最後の禁術
※ショッキングなシーンがあります
(3人称視点)
一方その頃。
シャルロッテ達は吸血鬼カーミラの眠る、放棄された村へと密かに動いていた。
窓から見えるのは倒壊した民家の並ぶ放棄された集落。
夜に訪れれば随分と不気味に映ったかもしれない。だが、そんな光景も青い晴天の下では随分と印象が変わって見える。
時折顔を見せる、野ざらしにされた白骨死体ですらも……街道沿いでよく見るような牛の死骸程度の存在感しか保ってはいなかった。
「んふふふ~んふ~ん~♪ んふふふふ~♪」
馬車を改造した動く応接間。個室の中に敷き詰められた絨毯の上でシャルロッテが寝転がっている。
移動中だと言うのに、皿の上のナッツがこぼれるような事もない。
車室は限りなく上下振動を抑えた動きでありながらも、馬よりも高速で移動を続けている。
シャルロッテに支配されたサラが……その大きな車室を担いで走らされているのである。
「んふふふ~んふ~♪ あ、食べるです?」
差し出された皿に一度だけ視線を移してから、博士は無言で首を横に振った。
「そうですか。わるいですね、従者もロクに連れてこれなくて。でも、この方が速いのですよ」
フランケン博士本人の戦闘力は並みの一般男性と変わらない。そんな彼がシャルロッテと同じ個室に閉じ込められては……食欲など湧くはずもなかった。
シャルロッテにとっては何気ない一言一言が重くのしかかる。博士はただただ、この悪夢のような時間が早く過ぎ去ってくれる事を願い続けていた。
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「到着致しまシた」
やがて一行は壁の剥げ落ちた礼拝堂の前に着いた。裏手には墓地が見える。
「ふむ……確かに何かいるみたいですね…… サラ。危ないので博士を車室ごと後ろの方に隠しておいてください」
「かしこまりまシた」
生気のない、青褪めた顔でサラが淡々と命令に従う。
(さて……流石に気付かれていますか……)
シャルロッテはとんがり帽子を深めにかぶり直して、墓地の方へと向き直った。
姿は見えない……が、なにか得体のしれない気配が辺りを包み込んでいる。
「吸血鬼カーミラ! いるのはわかっているのです。出てきなさい!」
「出て……こいだと?」
一瞬、遅れて返答があった。声のした方。礼拝堂の屋根の上に視線を向けると、黒いゴシックドレスのスカートを風にたなびかせた幼女が立っている。
「何を勘違いしておるのだ。我は最初から隠れてなどおらぬのだがな」
カーミラは両手を広げたあと、カーテンを閉じるような動きと共に胸の前で交差させた。
ギュオッ!
まるで手品のように……などと言う表現では不足だろう。
空の青がテーブルクロスを引かれたかのように、一瞬で夜の闇へとその貌を変える。
(……っ!? 固有結界! そこまで化け物ですかっ!)
「サラっ!」
シャルロッテはギョッとして空を見渡すと、杖を構えてサラを呼んだ。
サラは一足飛びに舞い戻ると剣を構え、シャルロッテを庇うように前方に立ち塞がる。
「醜いな……グールの出来損ないか。血も魂も悲鳴をあげておるのに、脳だけが支配されておる……
貴様、不愉快だな。我の眼前にかような光景を晒した罪は重いぞ……!」
ギチッ
カーミラは親指の腹を噛み、そのまま噛み千切った。
裂けた肉の先端から、指先の傷とは思えない量の血液が……まるでそれ自体が意志を持っているかのように、あり得ない勢いで噴出する。
「っ! 問答無用と言う訳ですか……これだから幼女は……!」
ギン ギン ギン!
シャルロッテが呪文を唱え、空中にいくつも浮かんだ魔法陣の前に黒い針のような魔法の弾が現れた。
「ディアドレムス!」
ヒュォッ!
超高速で黒針が飛来する。だが、カーミラは腕を組んで微動だにしなかった。
グシャッ! グシャッ!
噴出された血液が巨大な手のようになり、拍手するような動きで黒針を叩き潰す。
(オートガード……生半可な遠距離攻撃は無意味と言う訳ですか……!)
手袋状の血液はそのままカーミラの周囲をまわり、背中の付近に浮かんでコウモリの羽のような形になる。
カーミラは最初から魔法弾の方を見てなどいなかった。彼女が注意を向けていたのは……
ヒュガォッ!
黒針の影のように接近し、薙ぎ払われたサラの剣閃をカーミラが潜り抜けた。
ヒュッ! ガゴォッ! ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
続けざまに放たれる蹴りとカーミラの拳がぶつかり、そのまま目にも止まらぬ肉弾戦が始まる。
肉と骨がぶつかりあうたびに空気が震えた。まるで金属音か破裂音のような音を響かせて大地が揺れる。
「ラーヴァ エロ ゼル…… ディアドジーガ!」
シャルロッテが意識を集中させ、先ほどまでとは比べ物にならない極太の黒針を出現させる。
割り込むように放たれた黒針。カーミラは一瞬だけそちらに目を向けると、まるで空気ではなく空間そのものを掴むような動きで背中の羽を羽ばたかせ、後ろに飛びのいた。
ッィィィン……
だが、その隙を逃すサラではない。間合いが開いてからまさに刹那の時間すら挟まなかっただろう。
鈴なりのような音と共に横一閃に神剣グラムが薙ぎ払われ、カーミラの胴が真っ二つに裂けた。
ニヤリ
神剣は振りぬかれたまま。上半身と下半身を分かたれた状態でカーミラが口角を上げた。
切断面から黒い霧のようなものが発生し、背中の羽がシュルリと形を変えてカーミラの右手に装着される。
ズガォォォォォォォォォォォン!!!
