王国 前編
更新遅れました。すいません!
(エルバアル視点)
……夢を見ていた……気がする。
真っ黒な太陽と朱い月。凄まじい地揺れが起こって、川も水も毒に染まり。まるで地球の自転が狂ってしまったかのように天が巻かれ、星が流れた。
そのうちの1つが大地に落ちると、空を真っ暗に覆いつくす噴煙が立ち込め……中から数えきれないほどのイナゴの化け物が出てきた。
奴らは人間のような顔と、女のような髪と、肉食の哺乳類のような牙を持ち。サソリのような尾の先にある針には恐ろしい毒があった。
それに刺された人間達がバタバタと倒れて、痛い痛いと嘆くんだよ。
髪の毛が抜け落ち、歯が抜けて、骨と皮だけのミイラになったのに。日向に野ざらしにされた者も、暗い影に取り残された者も。
床に擦れた皮が腐った汁になり、シミとなってなおも、彼らは死ねなかった。
死ねなかったんだ……
「……ハッ!?」
気が付くと執務室の椅子に座っていた。
この体は睡眠を必要としない。つまるところつまりその、俺にとって夢と言うのは…… 頭が混乱しているだけだ。幻覚と言ってもいいかもしれない。
「大丈夫か?」
アリエスが心配そうに声をかけてくる。室内には俺と彼女と、秘書官しかいない。
机の上には書類の山、そして…… 床に投げ捨てられたボツ原稿の紙、紙、紙……
「あ、あぁ。すまない。少しボーっとしていた…… どのくらい気絶していた?」
「……長くても数分だろう。私達もついさっき気付いたばかりだ。しかし体調が優れないようなら……」
「いや、大丈夫だ。 ……そろそろ出発しないといけないな」
窓の外に目を向けると、もう日が落ちかけている。
俺は身支度を済ませると協力関係にある騎士達と合流し、街を出た。
あの日、マルスを討ち取られたあと。サラは退却するにあたって王国軍へ撤退の指示を出していた。
もしあのまま総力戦になっていたらどうなっていたかわからない。俺も動揺していたし、ほとんどロクな采配をとれていなかったから……
王国軍は徐々に防衛線を引き上げながら、カーディスの北西にある小高い丘を少し超えたあたりにまで撤退。
こちらにも少なくない被害が出たが、多数の捕虜を獲得し、一応の形としては防衛線の緒戦を勝利で飾ったことになる。
そして不毛な睨み合いが始まろうとしたその時、両陣営に急報が入った。
「サラ・スカーレットが敗走中に護衛の部隊ごと忽然と姿を消し、以前消息不明」
……やられたよ。間違いない。シャルロッテだ。
ヤツもきっと戦場の近くに来ていたのだろう。そしてサラを消す機会を伺っていたんだ。
結果としてマルスとサラが消え、俺の思い通りになったように見えるだろうか?
いや、そうではない。
俺達はサラの死を確実に確認し、そのうえでマルスを極秘に処理し、その後マルスの影をチラつかせながら有利に事を運ぶはずだった。
それが今やこちらの情報は筒抜け。必要な情報を一方的に握られ、完全に主導権を奪われている。
それどころじゃないな。もっと最悪な方向に事態が動いているかもしれない……
100回に1回あるかないかの大ファンブル。そして状況は変わった。
今回の話し合いは困難を極めるだろう。だが、今は利用できるものはなんでも利用しなければ。
俺達は……追い詰められている……
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会場となる野営地には椅子と天幕が用意され、既に相手側の将軍と護衛の騎士達が待ち構えていた。
「私が山賊の頭領であるエルバアルだ。この度は話し合いに応じてくださった事に感謝している」
「司令官代行のヘルマンです。どうぞよろしく」
前に出て挨拶すると、向こうからは白く立派なカイゼル髭をたくわえた鎧姿の紳士が前に出てきて握手を求めてきた。もっと高圧的な態度で見下してくるかと思っていたので少々面を喰らう。あえて山賊と名乗った事にも眉一つ動かしはしなかった。
その後も特に何事もなく王国側の将軍達と次々に挨拶を交わし、お互いに椅子に座った。
「さて、話し合いがしたいとのことでしたが……」
「あぁ。我々としてはもうこれ以上、お互いのためにならない争いは避けたいと思う。どうだろうか。先日の戦闘においては我々がただの山賊ではないことはそちらにも理解していただけたかと思うのだが」
「ふむ。確かに只者ではありませんでした。こちらは貴族の子弟を含む多数の捕虜を捕らわれ、総大将も行方知れず。流石に認めざるを得ないでしょう。あなたがたの力を」
王国の将軍が髭をつまんでから離すと、反動でピンと跳ね上がった。
「それで? 講和の条件とは? 私の一存で決められぬ事もありましょうが、話はお伺いしますよ」
「ありがとう。まず先ほども述べた通り、我々はこれ以上の戦闘継続を望まない。停戦に応じてくれるのであればこれ以上王都に向けて進軍しない事を約束しよう。勿論周辺地域への略奪も禁止する。そして……捕虜達については身代金との交換ではなく、無償で順次解放していく用意がある」
そこで、初めて向こうの将軍の表情に変化があった。左を眉をピクリと跳ね上げ、こちらの顔をしげしげと覗き込んでくる。
「それは……随分と小さく出ましたな。では、そちらの要望はカーディスの支配権とそれに対応した爵位のみと言う事で?」
「いや、そうではない」
俺は後ろを振り返って目線で最後の確認を走らせた。騎士達と無言で頷き合う。
「我々はカーディスの支配権を放棄する。これまでの戦闘、略奪行為に対する恩赦さえ頂けるのであれば、爵位も不要だ」
相手側の将軍たちが顔を見合わせた。護衛の騎士達にも動揺が走る。
それは事実上の、降伏宣言ともとれる内容だった……




