事なく一生を終えれば必ず後悔します。

 私達は『より、強く。汝の隣人を叩きのめせ』と言う呪いを魂に刻み込まれて生まれてきました。永遠に神の奴隷であり、ここは地獄なのです。決して許されはしない。例え、この星から全ての命が息絶えようとも……」



 公爵は何も理解出来なかった。生まれてきた役割が違ったからだ。

 それはとても深い溝だった。崖の向こうに娘の姿が見えるのに、いくら手を伸ばしても届かない。



「父上……頼む、下がってくれ……」


「お父上。いけません、シャルロッテはもう……」


 長男が肩に手をかけ、後ろに下がらせようとする。


「嫌だ……」


「お父上っ!」


 だが、公爵はそれを振り払った。涙を浮かべて長男を睨みつける。


「嫌だっ! 私が……私達がここで背を向けてしまったら! いくら手下に囲まれていようとも、シャルロッテは本当に1人ぼっちになっちゃうじゃないか! 私は退かんぞ。娘と一緒に帰るんだ!!」


 取り乱す公爵の姿に息子たちは苦渋の表情を浮かべた。

 シャルロッテが脇腹を抑え、脂汗を流しながら笑みを浮かべる。


「くふ……ハァ、ハァ、本当に。しょうがないお父様ですね。まぁ、昔はそういうとこが好きだったんですけど……」


 一瞬、シャルロッテから邪悪な気配が抜けて昔のような笑みが戻った。


「お父様……私のこと、愛してるですか?」


 公爵はウソ偽りなく真っ直ぐに娘を見つめ返して頷いた。だが……


「あぁ。勿論だ」


「お母さまのことも……?」


「……!」


 躊躇は一瞬だった。だが致命的だった。

 シャルロッテの言いたい事がわかってしまったからだ。

 3男のトーラスと妹のシャルロッテの母親……つまり後妻のことだとわかってしまったから。


「お母さまもね……いつも一番に。一番にって言ってたのですよ。くふふふふ。おかしいですよね。お母さまはお父様の事なんてちっとも愛してなかったのに。

 それでもね。呪いのように言ってたのですよ。一番になりたい。一番になりなさいって。お父様が、お義母さまを愛してることを知ってたから……」


 公爵は絶句した。何も言ってあげられなかった。

 公平公正を心がけても、人の根っこには変え難い好きと嫌いがある。


「私もね。人間なんてち~っとも愛してないのです。それでも……それでも人間にとって一番じゃないとダメなのですよ。この星の頂点に立たなければ。それが、ヒトの呪いなのです……」



 くふふふふ。くふふふふふ。

 シャルロッテが、涙を浮かべて笑顔を作る。


 それが。彼女が浮かべた最後の人間性の残滓だった。



「シャルロッテ……」


「お前……」


 絶句した公爵を長男が無理矢理ひきずって後ろに下げる。



「あ、そうそう」


 次の瞬間。さっきまでの表情がウソだったかのように。

 シャルロッテは魔法で涙の跡を散らし、仮面のような笑顔を取り戻した。


 再び立ち込める邪悪な気配。

 次男が目配せをし、周囲を取り囲む聖騎士達が臨戦態勢をとった。



「知ってました? アーガストお兄様とグレンお兄様ってお母さまに毒殺されそうになってたのですよ? いやぁ、トーラスお兄様があなた達に勝てる訳ないですからねぇ。くふふふふ」


「!?」


「なにっ!?」


「そこを間一髪。私がお母さまを毒殺してあげたのです。つまり、私はお兄様たちの命の恩人。ですのでまぁ、今から殺しますけど……預けてた命を返してもらうだけですので。許してください……ね♪」


 小首を傾けてニッコリと微笑むシャルロッテ。


 それが合図となった。



「かかれぇ!!」


 表面に対魔法処理を施した盾と鎧を構え、聖騎士達が殺到する。


 王城の廊下が……血に染まった。

この親父さん。実は表ルート……と言うか初期の構想では重要人物だったのですが。今回は何もフラグが立ってないのでここでご退場です。策士の回復術師と言うどっかで見たようなキャラです。

彼とエルバアルが会談するためには狼人間のルガール(匂いフェチの忍者です)を仲間にする必要があり、ルガールを仲間にするにはピノキオのクエストをクリアしないといけません。

分岐点は16話「人外の勢力と賢者の石の使い道」です。

ちなみにピノキオはマルスのバカでお調子者な部分を2倍にして、子供好きな要素を加えて根っこの部分をちょっと優しくしたようなゲス野郎です。

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