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レッテル

 異様な空間。そして異様な顔ぶれだった。

 廃倉庫に偽装された秘密の集会場。そこに選りすぐられた裏社会の住人や、高位の騎士達が一同に会している。


 普段シャルロッテ本人がここに足を運ぶ事は無い。必ず、使用人に偽装した間者を介して用件を伝えていたはずの黒幕がここにいる。


 椅子すらも不要と言い、集会場の奥の木箱に直接腰をかけてシャルロッテは口を開いた。暗がりの奥。とんがり帽子の唾に隠れて表情がよく見えない。


「と、言った具合でしてね。私が先走ってしまったせいで少々まずい事になっているのです…… ごめんなさいね。あなた達にも色々と手伝ってもらっていたのに」


「っ!!?」


 男達は耳を疑った。あのシャルロッテが手下に対して謝罪を口にするなど、夢にも思わなかったからだ。


 瞬間。数々の死線を潜り抜けてきた男達の経験が最大級の警鐘を鳴らす。

 どうやら自分達が理解している以上にシャルロッテは追い込まれているらしい。

 それはすなわち、ただでさえ凶悪な獣が更になりふり構わなくなると言う事……


 唾を飲み込んだ音は誰のものだったのだろう。集会場は突如として異常な緊迫感に包まれた。



「さて、このままではまずいのでこちらも一計を案じなければならないのです。そこで今夜、魔王の仕業に見せかけて王都を襲撃しようと思うのですが……」


(なっ!? 今夜!?)


(バカな!?)


(いくらなんでも状況が不自然過ぎる…… 現地も王家も和平ムードに動いていて、何より王都の周辺に敵陣の影も形もないのに…… にも関わらず、我々が帰還した途端にことを起こせば疑われるのは……)


 男達は不審に思ったが、誰もそれを顔に出す事は許されない。 

 以前、シャルロッテの意見に口を挟んだ騎士が。人質にとられていた長男の鼻と耳を削ぎ落とされたことをみんな知っている。



「くふふふふ。私の作戦が信用なりませんか?」


「い、いえ! けしてそのような事は……」


「大丈夫ですよ。だってほら。私はこんなに可愛らしい」


「…………?」


 シャルロッテは木箱から降り、男達の前に歩み出た。

 小首を傾げて両手の人差し指を頬にさし、子猫のような目を細めて満面の笑みを浮かべる。


「人の信用を得るために一番大事なことってなんでしょう? 言動? 実績? それらよりは肩書の方が大事ですが、もっと大きなものがあります。それは見た目……

 「あの人は美人だから良い人だ」「あいつはいかにも悪そうな顔をしている」

 可愛い少女と汚らしいおっさんなら、民衆は必ず少女の方を選択します。

 人の人権が選り分けられる時……最も効果を発揮するのは見た目なのですよ」


 それはある意味で真実だった。


 王都に住むほとんどの人間が、シャルロッテの本性など知りもしない。故に想像する、英雄として自分に味方してくれる都合の良い人格を。その偶像の素になる情報は見た目だけだ。

 シャルロッテは4人の勇者パーティーの中で最も幼い顔立ちをしている。たったそれだけの理由で王都に住む半数以上の人間が、彼女のことをドジだけど一生懸命な優しくてか弱い女の子だと勝手に思い込んでいる。

 信じられない話だが、それが現実なのだ。内情を知っている人間からすれば、まさに身の毛もよだつ話だが……



「情報の整合性よりも、見た目のインパクトが何よりも大事……あの悍ましい化け物を使えば、何も知らない民衆は訳もわからずに魔王の仕業と思い込むでしょう。まして、こんな可愛らしい少女の仕業だなんて夢にも思いません。

 ……王家も大臣達も、城の外から入ってくる伝言を鵜呑みにするだけです……と、言う訳で……

 例の人蟲どもの繁殖はどうなっているです?」


 質問を向けられた担当の男が、背筋を伸ばして声を張り上げる。

 シャルロッテは以前、カーディスでの決戦の際。戦場のどさくさに紛れて間者達に蟲の怪物を捕獲させ、持ち帰っていたのだ。


「も、申し訳ありません! ゴキブリのモンスターに関しましては。卵鞘は確保しているのですが、いまだ孵化には至っておらず……」


「ちぃっ。役に立たない害虫の王ですね……と、言う事はサソリもムカデも望み薄ですか」


 別の担当の男達も力なさげに視線を落とす。が、ただ一人ハエの繁殖を担当していた男だけは声をあげた。



「申し上げます! ハエの怪物でしたら第2世代の大部分が羽化に成功しております。とはいえ、王都中を襲うにはとても数が足りないかと……」


「ふぅむ、ハエ……ハエですか……そう言えばポコのヤツは『バアル・ゼブル(気高き主、の意。バアル・ゼアルだと崇高なるバアルの意)』などと言って異教の神を崇めているそうですね?」


「あ、え、はい。そのように聞いておりますが……」


 諜報員の男はなぜそんなことを急に聞いたのだろうと不審に思ったが、シャルロッテは口に手を当てて1人で考え込みだした。


(うんうん。ハエの魔王『バアル・ゼブブ(ハエのバアル)』ですか。あのうんこ野郎にピッタリの蔑称ですね)



「くふ、くふふふふふ……」


 シャルロッテは含み笑いを漏らした。

 その顔にはもう、王城で見せたような焦りや混乱は消え失せている。

 

 彼女は浮かれていた。そして、梯子を外され地に堕とされたのだ。

 屈辱と怒りの中で彼女は思い出した。自身が真に警戒すべき、天敵の存在を。


「わかりました。では、作戦の説明に入らせていただくのです」


 エルバアルが強者の弱点を突くことに長けているように。シャルロッテもまた、愚か者達を惑わす術に長けている。

 一見すれば両者の能力に優劣はない。だが民衆がどちらを排除し、どちらを支持してきたかは……


 積み重ねられてきた、人類の歴史が物語っている。

 なぜベルゼブブのような強力な大悪魔が、ハエみたいに弱い虫けらの姿とされているのか。

 これはキリスト教側の人間が勝手につけたダジャレのような蔑称が原因で、バアル本人はハエとは何の関係もないそうです。


 ちなみにクロゴキブリは孵化まで40日ほど。幼虫時代も意外と長く、240日ほどかかるそうです。チャバネなどの小型種で孵化まで20日、幼虫時代が30~70日ほど。

 ハエも種類によりますが、早いもので半日から三日ほどで孵化。4~10日ほどで蛹になり、4~11日ほどで成虫になるそうです。

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