野望 前編
シャルロッテの帰還とサラの死亡の噂。
王都を揺るがす二つのビッグニュースは電撃のように広がり、大通りには数えきれないほどの人々が集まった。
シャルロッテは浮かれていた…………
何もかもが順調。思わぬところから望外の力が手に入り、今まさに世界最強の座が目前に迫っている。
あるいは気が逸ってしまうのも仕方のない事だったのかもしれない。
シャルロッテは隠れ家に戻ると待機させていた部下たちと合流。
その場でサラ・スカーレットを殺害し、大々的にその死を喧伝しながら派手に入城した。
喪中である事を表す黒いローブ。そして抑えきれぬ笑みを隠す黒いベール。
後ろではズリズリと音を立てて、綱で台座を引きずる黒ローブの男達。
一見すると厳かにも見えるその中央には棺が立てられ、中には花束に埋もれたサラの姿がある。
だが、もし本当に死者に対する敬意があったなら……頭部の左上半分を頭蓋骨ごと無残にえぐられた惨めな姿を、これ見よがしに立てかけたりはしなかっただろう。
『見よ。恐るべき魔王の所業を。残虐なる非道な行いを。彼の者らは人の理を解さぬ畜生にして、無知蒙昧の獣である。これより我らの信仰は試される。耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』
黒ローブの男達が鈴を鳴らして歩く。声高に叫ぶは、魔王が神に唾吐く邪悪なその姿。
何も知らない民衆達は英雄の死を嘆き悲しんだ。そしてまだ見ぬ魔王の脅威に恐れ慄いた。
死体のまわりに飾り付けられた怪異達……カーディスの決戦の際、混乱に紛れて間者が持ち帰った『できそこない』の首を見せつけられて……
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パン屋の煙突よりも高い天井。そこには大天使ミカエルが邪悪な龍を打ち倒す壮大な物語を凝縮させた、見事な天井画が描かれている。
ステンドグラスを通った光が荘厳な大理石を照らし、王国の重鎮が居並ぶ謁見の間に……シャルロッテは現れた。
「ご心配をおかけしまして申し訳ありませんです。シャルロッテ・バーンシュタイン子爵。ただいま帰還致しました」
二名の従者が丁寧に棺を運び入れる。中に横たわるサラの死体を見て、国王達は息を呑んだ。
「う、うむ……大儀であったな。そなたが無事で何よりだ」
「サラの事は残念だったです……私は魔王の卑劣な罠にかかり、長らく連絡をとることすら出来なかったのです。決戦の折、混乱に乗じて助け出された私もまた敗走するサラの救出に向かったのですが……時すでに遅く……
マルスの死にも驚かされました。こともあろうに魔王の側についていたなんて…… 」
片膝をついて神妙に報告するシャルロッテ。しかしその目は笑っていて、どう見ても内容と表情が一致していない。今まで連絡を寄越さずに突然現れた理由も曖昧だ。
言うまでもないが、シャルロッテにとって悲壮な表情を貼り付けることや涙を流すことなど朝飯前である。
だが、もはやそんなことはどうでも良かった。
サラが死に。非公式ながらマルスも死亡。この状況で自分に意見の出来る者などいないと思っていた。
『茶番に付き合ってやるだけ有難いと思え、愚物ども。はやく。はやく。今にも世界が手に入りそうなのに』
シャルロッテが顔を上げて進言する。輝かしい自らの未来を信じて。
彼女は浮かれていた。あるいは気が逸っていたのかもしれない。
「もはや魔王の力は私1人の手に負えるものではありません。ですがご安心ください。私が見つけ出しました秘術により、必ずや王国に勝利を……」
「あ、あー……その件なんだがな。もうよいのだ。戦争は終わった」
「………………はぁ?」
シャルロッテは神殿に儀式を執り行わせ、禁断の秘術を完遂させるつもりだった。
そこで何もかもが終わる。サラもここで用済みのはずだった。だから手にかけたのだ。魔王の脅威を派手に喧伝し、自らの栄光に華を添えるために。
もしこの辺りの手順をエルバアルが監視していたのなら、慎重さを欠いた雑なやり口に『あいつらしくないな』と顔をしかめたことだろう。
この不条理な世界に平等なことなど数えるほどもない。だがその中において……油断と言う刃は。強者にも等しく突き刺さる。
「サラが敗走したあと、ヘルマン将軍がうまく指揮系統を立て直してくれたそうでな。どうにか魔王軍を降伏させてくれたらしい。王国軍は堂々とカーディスに入城し、既に捕虜も解放されているそうだ」
「……は?」
「お喜び下さい! 我々の……勝利です!」
「は?」
「…………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?????????????」