まるで大砲のような音。
かろうじて神剣を引き上げ、柄の付近で拳を受け止めたサラが派手に吹き飛ばされる。
ザシュッ! ガガガガガガガ……
空中で体勢を整え、地面に剣を突き刺してなおもサラは数メートルも吹き飛ばされた。
「ほぅ。吸血『鬼』の力に真正面から耐えるとは……もったいない。お主、なかなかやるではないか」
「…………」
ヒュッ ヒュッ シュタッ
無言でシャルロッテの元へと駆け戻るサラに対し、カーミラは腕を組んだまま尊大な態度を崩してはいない。
再びコウモリのような翼を広げて月明りを浴びるその姿に……シャルロッテは一見、闘争とは関係のなさそうな事を思っていた。
『……美しい……』
幼女特有のきめ細やかな肌。女性的な魅力とはまた方向の違った、柔らかさを感じさせる肉感。
服の隙間からわずかに見える脇のシワが。小さく可愛らしい手が。自信に満ちた尊大な表情が。
鋼鉄の鎖でがんじがらめに封印した心の奥底……その醜悪で悍ましいナニカが、たまらない香りに誘われてギシギシとその身を呼び覚ます。
シャルロッテは幼い頃からなんでも出来た。
この世界は広かったが、シャルロッテにとっては何の価値もない、つまらないもので溢れかえっていた。
だからこそ、このような出会いは貴重だった。
幼女のまま時をとめてしまった奇跡の至宝は……まるで砂漠の中で見つけたガラス瓶のようにシャルロッテの心を躍らせた。
汚したい。
まるで泥水に手を突っ込んでから、名画にベタベタと手形をなすりつけるように……
この美しく価値のあるものに、自分と言う存在をねじこんでグチャグチャに壊したくてたまらないのだ。
「これはこれは。流石は大妖怪カーミラ。あ、申し遅れましたが私、シャルロッテと申しますです」
シャルロッテは考えた。どうしたらこのプニプニの頬っぺたを涙でグチャグチャに出来るのかと。
暴力では足りない。なにか心を揺さぶるとっかかりを……
「ポコの元お仲間です。あ、ついでに言うとアイツを殺したのも私ですね」
ピクリ
そこで初めてカーミラの表情が崩れた。眉間にシワが寄り、不快そうに目が吊り上がる。
「そうか……後でポコに謝らねばならんな。先に仇を潰してしまうのだから……!」
その顔を見てシャルロッテが舌なめずりをする。
傍らに立つサラが神剣グラムをシャルロッテの前にかざすと、彼女はその刀身に手をかざした。
「私はですね……仕事柄、吸血鬼を退治することが多くて…… 色々と調べてみたのですよ。なぜ吸血鬼に対して銀の武器が効くのか。なぜ彼らは日光を嫌うのか。くふふふふ。剣が苦手なのでなかなか使う機会がなかったのですが……無駄骨にならずに済みそうです」
喋りながら同時に呪文を唱えると言う器用な真似をこなしながら、シャルロッテの手が柄の方から剣先の方へと滑っていく。
パァァァッ……!
神剣グラムが眩いばかりに輝き、刀身から銀色の光が溢れ出した。
エンチャント……魔法剣……吸血鬼の細胞を破壊するためだけにシャルロッテが組み上げた。世界でたった1人。彼女だけのオリジナル魔法。
「解析は済んでいますよ。剣と魔法は1つになり、最強となる……
さぁ 『狩り』を はじめましょうか…………」
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「ご……! ぼお! が! ばっ……がっ! お”あ”っ!!」
頭蓋骨を割られてカーミラはビクビクと体を震わせた。丸裸にされた胴体に白木の杭が打ち込まれ、あらゆる能力を封じられている。
暴れるべき手足も、すでに胴体とは繋がってはいない。槍のように地面に突き立てた農具の先端に……無残にも飾られている。
「やっ やめろきさまら…… じぶんたちがなにをしているのかわかって…… あひぇぁ!」
グチュグチュ グチュグチュ
脳味噌をかき回され、カーミラは無理矢理喋らされていた。
如何に意志の力が強かろうと、思考を司る部分の脳細胞を的確に潰されてしまっては何も隠し事など出来るはずもない。
「ぐうぅ……や、やめろ……やめてくれぇぇ…………」
暴力には決して屈することはなかっただろう。拷問では彼女の心をへし折ることは出来ない。
だが、記憶を読み取られることだけは……彼女の抱えていた秘密は重すぎたのだ。
魔術の世界において三大禁術と呼ばれるものがある。人体錬成、魔女の大釜、そして悪魔召喚。
ポコにも情報を明け渡す事を拒んだ古代の魔法。人魂の使い道となる、その最後の術式を彼女は漏らしてしまっていた……
「すまない…… すまない……!」
博士は泣きながら、命じられるままに情報をかきだした。
もし彼にもう一握りの勇気が備わっていたならば、歴史は変わっていたかもしれない。
(こ、この情報をシャルロッテが悪用したら大変な事になる…… 僕は……『怪物』を生み出してしまった……!!)
「やめろ……やめてぇぇ……」
「くふっ。なんて可愛らしいのでしょう…… あぁ、こんなに白い肌をビクビクと痙攣させて…… くふっ。くふふふふふ……!!」
息がかかる程の間近で見つめながら、シャルロッテは快感にゾクゾクと体を震わせた。
カーミラ達の無念を聞き届ける者は誰もいない。
そう、『この場』には……




